加賀美まさらとほむあん

まさとほむあんが煙草吸う変な話
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GammaRay @sizuoka074

「あれ?こころのツレじゃん。なにしてんのさ」 鈴虫の鳴く夜だった。 まさらがふとコンビニに向かう途中の道に、見覚えのある少女が二人いた。 「こんばんは、まさらさん」 「……今晩は……」 まさらはおずおずと挨拶をした。 黒髪の少女と、赤毛の少女。名前は……覚えていない。

2017-09-07 00:24:38
GammaRay @sizuoka074

知人の知人、とでも言うべきだろうか。調整屋でたまに顔を合わせる知り合いが、調整屋で話しているところを見かけた程度の。 見滝原から来たという噂は聞いていたし、人の顔を覚えるのが特段に苦手なまさらでさえ目につく容姿をしていたから、覚えていられたのかもしれない。

2017-09-07 00:26:52
GammaRay @sizuoka074

声をかけられた覚えもあった。あのときはこころと話していたし、調整屋(名前を忘れた)に用事があったから、ひょっとして無視してしまったのかも。そういえばこころに叱られた気がする。「覚えているメリットがない」と言い返したら、ずいぶん手ひどく言われた。気がする。

2017-09-07 00:31:25
GammaRay @sizuoka074

「今晩は……」挨拶はしないといけないだろうか。まさらは同じ言葉を繰り返した。人と話すのは未だに慣れない。なにを考えてるかわからないし、メリットだってそうはない。ずっとからっぽだった自分のどこかにこころがいるようになった今でも、そういうところは変えられなかった。

2017-09-07 00:34:06
GammaRay @sizuoka074

挨拶はおかしくなかったろうか。彼女たちはにやにやしている。こういう感じが嫌なのだ。こころのことだってわからないのに、それ以外の人なんてわかるわけがない。噛みつかれるとは思わないけど、好意を持っているとは限らないのだ。こころの友達だとも限らない。まさらは今すぐ逃げ出したかった。

2017-09-07 00:39:16
GammaRay @sizuoka074

「用事、あるから」上手い言い訳とは思わなかったが、まさらはやはり退くことにした。少しのお菓子と飲み物、それとこころが昼間読んでいた雑誌を手に、二人の脇を抜けようとして、「まさらさn。靴紐がほどけてるわよ」黒髪の少女がそう言った。まさらは自分の足下を見る。

2017-09-07 00:42:51
GammaRay @sizuoka074

たしかに、スニーカーの靴紐がほどけていた。「……ありがとう」おかしいな。タイミングが悪いなと思いながらまさらは屈み、ほどけた靴紐を結び直した。ほんのついさっき店を出るまで、靴紐は結ばれていた気がしたのだけど。二人がくすくすと笑っていた。まるで子供じみたいたずらが成功した後のように

2017-09-07 00:45:13
GammaRay @sizuoka074

「そんなに急いでなんの用事?」髪の黒い子が言うと、耳元の大きなカフスが月の光を反射してきらりと光った。彼女の髪は夜闇のようで、まばたきした次の瞬間に、溶けて消えてしまいそうだった。「そりゃあんた、デートだろ」赤い子が言った。「本当に?」黒い子が言う。

2017-09-07 00:48:47
GammaRay @sizuoka074

「違う」まさらははっきりと否定した。「女の子同士じゃデートはしないわ」「古風ね」黒髪の女の子が妖しく笑った。「そんなんじゃこころが取られちまうぞォ」赤毛の女の子は冷やかしてきた。「好きなら好きって言っちまいなよ」

2017-09-07 00:52:13
GammaRay @sizuoka074

「違う。二度と言わせないで」まさらは自分がびっくりするほど刺々しい声を出してることに気付かなかった。赤毛の女の子が肩をすくめて黒い子に言う。「こころは振られちまったってさ」「もう意地悪はダメ」「わかったよママ」赤毛の子がくつくつと笑い、ふうっと煙を吐き出した。

2017-09-07 00:54:53
GammaRay @sizuoka074

煙……?まさらはようやく気が付いた。小さなクリーニング屋の自販機の前、路上に直接腰を据えた彼女たちの回りがくすぶってるのは、薄ぼけた月が照らす雲ではなかった。もっと体に悪いなにかだ。「…………」「なんだ?あんたも一服したいのか?」「…………」

2017-09-07 00:59:02
GammaRay @sizuoka074

まさらが眉をひそめるのを見て、赤毛の女の子が小さな赤い箱を差し出した。表に『Marlboro』と書いてある。体に悪いもののにおいが目に染みて、つん、と鼻の奥に漂ってくる。「煙草なの?」それがなにかは明らかだったが、確認のためにまさらは聞いた。

