創作荘東京オフ会小説『絡めた指、唐草模様』その25、その26
#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 25 洞穴に近づくと、三人の男性が出入口から現れた。身形は地味で実用的な、それでいて軽い会釈の仕方からは洗練されたセンスを感じさせた。三人とも若く、真ん中の一人にはどこか見覚えがあった。 「あたしん家で何してんのや」
2017-09-27 17:39:50「これは失礼。私はオズボーン商会のジャック・オズボーンと申します。みどりん様という方がここに難破されたのではないかと考えまして、救出に参りました」 真ん中の一人が淀みなく答えた。 「あたしがみどりんや。せやけど、救出される筋合いはないで」
2017-09-27 17:40:58「失礼ながら、あなたが当商会の所有船舶に密航なさったのは調べがついております。それ自体はここでとやかく申しませんが、あなたのご一族と当商会の間では……」 「うるさい! とっとと出てけ!」 本気で怒ったみどりんには近寄れない。オズボーンさん達も上半身がかすかに後ろへ倒れた。
2017-09-27 17:41:33「では、ご弁済頂けますか?」 ほんの一秒で態勢を立て直し、オズボーンさんは質した。 「弁済……?」 「洞穴内にあるのは、当商会の商船にあった品です。非常時とはいえ、密航したあなたが使って良いものではありません」 まるで、聞き分けのない我が儘な子供をさとすような口調だった。
2017-09-27 17:42:26みどりんは、怒ってはいたものの、相手の主張に筋が通っているのも認めているのがありありと分かった。 「それで、あたしをどうするつもりや」 「一緒にローマまで帰りましょう。お連れの方……いや、密航は単独だったはず……」 オズボーンさんの鉄壁ぶりに、わずかながらもヒビが入った。
2017-09-27 17:43:25「そのボートで帰るんですか?」 私はすかさず言った。 「まさか。島の裏側にある入江に、もっとずっと大きな船を停泊させています。そちらにご案内しますよ」 「その入江は、最初からご存知だったんですか?」 みどりんが沈黙した以上、私が反撃するほかない。 「いいえ」
2017-09-27 17:44:03「じゃあ、島を見つけたのは私達です。つまり、先に見つけた私達に所有権があります。洞穴にある品と、難破船と、私達の自由を引き換えに、島をお渡ししましょう」 「わっはっはっはっ! わっはっはっはっ! 何とも駆引き上手なお嬢さんですね」 「私は真剣です」
2017-09-27 17:44:47「失礼ながら、誰に所有権があろうと、こちらは男三人、そちらは女二人、少々荒っぽい手立てをとっても構いませんよ」 「ウィリアムさんが聞いたらさぞ失望なさるでしょうね」 平静を装い、私は努めて淡々と言った。 「ウィリアム?」
2017-09-27 17:45:38「スコットランドの独立戦争に巻き込まれたメイド達を、何とか救おうと苦心した一方で、ブルース一世にも恩を売ったしたたか者に比べれば、今のあなたは単なるチンピラですね」 その瞬間、ジャックさんの顔がさっと強張った。 「では、今夜一晩時間を差し上げます。夜明けにここに伺いましょう」
2017-09-27 17:47:50「あなた達が、入江の船から出ないと約束するなら」 「委細承知しました」 オズボーン……ウィリアムさんの子孫であるところのジャックさん……は、再び優雅に会釈して、二人の男性とボートに戻った。たちまちボートは海に戻り、オールを漕ぐ度に遠ざかっていき、やがて夕闇に消えた。 続く
2017-09-27 17:48:42#創作荘 東京オフ会小説 絡めた指、唐草模様 26 「藍斗……ありがとな。あと、ごめんな」 「そんな……みどりんは悪くないよ」 あんなに陽気なみどりんが、しょんぼりしている。 「一度洞穴に戻ろう」 「せやな」 みどりんを連れて洞穴に入ると、松明には火がついていた。
2017-09-27 20:32:26彼等からすれば元々自分達の品なのだから、怒る筋合いはない。にもかかわらず割り切られない気持ちになった。もっとも、中に入って特に荒らされた跡がなかったのにはほっとした。まず服を着替えた。そうして初めて、少なくとも私はとてもお腹が減っているのに気づいた。 「何か食べるものある?」
2017-09-27 20:33:40みどりんにとっては食欲が湧くような状況じゃないのは明らかにしても、お腹は満たしておきたかった。 「今出すわ」 みどりんは、幾つかの樽を開けて干肉と干果物と飲み水を出した。食器は箱から出した。 「ありがとう」 「気にせんといてや」 みどりんのお皿にはほんの少ししか入ってない。
2017-09-27 20:35:12あれこれ指摘しても煩わしいだろうから、そのまま感謝して食べ始めた。 「藍斗な、このままオズボーン商会に引き取って貰い」 食べ終わってすぐ、みどりんは言った。 「え……?」 「ああ見えてあいつらは律儀で公平や。あたしが言うこと聞く代わりに頼んだらええはずや」 「……」
2017-09-27 20:36:20この島で一生二人で暮らしたりはできない。それは、お互いに口にするまでもなかった。提案は現実的過ぎるほど現実的だし。 「嫌か?」 「みどりん、難破船に行かない?」 自分でも唐突な提案だった。みどりんと仮に離れ離れになるなら、最初に出会った場所を二人でちゃんと確かめたかった。
2017-09-27 20:37:43「今から?」 「明日にはオズボーンさんがくるし」 「しゃーないな。付き合うわ」 重そうに腰を上げながらも、わずかにみどりんが元気になった。 「ありがとう」 「藍斗が喜んでくれるんが一番や。あたしが難破させたんやないねんけどな」 何気ない台詞に、私の頭には閃きの電撃が。
2017-09-27 20:39:04中腰になったまま、顔をしかめて考えをまとめる。 「どないしたん?」 「みどりん……私の考えを聞いて」 他人に説明しながら考えをまとめる作業は、余り得意ではなかった。それでも、とにかく喋らないとすぐに頭から抜けてしまいそうな気がして矢継ぎ早に私は語った。ぎりぎりのチャンス。
2017-09-27 20:39:47それが、私達にとって唯一の武器だった。みどりんは黙って最後まで聞いて、小さくうなずいてくれた。 話は終わった。支度して洞穴を出る時、私は今日みどりんが見つけた……そして遂に開かないままの……箱を手にして、自分のバッグに入れた。これで、バッグを振り回せば多少は相手を牽制できる。
2017-09-27 20:41:33みどりんは松明を右手に握り、宵の口になった海辺を案内してくれた。月明かりはほどほどで、松明の方が役に立った。私達は難破船を目指した。潮が引いているのか、元々遠浅なのか、脛から下が濡れるだけで渡りきった。 間近で眺めると、思ったより大きな船だった。焦茶色の船体は、
2017-09-27 20:42:26暗闇のせいもありどこが損傷したのか良く分からない。 「ここから、胸くらいの深さになるんや。ゆっくり歩いてええから、離れんといて」 みどりんは一言助言して、松明を少し高く掲げた。私もバッグを両手で頭上にかざした。波のない穏やかな海で助かった。 続く
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