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月極 @7sUkigHimE
終戦も近づいた頃に艦娘になって十年ほど勤め上げ司令部の閉鎖とともに退役を決めて艦娘時代の伝手から港の事務所で働き始め新しい仕事にも慣れた頃ぼうっと海を眺めていると同僚に「やっぱりまた海に出たいって思う?」と訊かれ少し無理に笑顔を作って「いやあそんなことないですよー」と答えたかった
月極 @7sUkigHimE
あと港の事務所での仕事も数年で退職して内陸部の地元に戻りただ毎日似たような業務を繰り返していた艦娘の頃よりもよっぽど代わり映えのしない毎日を送りながらふと故郷を取り囲む山の稜線を眺めてはその向こう側にあったはずの騒がしい司令部と馬鹿ばっかりの僚艦たちを思い出して感傷に浸りたかった
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
艦娘になるも田舎の漁港に配属され、苛烈な戦闘も僚艦の戦死もこれといって経験することなく退役して、内陸県の地元に戻って安穏とした暮らしを送っていたところで、ある日買ったアサリの砂抜きをしながら不意に涙が流れてそのまま衝動的に艦娘時代に過ごした漁港の司令部まで旅をしに行きたかった
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
もちろん〝漁港のオマケ〟だったプレハブ司令部も待機所も跡形すらなく更地になっていてまるで最初からそんなものはなかったかのようになってるけど、漁港の景色だけは艦娘だった頃とほとんど変わりなくてやっぱりその場でもう一度前触れ無く涙を流したりするんですよね(ろくろ手)
月極 @7sUkigHimE
艦娘への適合処置の投薬に伴って薄い桃色に染まった長い髪を退役の際に短く切り揃えた元”由良”の女性は地元に帰ってからのあまりにも長閑な日々のなかで自身の髪が段々と黒さを取り戻していくように自らの記憶の中にある青春のようなものが消えていってしまうのではないかとどうにもならなく恐れている
月極 @7sUkigHimE
自分はそんな元由良さんに突然電話を掛けてこられ随分むかしに交換はしたけれど何となく退役してからもずっと連絡を取り合うのは憚られるような気がしてすっかり携帯電話に記憶されてあるだけになっていた番号が液晶に表示されて数秒間ただ画面を見つめ続ける元夕張になりたいですね(実現不可能な願望)
月極 @7sUkigHimE
「えっ、あ、はい〇〇で、あっいや違っ、ゆうば」 「…ふふ、ふふふっ、慌てすぎ、”夕張”」 「ごっ、ごめん”由良”」
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
どうしようもなく自分の前から消えてゆく〝自分が自分でなかったような〟青春の残滓を求めて旅に出る由良さん、これや
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
私が軽巡洋艦娘の〝由良〟と呼ばれていたのはもう五年も昔のことになる。今も寝室の壁に飾っている写真の中の〝由良〟は、薄桜色の長髪を髪留めで一つ結びにしてテールを上から下までリボンで縛っている。一方、私といえばそのテールをバッサリと切り落として、前髪も〝由良〟より短くしている。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
髪色もようやく黒染めが不要になったくらいに以前の――〝由良〟になる前の――ものに戻った。この地球上に〝由良〟と私が同一人物と思う人は、たぶんいない。一年半ごとに別の任地へ行った提督さんたちも、家族以上に時を一緒に過ごした僚艦も、今の私を見て〝由良〟だとは気付かないだろう。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
深海棲艦との戦争が終わってからすぐに退役が決まって、私は山に囲まれた地元に帰った。その時は少し寂しさがあったけれども、後ろ髪を引かれるような未練は感じなかった。軍の斡旋もあってあっさりと役場に再就職を決めて、半年後には呑気な、たまに忙しくもどこまでも平穏な生活を送るようになった。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
一年が過ぎ、また一年が過ぎ、そうして〝由良〟と呼ばれなくなってから五年が経った。仕事はもう随分と慣れて来年には主任になれるだろうと上司に言われている。忙しさにかまけて、もしくはあまりに変わってしまった自分を見せたくなくて、あの頃の仲間とは司令部の前で別れて以来連絡を取っていない。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
