- dousei_skhs
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【二人で!】 ゆっくり吐いた煙はぷか、と浮かんで夜に溶けた。まだ火照りの残る身体に、きりっと冷えた空気が心地いい。──僕はベランダで、ゆったり煙草をのんでいた。ここでの気まぐれな喫煙タイムはいつもひとりだけれど、今日は特別。ちょっと違う。
2017-12-30 23:30:31「……長谷部くん、お部屋入っててもいいんだよ」 「んーん、まだいる」 「そっか」 今日、僕の隣には長谷部くんがいた。 伸ばした袖で隠した両手で、温かいマグカップを大事そうに持っている。 「──ごめんね、煙たくない?」 「全然」
2017-12-30 23:33:07僕は外を向いているし、長谷部くんはそんな僕の少し後ろにいて、僕の背中を見ている。だから直には届かないはずだけど、煙を吐き出すときはなるべく遠くに、長谷部くんの方に飛んで行かないよう顔を背けるようにしていた。長谷部くんはいいと言うけれど、こっちとしてはやっぱり気になるじゃないか。
2017-12-30 23:36:33──二人で、そういうことをしたばかりだった。久しぶりで、長谷部くんにはかなり無理をさせてしまったと思う。そんなあとだったから、あどけない顔ですうすう眠る長谷部くんを見ていたら、僕はまたよからぬことを考えてしまいそうだった。それはまずい、少し落ち着こうと思ってベランダに出たのだ。
2017-12-30 23:39:21(光忠) (うあっ) どれだけ集中していたんだろう。気がつくと僕の背後に長谷部くんが立っていた。とろんとした顔で、大きなカーディガンをだらしなく着て。……それはよく見たら僕のものだったんだけど。 (あ……ごめんね、起こしちゃったかな) (いや、勝手に起きただけだ。……ほら) (え?)
2017-12-30 23:42:27そのとき長谷部くんは、湯気のたつマグカップをずいっと差し出してきた。反射的に受け取ると、ふわっと甘いシナモンが香った。 「……美味しいね、これ」 「そうだろう」 煙草を休んで、さっき長谷部くんがくれたそのマグカップに口をつけながらそう言うと、背後で長谷部くんの得意げな声がした。
2017-12-30 23:44:32「珍しいね、長谷部くんがこういうの作ってくれるの」 「まあな。グリューワインというらしい」 「へえ。赤ワインと……何が入ってるのかな」 「オレンジジュースと、ちょっとシナモン」 「あー、なるほど」
2017-12-30 23:47:04ちらりと振り返ってみると、長谷部くんもマグカップにふーふー息を吹きかけながらグリューワインなるものを飲んでいた。まだ眠たげなその姿がなんだか子どもみたいで、思わず笑ってしまう。案の定、むすっとされてしまったんだけれど。
2017-12-30 23:49:18「なんで笑う」 「いや、……ふふ。ごめん。可愛いなと思って」 「……ふん」 あ。せっかく作ってくれたのに、ご機嫌を損ねてしまってはたいへんだ。僕は煙草の火を消したのを確認して、長谷部くんの隣にそっと移動した。──無言でずれてスペースを作ってくれるのを、優しいなあなんて思いながら。
2017-12-30 23:52:29「でもこれ、本当に美味しいね」 「だろう。たまに作ってるんだ」 「そうなの? 僕初めて知ったけど」 「内緒で作ってたんだ」 「えっ」 「嘘だよ」 「作り方、前から知ってたの?」 「大倶利伽羅がな、レシピを教えてくれたんだ」 「へえ」
2017-12-30 23:55:31長谷部くんの身内で、バーテンをしている伽羅ちゃん。つんつんしているけれど、一度懐に入れた存在にはとても優しい子だ。……そう、彼は優しい。特に長谷部くんには。 「愛されてるねえ、長谷部くんは」 「……光忠」 「ん?」
