編集可能

ベッキーのタイキック問題に関して、法律家の見解(玉井克哉先生 tamai1961)

年末恒例のお笑い番組の中で、女性タレントのベッキーさんに対して女性格闘家がだまし討ちで蹴りを入れて、笑いをとると言う演出があった その演出が問題であると各所で物議が始まっている ツイッターで有名な法律家の見解をまとめました https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180107-00000307-oric-ent 続きを読む
バラエティー ベッキー テレビ 笑ってはいけない ダウンタウン
1
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
@kirik 親方が被害届を出さず、すべてが円満に解決して、貴ノ岩が「暴力ではない。協会には感謝している」と述べる仮想世界を見る思いがします。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
そういうことを言わざるをえない状況を利用して暴力を振るうのが卑劣。それを無理やりに押し通し、暴力を是認させるのが、公共への害悪。そして、部分社会の価値観に浸り切って是認しちゃうのが不見識。
うぉにくやすァーン @nomoreunk
毎年毎年「タイキックやめろ」と言い続けてきた人なら、主張は分からないでもない。「暴力はよくない」という単純な理由だ。 しかし、相手がベッキーになった途端に文句を言い出した連中には正直なところ「黙れ」以外の感想がない。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
知らんがな。番組見てへんもん。ネットで出てきたから反応しただけや。そもそも「タイキック」って何やねん。「回し蹴り」とか「真空飛び膝蹴り」とか、いろいろあるわけやろ、本来。そんなええかげんなもん、よう何度も見られるな。ま、やられたんが美女のときだけ反応するのがゲスやいうのは、賛成。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
さっきの話。注意深いフォロワーさんはおわかりの通り、例の「タイキック」に関して被害者が女性であるのを僕が理由にしたことはない。被害者が誰でも、男女美醜年齢を問わず、あれは許されない暴行だと思っている。台本があったかどうかも関係ない。ただ、拒めない立場の者に強要したのは犯情が重い。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
暴行は暴行。それを正当視する雰囲気を作り上げ、「番組」と称して国民の共有財産である電波を使い公衆に提供する、そのこと自体が、甚だけしからぬことだと思う。出演していた芸人が安倍総理と会食していたとか何とか、そんなのはまったくどうでもいいことで、有利にも不利にも扱う理由にはならない。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
私は、他人様がどんな趣味を持っていたとしても非難するつもりはないし、その資格もないと思っている。痴漢は強制猥褻という犯罪だが、虚構の世界で楽しむ人がいても、とがめる気はない。子供のころに観た時代劇は、いまにして思えばヒーローが悪役やその手下を裁判抜きで斬り殺す殺人劇だったが、(続
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
続き)楽しんでそれを観ていたわけで、殺人劇を楽しんでいた者が強制猥褻を虚構の世界で楽しむ者を排除する資格はないと思っている。それらを含めて自由に委ねるのが、成熟した市民社会というものだろう。だが、国民共有の電波を使う放送という産業は、その性質上強烈な規制のかぶる産業であって、(続
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
続き)その業界内で生きていく者には、そもそも自由などない。誰が観ても嫌なことを番組の中で強制されても、拒むと干される可能性があるのであれば、苦笑いを浮かべつつ(または、本当に嫌そうな「迫真の演技」をしつつ)応じざるを得ないし、視聴者もそれを理解しているわけである。その理解して(続
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
続き)いる視聴者は、「嫌なことを強制されても応じざるを得ない者」のありさまを観て、楽しむわけである。これは、痴漢行為を描いた作品を自宅内で秘かに(または公然と)楽しむのとは、まったく違う。例の番組にしても、自分たちで勝手に撮った「作品」をYouTubeに上げたというのであれば、それ(続
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
続き)と同様であり、許容できるという判断も、ありうるかもしれない。しかし、そうではなく、稀少な電波に立脚して形成された「芸能界」という閉鎖的な部分社会の掟(立場が上の芸人に命じられれば従わざるを得ない)を前提にし、「芸」として同様のことをするというのは、自由にしてはならない。(続
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
続き)これは、相撲の世界であれ小中学校の教室であれ、広告代理店の社内であれ、部分社会の中で勝手に作り上げた恣意的なルールを市民社会のルールに優先させてはならないという原則の一環でもある。そして、相撲界も学校も広告代理店も適切な批判を受けているのに、なぜかブラウン管の中の世界(続
