![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
岩手県に行ったフォロワーの記録
フォロワーである唯(@yui_1219)さんの記録。
彼女が直接見て感じたことと、写真が語る状況です。現地での伝聞の呟きもありましたが、そこはあえて排除してまとめています。まだまだ心情の吐露があるとは思うのですが、ずっと気になっていたので、まずはここまで。
![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
山田町大浦は電波が届かないから、イマノウチニ写真乗せる。瓦礫と土ぼこりとヤバいよ。カメラマンは、被災者をずっと撮ってた。プライバシーも何もない
2011-03-31 16:56:41![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
叔父が亡くなったのは、3月11日岩手県山田町大浦に来た津波に飲み込まれ亡くなった。叔父は生きるため、自動車に乗り、高台に向かう最中だった。防波堤で、波が見えなかったそうだ。突然の出来事で、自動車に乗っていた叔父は波の衝撃で心臓が止まったっぽい。ただ、この津波は運命をわけた。
2011-04-01 08:52:16![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
あの日、津波から逃げる人は二通りいた。車と、徒歩だ。話によると、徒歩で逃げた人は全員助かり、車で逃げた人の大半は亡くなったらしい。あまりにも残酷ですね。生きようと皆必死だった。皆海と共に生きてきた人達だった。大浦には、潰れた車や、陸に打ち上げられた船がある。
2011-04-01 08:56:50![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
さて、叔父だが亡くなって丁度3週間で火葬だ。叔父の遺体は今まで見てきた遺体とは様子が違う。それはそうだ3週間だ3週間も順番待ちしたのだ肌は、人の色を忘れてた。目は窪んでた。涙が止まらないそれでも、叔父が誇らしい。生きようとたのだから返された服は作業着だった最後まで漁師だったのだ。
2011-04-01 09:04:25![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
今、火葬中。待合室には沢山のお骨がある。皆持って帰れないのだ。住所と、名前が書いてある。同じみよじが並んでる。また涙が出る。皆生きようと足掻いた人達だ。
2011-04-01 09:10:11![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
また、写真を上げていこう。そして、亡くなった人を想って欲しい。生きていく人を助けて欲しい。これが現実でこれが、これから生きていく日本なのだ。
2011-04-01 09:12:47![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
現地で思った事。東京の買い占めとか本当に愚かだなと思った。買い占めしてる人は一度東北の海岸沿いこいよ。リアルを生きてみろよ。テレビなんかじゃ伝わらないよ。もっと締め付けてくるよ。佇んで涙が出てくるのを体感しろ。なんて。
2011-04-01 12:35:32