10周年のSPコンテンツ!
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ゆうき まさみ @masyuuki

まんが家です。twitterでは自分で想像してた以上につぶやいてます。よろしくお願いします。

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ゆうき まさみ @masyuuki
年明けから始まります。よろしくお願いします! いま描いてます。お正月も描き続けます。ううっ(;_;) mantan-web.jp/article/201712…
リンク MANTANWEB(まんたんウェブ) 30 users 350 新九郎、奔る!:ゆうきまさみの新連載は歴史マンガ 「月刊!スピリッツ」で伊勢新九郎を描く - MANTANWEB(まんたんウェブ) マンガ「究極超人あ~る」「機動警察パトレイバー」などで知られるゆうきまさみさんの新連載「新九郎、奔(はし)る!」が、1月27日に発売されるマンガ誌「月刊!スピ...
ゆうき まさみ @masyuuki
足利義教が暗殺された時って、現場となった赤松満祐邸に「うちの庭の鴨に子供が生まれたから見に来てよ」って誘われて出かけて行ったんだよね。そりゃ行っちゃうよね(笑)
ゆうき まさみ @masyuuki
織田信長を100年先取りしたと個人的に思ってる、「万人恐怖」の足利義教も、(もちろんそこに政治的な思惑とか他の要素が絡んでいるにしても)カワイイものには弱かった、とか考えると、生きていた一人の人間として立ち現れると思うんですよ〜。
ゆうき まさみ @masyuuki
義教「満祐、鴨の子はどこだ?」 満祐「あ、あの池のほとりにいるはずなんですが……」(家臣に)「おい、鴨の子はどこ行った?」 家臣「け、今朝方は見かけたのですが……」 義教「鴨の子まだ〜っ!? 早く見せてよ〜っ!」 満祐「(も、もはやこれまで!)」
リンク Wikipedia 20 足利義教 足利 義教(あしかが よしのり、旧字体:足利義敎)は、室町時代中期の室町幕府の第6代将軍(在職:1428年 - 1441年)。第3代将軍・足利義満の五男。母は側室の藤原慶子で、第4代将軍・足利義持の同母弟。僧侶時代は義圓(ぎえん、新字体:義円)、還俗直後は義宣(よしのぶ)と名乗った。応永元年(1394年)6月14日、足利義満の五男として生まれた。幼名は春寅。応永10年(1403年)6月..
内田俊明 @uchida_t
@masyuuki 叡山焼き討ち、家臣に暗殺というのは似てますしねい
ゆうき まさみ @masyuuki
@uchida_t まるで信長が手本にしたみたいに似てるんですよね(^_^;)
内田俊明 @uchida_t
@masyuuki 坂本の民家に火をかけた、和議の後に叡山の僧自身が抗議のために根本中堂に放火したのが義教、自分から叡山全体に火をかけたのが信長という違いはありますが、そもそも中世に叡山を包囲すること自体が大事件ですしねい。
多々狩れ!超きのこ生命体マッシュルーマー @sanjukyusan
@masyuuki むかし読んだ「まんが日本の歴史」では、カモの親子を見た義教が「あんな鳥でも親子の情愛があるのに、自分は・・」と自分のこれまでの非道さに思いを至らすがその直後に暗殺されてしまう、という場面がありました。
678 @678mpth
@masyuuki 義輝が足利将軍家筆頭の「かっこいい最期」なのに、義教は「かわいい最期」だったのですね。
アカウント変え完了。 @kizitufood0806
足利義教はやべえよ……やべえよ…… しかしこう考えると可愛い……のだろうか
お餅になったくたに@通販取扱中 @rekei_chlh
鴨気になっちゃう義教様かわいすぎだよね。
葉つき みかん @hmikann
もし義教さんが現代に産まれていて、赤松さんに「うちのパンダに子供が生まれたから見にきて下さい」と言われても、絶対見に行っちゃうよね…。可愛いの好きだもん。
森田崇@怪盗ルパン伝アバンチュリエ電子版配信中 @TAK_MORITA
@masyuuki 足利義教って、昔「漫画日本の歴史」で読んだ時、全編通じてかなり上位の印象に残る人物だったんですよ。くじで決まった将軍ですよね。なのにおっしゃる通り「信長を先取りした」怖さ!でも最後切なかったですね…。
OHYA @yatiwom
足利将軍は大体そうだけど、その中でもくじ引きアンバランス義教さんは三指に入る数奇さだと思ふ
武蔵浦 @NachtHafen2600
くじ引き将軍こと足利義教の誕生日と命日って一緒だったんだな…(丁度本日7月12日)。 それにしても、恐怖政治を行う一方、鴨の子供が沢山生まれたから見に来てね☆という、いかにも胡散臭い誘いにのってしまう将軍って一体…。 pic.twitter.com/mZ0nGjg1z1
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コメント

