#スエズ鎮守府 活動記録その8

不定期更新。感想等は #スエ鎮 まで。
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アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

轟々と啼きながら大洋を往く輸送船。その薄暗い船倉に、肉を切って叩き潰す音が響く。 「へぇ……やっぱり。呼吸をしていないくせに、水から揚がると途端に活動が鈍くなるんだね。君達は」 「――ッ――……」 静かな少女の声。そして、続くのは金属を磨り合わせた様な掠れた悲鳴。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 17:58:23
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「まぁ、鈍ると言っても。両腕を指先から32分割。両の膝下に釘を56本。右眼は壊死、左眼は破裂。喉は圧壊。それと、人体では主要な臓器がある位置に軒並み強酸を注射してみた状態で活動が出来るんだから……君達が化け物なことには変わりないけどね。自信持っていいよ」 笑い声。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:00:08
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

くすくすという声が鋼鉄に囲まれた船倉にこだまする。 床を這う重油のような黒い液体。それを視線で追いながら、彼女は肩にかかった三つ編みを指先で弾いた。 「でもまぁ、アレだよね。僕は自信持ってって言ったけど、君からすればたまったもんじゃないよね」 笑みを深くする。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:01:03
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

彼女の視線の先には、シートが被せられた金属製の台車。 その上に、まるで手術道具のように几帳面に並べられていたのは――ホームセンターで揃えられるような、工具の類。 「死にたくても死ねない辛さは、僕にも分かるよ。ああ、分かるとも。僕は、いつだって戦場で死にたいからね」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:01:59
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

電球に照らされ並ぶ工具達の上を、細い指先が彷徨う。 「でも、今回はお互いに死に損なってしまった。君は僕を殺せず、死ななかった。僕は君を殺さず、死ねなかった。……君も僕も、本当は4時間前に死ぬべきだったんだろう。それがお互いのためだったのに。救われないね、つくづく」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:03:20
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「というわけで、今回は不運だと思って諦めてほしい。……もっとも君が諦めなかったところで、君の心より先に身体のほうが標本になって壊れるわけだけど」 やがて、彼女の手が2つの工具を選び取る。 「じゃあ……口を開けてもらえるかな、駆逐古姫くん。次は“虫歯検診”の時間だ」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:05:25
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

右手には金槌、左手にはタガネ。 船倉に転がる瀕死の深海棲艦に馬乗りになり、彼女――時雨は、苦悶に喘ぐ怪物の口内に工具を捩じ込み微笑む。 「君、技研の人達が標本として欲しがっているって話だからさ。じゃあ、まずは……右下の奥歯から、行ってみようか」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:08:21
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

甲板に立つと、生臭い潮風が髪を乱暴に巻き上げる。 「だからさぁ。アイツ、まだ出てこないんだってば。――え? いや、何考えてるかなんて知らないよ。だってイカれてるんだもん」 その臭いと感触に顔をしかめた少女は、耳元に当てたスマートフォンに不機嫌そうな声を叩きつけた。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:11:28
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「うん、今? えーっと……たぶん、港まではもう半日くらい掛かるかなぁ。そこから技研に標本引き渡して……諸々で4日ってところかも」 その手の電話を時折空に掲げ、彼女は「うー、さぶい」とカーディガンの襟を寄せる。 ここは夜の北方海域。そこに浮かぶ輸送船。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:12:48
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「諸々削れば2日だろうって……あり得ないしー! こっちはさっきまで敵の連合艦隊に2人で殴り込みかけて、その上で向こうの旗艦を生け捕りにしてきたんだよ?! 休暇貰ったっていいっしょ! つーか寄越せ! 横暴だ!」 マリンブルーの髪を振り乱し、彼女は携帯端末に激昂する。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:14:07
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「はぁ!? 緊急!? そんなのこっちにはカンケーないし! やだよ! 休むったら休むもん! ただでさえ、こっちは改二になってから装備にも慣れてないってのに……」 ブツブツと呟きながら、彼女は自分の姿に目を落とす。真新しい制服にカーディガンが、北方の海には有り難い。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:16:42
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「いや、だからさぁ……まぁ、確かにこっちに拒否権はないですけどー……そうですけどー……っくしゅ」 肌寒い風に思わずくしゃみが漏れる。まったく、こんなところで長電話をさせられているのも、艦内の電波が悪いせいだ。 寒い、つらい、相棒は戦争中毒。職場環境は最悪である。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:19:59
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

