コールド・ワールド #1

ネオサイタマ電脳IRC空間 http://ninjaheads.hatenablog.jp/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ニンジャスレイヤー:エイジ・オブ・マッポーカリプス」第2シーズン pic.twitter.com/T4W8Exje4i

2017-11-28 21:59:00
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

打ち寄せる波も、濡れて光る砂も、そして空も、灰色にくすんでいた。荒涼としたグラデーションだった。空に鳥の影は無い。命の影はひとつだけだ。 1

2017-11-28 22:04:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

どこか実在感に欠ける光景の中、波打ち際を歩く影の足取りはおぼつかない。赤黒に滲む姿は、この静謐で恐ろしい水墨画の、一粒の焦がし痕のようだった。あるいは血飛沫の一滴か。どちらにせよ不吉な何かだった。 2

2017-11-28 22:08:54
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

その者は唯一人。ひどく傷つき、憔悴し、俯いて。立ち止まることはない。 3

2017-11-28 22:13:27
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ヒーヴ、ホー!」「ホー!」「ヒーヴ、ホー!」「ホー!」甲板に居並ぶ男たちは荒波に負けじと声を張り上げる。彼らの手にはバイオバンブー製の強力な釣り竿がある。手にはナノカーボン製の専用ミトンだ。素手でマグロを釣り上げる事などできない。重みに皮膚が裂け、手の甲の骨が破壊される。 1

2017-11-28 22:18:16
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

船体には流麗な筆致でオイラン・ウキヨエが描かれ、毛筆カタカナミンチョで「ダイタチ・メガミ」と書かれていた。この船の名である。船長のデイビスはやや後ろで腕を組み、漁師達のキアイを監督していた。彼は傍らに立つ息子のエイブを睨む。「俺無しでやれるか」「ああ。親父」屈強な二十歳。 2

2017-11-28 22:23:35
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「キアイ!止めるな!」エイブは叫んだ。そしてこぶしを握り締める。「ヒーヴ、ホー!」彼の監督シャウトに応え、漁師たちが叫び返す。「ホー!」エイブは額の汗を拭った。「クソッ……」父親よりも屈強なエイブだが、まるでキアイが足りない。デイビスはカラカラと笑った。「まだ早かったな」 3

2017-11-28 22:25:50
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「親父、俺はやれるんだよ」「キンタマ磨いておけ」デイビスは息子の背中をドンと叩いて列に追いやり、三倍以上の声量のシャウトを行った。「ヒーヴ!ホー!」「ホーッ!」すると、見よ!漁師のひとりが黒い巨塊を海中から跳ね上げた!マグロ一本釣り!「ホーッ!」更に一人!「ホーッ!」更に! 4

2017-11-28 22:28:07
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

宙を飛んで甲板に落下したマグロ達は甲板を跳ね、目を剥いて吼えた。「AAAARGH!」すぐさま、屈強な棍棒手達が跳ねまわるマグロに駆け寄り、繰り返し殴りつける。「AAAAARGH!」マグロの断末魔が響き渡る。弱ったマグロに、屈強な槍手が駆け寄り、突き刺してカイシャクする。5

2017-11-28 22:30:43
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ゴウランガ……これが海の黒ダイヤ、殺人マグロ一本釣り漁の光景だ。釣り手、棍棒手、槍手。それぞれの役職が一糸乱れぬ息を合わせねば、たちまち負傷者、最悪、死者が生じる。船長の号令の質がその命運を分けると言っても過言ではない。全員が最善を尽くし、成果を得る。タフな仕事だった。 6

2017-11-28 22:34:09
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

デイビスはダイタチ・メガミ号のクルーを率い、この真の仕事に命を捧げてきた。声は塩辛く枯れ、皮膚は赤銅色で、いつも眩し気なしかめ面だ。彼の港はアラスカ、シトカにある。そこからガラパゴス諸島近海まで航海し、マグロを狩る。十分なマグロを積載し終えると、再び北へ帰る。 7

2017-11-28 22:38:57
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

途中、幾つかのポイントで停止し、マグロを狩り直す。シトカには随分近づいた。この漁がこの航海で最後となろう。「……」彼は甲板上でアグラして動かない赤黒のニンジャを横目で見た。船員たちは邪神像じみたそのニンジャをなるべく視界に入れぬようにふるまっている。不吉だからだ。 8