Daregada @daichi14657 2017年12月28日
「カモはどこだ」「お前がカモになるんだよっ」ってやつですね
Osamu @bado1701a 2017年12月28日
歴史物とは意外だけど、面白くなりそう(^-^)
さや@ @sayasirou 2017年12月28日
清盛にもつうじるような・・比叡山の神輿に矢を放った
エルハリマ夫 @ha4T2xi 2017年12月28日
ゆうき先生大河ツィートお好きでしたしね。歴史物とても楽しみですな。しかし本当に室町ブーム来てるんだなあ
TD-M18もっこㄘん @Mokko_Chin 2017年12月28日
鴨の赤ちゃん観に来た相手を暗殺するんか…それも外道だな。
おちゃづけ @kusarechazuke 2017年12月28日
鴨の雛は見れたんだろうか。
唯野 @tadano29 2017年12月28日
以後しばらく「鴨の子」という言葉が「暗殺する」の隠語になったりして。「おい、あいつの夕食、鴨の子な(夕食時に殺せの意)」
neologcutter @neologcuter 2017年12月29日
この事件以降、油断せず自分の身に危険がせまっていると何時でも認識する事、これが「鴨しれない運転」として現代日本に伝わる風習となっているのである(©民明書房)
ドラゴンチキン @dragonchicken19 2017年12月29日
カモさん「アンタまさか生きて帰れると思ってるんじゃ無いだろうね」(「二度とうんこ出来ないねえ」で一世を風靡した人)
ヒビノノゾム @mei_remist_Noz 2017年12月29日
義教「おい鴨の雛どこやねん」 赤松「こちらに。カモン」 義教「ブブォッww」ブスー
ハイホー @Ho__Hi 2017年12月29日
「もはやこれまで」って、そういう意味につかうの?
ハイホー @Ho__Hi 2017年12月29日
あと、かわいいというか、それくらいの用事なら護衛をつけずにこっそり来てくれそうだったから、とかじゃないの?
水野修平 @mizunosyuhei 2017年12月29日
室町時代の武家の作法では、訪問者はその屋敷の主人に対する害意を無いことを示す証として刀を相手先の家人に預けるのがマナーだったようです。反対にそれを悪用して相手を自分の屋敷に呼んで騙し討ちにしたケースも。
水野修平 @mizunosyuhei 2017年12月29日
mizunosyuhei 義教と因縁のある鎌倉公方足利成氏が関東管領上杉憲忠を暗殺したのもこの方法だとされています(→「享徳の乱」)。
亜麻にゆ @ama_niyu 2017年12月29日
mei_remist_Noz 絶対に笑ってはいけない室町時代24時
Destroyer Rock @hondapoint 2017年12月29日
カモは日本で子供を産まないからすごく珍しいことだったんですよ。
とっち@リステ難民 @totty2nd 2017年12月29日
そりゃ、庭を見ながら「あの赤松を切り捨てましょう」「じゃああの山(山名)も削りましょう」みたいな小学生レベルの喧嘩する人達ですしお寿司
Destroyer Rock @hondapoint 2017年12月29日
この故事から「鴨がネギを背負ってくる」と言うことわざができたのである。
かつま大佐(永遠の10歳📛) @kamiomutsu 2017年12月29日
しかしまあ、鴨のヒナをホクホクしながら見にきた人を殺せるなんて凄いな…。相対的に見て残虐性が高まってる感がある。
naruto,tousen @narutousen 2017年12月29日
「信長は残酷だー」と言う人がゼッタイに引用しない話に「山中の猿」というのがありますが、二人の共通点は「自分に逆らわない者には優しい」「自分に逆らう者には残虐」。でも中世の人って自分の感情を押し殺す人は少ないので、義教や信長の行動は現代人には不思議でも当時の人には理解出来たかも?
KAIJIN28GOO @babel3sei 2018年1月4日
これ学研のマンガ日本の歴史で50年前読んだ。小鴨を見ながら、成敗した遺児の命を助けたのは良かったとおもうまもなく赤松満祐の家来に斬られるというシーン。えがき手は、カゴ直利。
believe @aLdQYdQ2qEKmDSm 2018年3月12日
ギャッちゃんは心が綺麗ネ。
believe @aLdQYdQ2qEKmDSm 2018年3月12日
カモン?!渡り鳥って知りませんでした。渡るというコトは、飛ばれるってことなのかしら?!信じられなかった(アヒル公園、近くに、住んでいる者ですが)
believe @aLdQYdQ2qEKmDSm 2018年3月12日
アヒルちゃんもカモちゃんも、可愛くて、大好きです。
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