2017-12-31 00:04:13服の裾を少し引かれて長谷部くんの方を見ると、暗いなかでもわかる藤色の瞳が、何か言いたそうにしていた。ちょっと屈んで耳を寄せてあげると、シナモンの香りが鼻を掠める。なあに? と続きを促せば、長谷部くんは躊躇いながら、でも僕の目をじっと見て。
2017-12-31 00:05:33「確かに大倶利伽羅は、俺によくしてくれる。可愛い」 「ん、そうだね」 「でもな、でも」 「うん」 「俺を一番に愛してくれてるのは、光忠」 「?」 「お前だろ」
2017-12-31 00:07:16「……長谷部、くん」 「……そう、だろ?」 ──その通り、その通りだ。 でもあまりに突然のド直球を受け取ってしまった僕は、咄嗟になんの反応も出来なかった。ぽかんとしている僕に怪訝な顔をしながらも、返事を急かすように首を傾げてくるその姿が、……なんだか、その。
2017-12-31 00:10:41「……よくおわかりですねえ」 僕の締まりのないそんな返事を聞いて、長谷部くんはほっとしたように笑った。自信満々に言い切ったはいいけれど、僕の反応が思ったようなものじゃなかったのか、不安になっていたみたいだ。……可愛いなあ、本当に可愛い。可愛い。
2017-12-31 00:15:14「そうだよ。長谷部くんを一番愛しているのは僕です」 「……ん」 「なに、自分で言って照れちゃったの」 「て、照れてない」 「嘘ばっか」 「嘘じゃない」 「ふふ」
2017-12-31 00:21:48──愛に順番はない、とも思う。目に見えるものではないのだし、僕が一番に長谷部くんを愛しているというのは、事実ではあるけれど真実ではないかもしれない。僕より彼を大事にしてくれる人が世の中にはいるかもしれないし、そう考えたら僕は、長谷部くんの幸せを邪魔しているのかも、しれない。
2017-12-31 00:22:22たくさんの“かも”が、頭のなかで交錯する。でも。 「……長谷部くん」 「ん?」 「好きだよ。好きです。……愛してる」 「っ、」
2017-12-31 00:22:44今彼の隣にいて、彼と同じものを食べて、飲んで、彼を抱いて、彼と一緒に息をしているのは、この僕だ。それだけは揺るぎないこと、譲れないこと。
2017-12-31 00:23:52じっと待ってみたけれど、うーうー言いながら“愛してる”の一歩が踏み出せない長谷部くん。ちょっと残念ではあるけれど、言いたいことは十分伝わっているし、何より僕の重たい告白に一生懸命応えようとしてくれるその表情。それがとんでもなく可愛いから、まあよしとしよう。
2017-12-31 00:25:08「無理しなくていいんだよ、長谷部くん」 「う……」 「頑張ったね。ありがとう」 「……すまない」 「いいんだよ。いいこいいこ」 よしよしと頭を撫でてあげると、悔しがっているのか照れているのか、いつもより大人しい長谷部くんは項垂れた。
2017-12-31 00:27:30「──そろそろ冷えてきちゃったね。お部屋入ろうか」 「うん」 「……抱っこして寝ていい?」 「……、いつもしてるだろ」 「そうだけど」
2017-12-31 00:29:39笑いながら長谷部くんの背中にそっと手を添えて、部屋に誘導する。さっきまで僕と同じように火照っていたはずの身体は、いつの間にか僕より冷えてしまっていた。まあ当然かな。 (……さて) この身体をどうやって温めようか考えながら、僕はまだ少し残っていたグリューワインを飲み干した。 【了】
2017-12-31 00:33:59【管理人より】夜分に失礼いたします。ご無沙汰しております。あまり時間が取れずギリギリ突貫での更新となり、たいへん申し訳ございませんでした。ほんの少しでも楽しんでいただけたのならとても嬉しいです。さて、いよいよ年が明けますね。今年も有難うございました! 来年もよい燭へし日和を!
2017-12-31 00:40:24