2017-09-07 01:03:06
GammaRay @sizuoka074

それから、こういうことを人に聞くと、必ず笑われるか不思議がられるのを思いだし、そのことをほんの少しだけ後悔した。「あー、今どき珍しいしな。紙の」想像と違い仕草で赤い子が答えた。「そういやあんまり見ないよな?」「見滝原みたいなところだと特にそうかも」赤毛の子と黒い子がやりとりする。

2017-09-07 01:05:42
GammaRay @sizuoka074

まさらがその様子を不思議そうに見ていると、「でも彼女はそもそも吸わないかもね」黒髪の子がくすりと笑った。まさらは心を見透かされた気がした。それは滅多なことではないことだった。

2017-09-07 01:11:26
GammaRay @sizuoka074

「だっって本当に興味があったら」そう言って彼女は煙草を手にして、「ほら、ここで手に取るでしょう?」まさらの前に差し出した。「……」まさらはその細長いものをまじまじと見た。真っ白い、ごわごわした質感のもので包まれた、やはり茶色いごわごわのなにかが詰まったもの。煙草。シガレット。

2017-09-07 01:13:09
GammaRay @sizuoka074

すん、と本当にわずかに鼻を鳴らすと、鼻の奥でちりちりとくすぶる、香ばしい煙の匂いを感じた。それは初めて感じるものだった。 吸ってみようかとまさらは思った。無気力だと思われているまさらだったが、本当のところはそうではなかった。

2017-09-07 01:15:58
GammaRay @sizuoka074

知らないものに興味を引かれ、何にでも手を出すところがあった。そうして手を出したものの全てに満足できなくて、最後に見つけたのがあの友人だった。だけど煙草は初めてだった。だけど煙草は――

2017-09-07 01:19:42
GammaRay @sizuoka074

「”彼女に知られたらどうしようかな”」まさらは瞳をばちくりさせた。はっとして目の前の少女の瞳を見返して――「その顔!」彼女はぱっ、と大笑いした。

2017-09-07 01:22:53
GammaRay @sizuoka074

右手の中指と人差し指に煙草を挟んで、明滅する自販機に背中を預け、まるで胸の中で爆弾が破裂したみたいに、真っ白い歯を見せて体全体をぐらぐら揺らして、アハハ、アハハと大笑いした。隣の赤い子も大笑いした。

2017-09-07 01:23:56
GammaRay @sizuoka074

まさらはしばらくぽかんとしていた。真夜中、道の脇の地べたに座って、大笑いする少女たちを見て、なにが楽しくてこんなにも大きな声で笑っているのかを十秒かそこらほど考えて、それが自分に向けられているのだとようやく、気付き、次第にむかむかといらついてきた。

2017-09-07 01:26:25
GammaRay @sizuoka074

まさらは冷めている、とよく他人に言われる。確かにそのとおりかもしれないとまさらも思う。だけど意味もわからず人に指さし笑われたりすれば、妙に恥ずかしい気持ちになるし、不愉快な気持ちににだってなったりはする。よく知らない相手ならなおさらだった。

2017-09-07 01:30:02
GammaRay @sizuoka074

「……」まさらは二人の少女をぎろりと睨んで、その場を後にしようとした。別れの挨拶なんてするかと思った。こころに怒られようと知ったことじゃない。まさらはこう見えて強情だった。今後この二人を見かけても絶対に無視しようと心に決めた(この場合、心は心だがこころのことは関係なかった)。

2017-09-07 01:35:02
GammaRay @sizuoka074

ぐるりとこの道を迂回してそのまま帰ろう。まさらが踵を返し、煙草を吸おうとしたそのとき、「吸っていきなさいな」チンッ、とまさらの目の前で、ジッポライターの蓋が開いた。

2017-09-07 01:40:51
GammaRay @sizuoka074

またしても先手を取られた気がする。怒る機会を逃してしまった。そもそも飽きっぽい性格なのだ。怒りだって長続きしない。黒い髪の子が真っ白な指を動かして、しゃり、とライターの車輪を回した。

2017-09-07 01:44:14
GammaRay @sizuoka074

「嫌なら今すぐ捨ててもいいのよ」今度の笑みは嫌ではなかったし、まさらが断る機会はなくなっていた。チッ、と火花が散って火が立ち上り、熱と、オイルの香りが漂ってきた。「先端を灯して吸い込むの」「きっちり吸わないと着かねーからな」まさらは二人の言うとおりにした。

2017-09-07 01:46:21