深海棲艦に育てられた神通さん

深海さかな @dzurablk_kai

一人混乱する私をよそに、島に残っていたはずのヲ級は何も言わずに背中を向けると、 「・・・行け！！」 私が行くべき航路を指差し、今まで聞いたこともないほど強い語気でそう言った #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「・・・すみません 後を頼みます！！！」 再び機関に火が入り、私の身体が前へと打ち出される刹那 背後でヲ級がくすりと笑う声が聞こえたような気がした #深海棲艦に育てられた艦娘

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見慣れた黒髪とワンピースの背中が見えなくなるまで、ヲ級は波間に脚を止めたまま立ち尽くしていた 既に発艦させるべき艦載機など存在しない さっき魚雷に体当たりさせたのが最後の一機だった だがそれでもヲ級にはなぜか、自分が逃げる算段など毛頭湧かなかった #深海棲艦に育てられた艦娘

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水平線近くで遠巻きに様子を窺っていた敵機もやがて、攻撃機動に入る それでもヲ級は動かなかった 頭上から迫り来る無数の爆弾の音、馬鹿め そんな下手糞な水平爆撃など止まっていても当たるものか #深海棲艦に育てられた艦娘

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続いて前方から真っ直ぐに突っ込んでくる雷撃機 だがそんな魚雷など、足首の動き一つで避けられる タップダンスのように真横へステップを刻みながらヲ級はすれ違う敵機のコックピットにステッキの先端を叩き込んだ #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

艦載機が全て撃ち落されても弾などなくとも、船足が無くとも戦える そう、まだ私は戦わなくてはならないのだ 愛すべき娘を守る壁となるために ステッキをバトントワリングよろしく手の中で回転させつつ、続く敵機も波間に叩き落すヲ級 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

まるでバレエでも踊っているかのようなその戦闘スタイルは美しくも狂気的で、だがしかしその端正な顔に浮かぶ笑みはこの上なく静謐であった #深海棲艦に育てられた艦娘

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やっとの思いで泊地に辿りつい私が見たのは、島のそこかしこから立ち登る黒煙だった 港に山積みされていた物資のコンテナは燃え、待っていたはずのチ級やル級の姿も無い 「そ、そんな・・・」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

虚無感に思わず膝をつきかけた、そのときだった 私の黒い仮面に小石が当たり、こつんと鳴った 見ると島の中ほどにあるトーチカの窓で何か光るものが それはチ級の真っ白な仮面だった #深海棲艦に育てられた艦娘

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「外にある物資は全部ダメだ、あとはここにある分を俺たちで運ぶしかねえ」 そう言ってチ級は二つのリュックを指し示した 「輸送隊は・・・」 「タ級からの最後の通信では壊滅だ あいつも無線機が壊れて連絡がつかねえ 俺たちだけでやるしかなさそうだ」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「そんな・・・」 「今はル級が退路を確保してる 航空攻撃が止んだってことは、いつ艦砲射撃が来てもおかしくねえんだ ここもやばい、早く荷作りしろ」 「・・・チ級さん」 「なんだ？」 「タ級さんやヲ級さんは・・・きっと無事ですよね？」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

重苦しい沈黙 「・・・ッたりめーだろ！！ あいつらよりヤワな俺たちが生き残ってんだ、きっとまた逢える」 その言葉に背中を押されるように、私たちはトーチカから海岸へと向けて飛び出した #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

私たちが島を出た直後に、敵の砲撃が降り始めた あたかも鉄の暴風とでも言うべき砲弾と硝煙の嵐が背後で無数に振り注いでいた 「・・・振り返るな」 チ級に言われて涙を飲む きっと背後では皆で過ごした浜が、小屋が、焚き火が、無残な姿に変えられているのだろう #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

全く、戦艦の火力というものは恐ろしいものだ それに比べて今の私にできることといえば 「生きてたらきっと会える・・・」 そう自分に言い聞かせて、ひたすら荷物を抱えて進むのみだった #深海棲艦に育てられた艦娘

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だがやがて、最も恐ろしい事態になった 背後の泊地を襲っていた戦艦の砲弾が、私たちの方へと照準を変え始めたのだ どうやら触接機がどこかにいるらしく、どんな回避講堂を取ったとて着弾点は近づいてくる一方 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

マズイ、そう思うや否や目の前に立ち上る水柱 チ級と二人でそれを突き抜けた先に、それはいた 無数の主砲をハリネズミのように空へ突き出す戦艦の一群だ 水平線の彼方より大挙して襲い来る艦砲射撃の元凶たち #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

その砲門がゆっくりと長さを縮め、こちらへ真っ直ぐに向けられる 「マズイ！！！ 避けろ！！！」 だがチ級も私も遅すぎた 直射できる距離から放たれる砲弾を避けられるはずが無い #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

もう今日だけで何度目になるかわからない絶望も、ようやく最後の一回か だがそれでも、運命の女神というのは余程機嫌がいいらしく、またしても視界の外から救いの手は現れた #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

横合いから現れた巨大な漆黒の艤装 私の左腕と同じそれは私たちの目前に立ち塞がると、まるで野球でもしているかのように敵の砲弾を正面から殴り返した 爆風、閃光、砕け散る何か 「・・・待たせちゃったわね」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

その大きな背中の向こうから聞こえたのは、ル級の声だった #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「戦艦の相手は戦艦に任せて、先に行きなさい」 「でも・・・！！」 「あなたたちがいると却って邪魔になるのよ」 私の申し入れは容赦なく却下される もう何度目になるのかわからない、家族を置いて行く悲しみが胸に巻き起こる #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

チ級に腕を引かれてなくなくその場を後にする間、ル級はそれ以上一言も言葉を発しなかった それはまるで、また再開できることを心の底から信じきっているかのような背中だった #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

だがそんな雷巡と軽巡の予想に反して、当のル級は青息吐息であった 背中を向けていて二人は気付かなかったが、無理やり砲弾を殴り飛ばした左腕は根元から抉り取られていたのだ 止め処ない失血に思わず額を脂汗が伝う #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「これは・・・まずいわね」 弁慶ならぬ戦艦の立ち往生など、悲劇どころか笑い話である 水上特攻じゃあるまいに、全く勘弁してほしい 「・・・ま、あの子達が生き延びられるならそれもいいけどね・・・」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

遠ざかりかける意識を必死に繋ぎとめるうち、ル級はいつしか遠い日の思い出を想起していた まだ小さかった彼女を拾い、手当てして、立派な軽巡になるまで育て上げたこと それがどれだけ私にとって、この上ない幸せな時間であったことだろう #深海棲艦に育てられた艦娘