そう考えるとだんだん、こんな場所からは早く抜け出したほうがいい気がしてきて。 「……で? 次はどこ行けっての?」 少しだけ。ほんの少しだけ、振られる任務の話を聞いてみようかな、なんて。そんなふうに考えてしまった時点で、あの女提督の術中なのは分かっているのだけれど。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:21:12
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「………………は? スエズ?」 返ってきた答えは明瞭かつ怜悧な女の声。それに、思わず絶句する。 スエズ。スエズ? あの? 「あのさ、提督。一応訊くけど、分かってて言ってる?」 尋ね返すも、向こうからの返答はくつくつという笑い声だけ。 やはり確信犯か。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:25:05
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「今さらどんな顔して会えってのよ。……まぁ、悪いとはあんまり思ってないけどさ」 少しばつが悪い声になってしまうのも無理はない。だって自分は、かつてあの地で―― 「……分かったよ! 分かりましたよ行けばいいんでしょ行けば! どうせ雇われですよ拒否権ないですよー!」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:26:20
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

ヤケクソ気味に叫び、通話を終える。それと、甲板と艦内を隔てる水密扉がゆっくりと開いたのは同時だった。 「中佐は何と言ってたかな」 「……終わったの?」 暗闇を這いずるような声の問いには答えず、振り返りもせずに疑問を重ねる。 「ああ、そうだね。彼女は途中で諦めたよ」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:27:16
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

か細い月明かりの下、扉をくぐって現れたのは小柄な人影。 三つ編みを肩にかけ、血のように赤い髪留めをした駆逐艦。彼女は真っ黒に染まった制服や両手を全く意に介さずにこちらに歩み寄ると、落下防止の柵に両肘を載せた。 「どうやら、あの駆逐古姫は僕の死神ではなかったらしい」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:28:49
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「あっそ。よく分かんないけど残念だったね」 「うん、残念だ。また殺され損なった」 闇に沈む穴のような瞳で、彼女は星空をなぞる。いや、最初から万象など目に入っていないのだろうか。 白露型二番艦、時雨。佐世保の鬼神、狂運の駆逐艦と呼ばれた戦争中毒者。これが今の相棒だ。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:30:58
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「次は殺してもらえるといいんだけれど。なかなか、それだけの獲物がいないのが辛いね」 「そんなに死にたいなら、自殺でもなんでもすれば?」 会話が通じないストレスをぶつけてみれば、時雨は「それは違うかな」とかぶりを振る。 「僕は死にたいんじゃないんだ。殺されたいのさ」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:32:45
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「僕は燃え尽きたいんだ。なのに自殺したんじゃ、自分の命をゴミ箱に投げ込むようなものなんだよ」 「過程はどうあれ死ぬなら一緒じゃん」 「人生とは、過程そのものを指す言葉なのさ。だから僕は、どうせ死ぬなら殺されたいと願う」 時雨の言うことは、分かるようで分からない。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:35:13
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「それで、次の指令が来たのかい。あの標本を技研の使いに届けたら、僕らも直ぐに発つんだろう?」 「うん、まぁね」 曖昧に頷く。その間も目を合わせない自分に、時雨はケタリと笑う。 「僕と離れられなくて不満そうだね」 「自覚あるならどうにかしてよ」 「それは無理かな」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:36:57
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「僕はもう壊れかけているから。マトモに戻るには、落とした部品が多すぎる」 その、穴のような双眸がこちらを覗き込む。 まるで深淵だ。深く深く、どこまでも救いがない闇色。 「それで、次は何処?」 「…………スエズ」 目を逸らし、それだけを言う。 「スエズ……あの?」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:37:56
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

流石にその答えには驚いたのか、時雨は片眉を上げ、柵にもたれていた身を起こす。 「へぇ、なかなか面白い場所を選んでくれたね。我らの上官殿は」 「ホントに。性格悪いったらない感じ」 吐き捨てるも、そんな言葉も彼女には聞こえていないらしい。 「だけど、そうか。スエズか」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:39:49
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「あの鎮守府を滅ぼそうとした僕らが、今度は救う側になるとはね」 「そこら辺、命令には絶対服従の身には辛いとこだよね。こっちの感情なんて考えちゃくれなくてさ」 肩をすくめ、艦内へ続く水密扉へ歩を進める。ここは寒い。到着までの残り少ない猶予、せめてベッドで寝たかった。 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:40:30
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「そうは言っても、僕には君が喜んでいるように見えるけれどね」 「は?」 足を止め、振り返る。 その視線の先。闇に解けていきそうな駆逐艦は、にっこりと微笑んで首を傾げた。 「僕も愛弟子の顔を見るのは楽しみだし……君だって、久々に妹に会えるかもしれないしね、鈴谷?」 #スエズ鎮守府

2017-08-25 18:41:57