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
続き)だけは「こういうのはお約束だから」「いつもやっていることだから」「台本通りにやっているだけだから」という、部分社会の勝手なルールが優先し、暴行が許容されてしまう。それが視聴者のみならず国民に流す害悪は、図り知れないと私は思っている。繰り返すが、あの番組に関しては、出演者(続
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
続き)誰彼が安倍総理と会食したから反アベの連中が取り上げているのだという推測もあるようだが、そんなことは、暴行の可否とは何の関係もないことである。出演者が安倍総理と親しいから基準を厳しくしてはならないのは当然だが、基準を緩める理由もない。法治国というのは、そういうものである。以上
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
ハリセンで頭をたたくのは、いいんじゃないですか。痛くないし、痛くないことが誰にでもわかる。あと、電波を使って放送するのでなければ、かまわないと思います。出演者が任意で、そういうものだとわかる人が楽しむために集まるのであれば、ね。 twitter.com/maskm_an/statu…
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
チャンバラ劇では真剣を使ってはいなかったと思いますが、あの「タイキック」もゴム足か何かを使った寸止め劇だったのでしょうか。仮にそうだったとして、私のような粗忽者が観て本物だと思う危険はなかったのでしょうか。その2点で「何も変わらない」とは言えまいと思います。 twitter.com/FKKtkz0918/sta…
大貫剛 @ohnuki_tsuyoshi
@tamai1961 危険かどうかは関係ないでしょう。たとえ危険ではなくても、本人の意に反して苦痛を与えれば、それは暴行です。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
@ohnuki_tsuyoshi いえ。それも関係があります。「狭い部分社会の中の掟の方が大事なんだ、暴行罪なんてのはシャバの話で、部分社会の中の力関係の方が、ずっと大事なんだ」という誤解(かどうかは、ベッキー氏以外にはわからないわけですが)を与える。放送というものが流してはならない、害悪です。
大貫剛 @ohnuki_tsuyoshi
@tamai1961 いえ、その論理で言えば、危険ではなくても苦痛を与えている(ように見える)時点で暴行であり、それを悪くないことのように放送している時点で害悪とみなされるのではないかということです。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
いえ。暴行であればそれだけでアウト、たとえ現実には暴行でなくてもそう見えるものは放送番組として不適切という、二重なのです。実はゴム足の寸止め劇だったので実際は痛くない、または被害者の同意があるため違法性を阻却する、といった理由で暴行に当たらない場合でも、番組としてアウトたりうる。 twitter.com/ohnuki_tsuyosh…
大貫剛 @ohnuki_tsuyoshi
たとえ現実には暴行ではなくてもそう見えるものは番組として不適切、という定義だと、かなりの番組が抵触しそうだな。
玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
@ohnuki_tsuyoshi そうかもしれませんね。「国技」たる相撲だけでなく、もともとベースボールだったはずの野球界にも、故星野仙一監督の「指導」があった。もちろん、彼だけのものだったはずがない。平気で生徒を叩く小学校の先生もいた。「存在するものは理性的である」とは限りません。
大貫剛 @ohnuki_tsuyoshi
@tamai1961 理性的かどうかと、放送することが許されるかどうかは別だと思いますが。
残りを読む(1)

コメント

言葉使い @tennteke 2018年1月9日
今回は方正ががきデカの扮装したときお尻出しただろ、あのときお尻がアザにもなってなかったし赤くもなってなかった。つまりあの番組は蹴ったふり、叩いたふりをしているだけだって、番組見てれば誰だって解るようになってんだよ。もしそれについてまで「知らんがな。番組見てへんもん」言うなら意見を言う資格無し。
ひかり双極性 大腸がん(経過観察中) @0222ch 2018年1月9日
http://news.livedoor.com/article/detail/14133611/ で竹山さん曰く 「嫌な言い方をすると」と前置きし、タレントとは「テレビに出たい人たちの集まり」だと主張する。目立ちたい気持ちが強いため、どういった形であれ、笑いが取れれば本望だ
いもQ @imoq_tw 2018年1月10日
「誰が観ても嫌なことを番組の中で強制されても、拒むと干される可能性があるのであれば」と言ってますけど、100人に1人しか嫌がらないことであっても本人がその1人に該当するなら同じことであって、そういう可能性を言い出したらテレビ番組というもの自体が成立しなくなりませんかね。
ケイ @qquq3gf9k 2018年1月10日
知識人と呼ばれる人たちが猛烈に馬鹿になったのか元々こんなもんだったのか。