時折、思い出したように飾った写真を見ることがある。写真の私は仲間と無垢な笑みを見せている。確かに「私」だったはずの〝由良〟。青春を、いやそれよりもずっと長い期間を〝由良〟として過ごした「私」。でも、今の私から〝由良〟は消えようとしている。最初は意図的に、今は引き潮のように。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
五年かけて黒さを取り戻していき、今では少し色素が薄いくらいまでになった髪を見るまでも、急速に朧気になってゆく記憶を引き出すまでもなく、私が〝由良〟だったことは私の人生からすればイレギュラーなことだったのかもしれない。ようやく私は「私」を取り戻そうとしているのかもしれない。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
でも、心のどこかでそれを――〝由良〟が消えることを――恐れる私がいた。それに気付いたのは、本当に何でもない、ただの台所でのことだった。仕事帰りに安かったからと買ってきたアサリの砂抜きをしようと塩水を作っていて、不意に、本当に不意に涙が溢れてきて止まらなくなったのだ。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
どうして涙が流れてきたのかはわからない。塩水の匂いや味にあの頃の海を思い出したのかもしれないし、アサリで〝由良〟がいた漁港を思い出したのかもしれない。けれどもそれはどうでもいいことだった。いずれにせよ私は〝由良〟を自覚した。今にも忘却されようとしている彼女を。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
それはあまりにも愚かなことかもしれない。今〝由良〟だった時のことの多くを忘れてしまっても、困ることなど一つだってない。でも私には涙を止めることができなかった。だから私は〝由良〟を――自分が自分でなかったような、あの頃の青春を――この目で、耳で、鼻で、肌で確かめたくなった。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
この涙の理由を探し求めたくなった。あまりに感傷的なのは言われなくてもわかっている。この先の人生で、私はもう二度と〝由良〟になることはない。でも、〝由良〟は「私」だったのだ。どうしようもなく私なのだ。たとえそれが薄桜色の長髪をたなびかせるティーン・エイジャーの軽巡艦娘だとしても。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
気付いた時には、私は旅支度をしていた。かつて〝由良〟が滅多にない3日がかりの任務に赴くための準備を寝ぼけて意識を朦朧とさせながら整えていたことをふと思い出して私は苦笑した。荷物を助手席に放り込んで、私は車を出した。〝由良〟としていくつもの年を過ごした、あの寒く、小さな漁港へ。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
ここからいくつの県を越えるだろうか、到着するまで何時間かかるだろうか、泊まれる宿はあるのだろうか。いや――その前に、この旅に同行者が、〝由良〟のための連れ合いがほしくなった。それで私は早々と路肩に車を止めて、携帯電話の電話帳からとある名前を選び、電話をかけることにした。
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
「――〝夕張〟ね? そう、私、〝由良〟。ねえ、突然だけど旅に行かない? 私たちがいたあの漁港まで。そう、二人で――」

  • 由良のおくるまのお話
月極 @7sUkigHimE
どれだけかかるかとも分からず艦娘時代に過ごした司令部(の跡)を目指す由良張は寂れたドライブインの駐車場で車中泊してくれ
非労働英雄@9月砲雷ま-28 @heroofnonSocLab
「せめてブランケット持ってきたらよかったわね」とコートを掛け布団代わりに乗せて寝る由良を横目にちゃっかり持ってきた寝袋で蓑虫になる夕張くらいの関係性(?)
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コメント

杉山 兆 @Kiz_Sugiyama 2018年1月25日
それではここで一曲お聞き下さい。 アリス『さらば青春の時』 http://youtu.be/irLZFr4vMio
hem +16kg @ex_hem 2018年11月3日
あー(由良漁港を通過した時の記憶を再検索する
りざ @rizariza2017 2019年2月6日
あー… あーあーあー… あぁぁ…       好き
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