2017-11-28 22:40:58
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

イサベラ島の付近で網にかかった赤黒のニンジャは、あわやデイビス船長を手にかける寸前であったが、何らかの自制を行い、二言、三言かわしたのち、アグラ姿勢で動かなくなった。気絶していた。気絶というべきだろうか?この航海中、彼が目覚める事はここまで一度もなかったのだ。 9

2017-11-28 22:43:43
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

死んでいない事は確かだった。熱を持った呼吸を繰り返していたし、装束に触れれば、焼けるように熱かった。オンライン祈祷師に通信を試みたが、『不吉だ』との回答だった。そんな事はこの船の全員がわかっている。だが、海に遺棄する勇気のある者はいなかった。否、道義にもとる。 10

2017-11-28 22:47:08
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

かといって動かせる者も居ない。よって赤黒のニンジャはもはや荒ぶる守護神じみて甲板に残されたままであったし、荒天の折はビニールシートを用いて、間に合わせのテント状のものを用意されもした。マグロをチャンバーに叩き込み終えると、「親父……」エイブが近寄って来た。「この後どうする」 11

2017-11-28 22:51:43
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ニンジャか」「決まってるだろ」エイブは囁いた。「もうすぐシトカの海域……って事は、過冬のパトロールがさ……」「わかっとる」「絶対に不味いよ。どんなイチャモンつけられるかわからねえし」「じゃあお前、どうしろってんだ」デイビスは唸った。「目を覚ますかもしれねえ。ギリギリまで待て」12

2017-11-28 22:53:37
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

結論は出ない。デイビスは唸り、赤黒のニンジャを見る。だが、たとえ相手がニンジャであろうと、海で溺れたであろう者を見殺しにするような生き方を是とした事は無いのだ……「……オー……」そのとき、妙な音が聞こえた。「……オー……」波?風?妙な音だった。「……オー……」13

2017-11-28 22:56:21
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「何だ?」デイビスは呟いた。それは前方の海から聞こえてくるようだ。「……オー……」「……!」デイビスは眉根を寄せる。岩影!この海域に!?何故!?「舵を……!」デイビスは操舵室に駆け込んだ。既に操舵手は必死に旋回操作に入っていた。「アイエエエエ!」甲板から悲鳴が聞こえてきた。14

2017-11-28 22:58:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「死ぬ気で避けろ!」デイビスは命じ、甲板に駆け戻る。そして思わずぽかんと口を開き、だらりと手を下に下ろした。「アイエエエエエ!」漁師の一人、二人はその場で失禁し、倒れ込んだ。「アババーッ!」嘔吐している者もいた。……無理もない。ダイタチ・メガミ号は海の怪物を前にしていたのだ。 15

2017-11-28 22:59:57
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……オー……」今やはっきりとわかる。謎の音は怪物の発する唸り声だ。身をもたげるそれは、岩山めいた甲羅を尖らせた巨大な亀……否……奇妙に老人じみた面影のある巨大な顔の獅子……否……亀と獅子の合いの子のような姿をしていた。波間に動く巨大な柱じみた足は六本ある。「オー……」16

2017-11-28 23:02:52
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「何……だ……こりゃあ……」デイビスの長く過酷な漁師人生のなかでも、このような不条理な魔物を目にした経験はなかった。今や船員のほぼすべてが我を失い、逃げる事すらできずにいた。「オー……」怪物は濁った眼を動かした。その眼差しにはダイタチ・メガミ号への明確な害意があった……! 17

2017-11-28 23:05:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

獅子の怪物は前足を振り上げた。海が鳴動し、飛沫が雨のように降り注いだ。デイビスは動こうとする。指示をくだそうとする。逃げろ……船内へ……声が出てこない……「エイブ……!イザベラ……!」「……オー……」「Wasshoi!」 18

2017-11-28 23:07:33
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

その時だ!アグラ姿勢のまま微動だにせずにいた赤黒のニンジャが、不意に動いた!黒い炎につつまれた風車めいて、ニンジャは高く跳ねた。甲板に着地し、黒く焦げた切れ込みを刻みながら一瞬で最前部へ至ると、再び跳ね、直立着地した。そしてアイサツを繰り出したのだ! 19

2017-11-28 23:09:22