外はよく晴れている。駅前までコーヒー豆を買いに足を運ぶ。嗜好品の類は、誰も買い占めしないためほとんどの品が残されている。ワイン、コーヒーリキュール、豆などを買い込み、その足で行きつけの喫茶店へと向かう。
2011-03-23 00:46:36途中、玉川上水のほとりを歩くと、桜のつぼみが膨らみかけていた。もうすぐ春が来るのだ。商店街を抜け、店の扉を開くと、無愛想な若い店員がテーブルを磨いている。
2011-03-23 00:46:51マスターは休みで、他の客の姿はない。私はボトルが入った紙袋を抱えたまま、カウンター席ではなく窓際の席を選んだ。奇妙な静けさが店内にしきつめられている。
2011-03-23 00:47:02モカを注文すると、店員はキッチンへと戻っていく。窓から見える外の通りには、あまり人の姿がないように思えるが、気のせいかもしれない。
2011-03-23 00:47:13店に来る途中、携帯を握りしめた若い女が、路上で泣きながら立ちすくんでいるのを見た。誰一人として立ち止まらず、女の脇を通り過ぎていった。
2011-03-23 00:47:24やがて店員がやってきて、私の目の前に黙ってコーヒーを置いた。礼を言って、一口すする。来るたびに思うが、ここのコーヒーはとてもまずい。
2011-03-23 00:47:47一週間前にやっていたことを続けたいだけなのに、ほとんど被害のなかった東京でさえそれが困難である現状。それは単にモノがないという物理的な制限によるものではない。
2011-03-23 00:48:24かなしみのかけらが街という砂浜のあちこちに潜み、そこを歩く素足をふいに傷つけるからだ。女であれ男であれ、泣いている人の姿は人を不安にさせる。
2011-03-23 00:48:34妻と子供は大丈夫だっただろうか、と思いながら右手のコーヒーを見つめる。暗い水面には何も映っていない。私は退屈きわまりない日常を守るということについて考える。
2011-03-23 00:48:46それはつまり、まずいコーヒーが飲める店を持つということであり、かけがえのない思い出とともに、いかりもかなしみも持ち得ず、ただ生きながらえるということであるはずだ。
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