編集部イチオシ

魔女集会で会いましょうについての考察話

自分用まとめ。結論が出たわけではないと思う。
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北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu その愛情の純粋性が完璧すぎて子はそれをはねつける自由がない気がする。そこに「構造的毒親性」を感じる。魔女の振る舞いが実の親が陥りがちな典型的毒親性を回避することによってどんどん子は反抗の正当性を失っていく。そこが魔女自身の毒親性がないのに構造に毒親性があるという論の論旨です。

2018-02-19 22:07:10
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal 反抗の正当性を失うことと反抗の必要性を失うことはここで区別できるでしょうか。

2018-02-19 22:11:03
北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu そこなんだよなー。完全無謬の親がいるとして彼ないし彼女は「子の反抗の必要性」を奪うという虐待をしていると言えるのか。敢えて瑕疵を作ることで「子の反抗の正当性」を用意してやるべきではないのか。それが作為的であった場合結局親の掌の上という問題もある……。

2018-02-19 22:17:12
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal 私はそれは虐待だとは思えません。宇宙のいろんなものと戦わないといけない(比喩)のに親に反抗している暇なんか本来はないのです。

2018-02-19 22:20:43
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal あえていうなら、無謬の親に対する反抗はきちんと存在します。それは親に並びたち越えることです。あまりに親子が強調されるので私自身忘れかけていましたが、集会タグに私がみたものは親子関係よりも師弟関係だったのですね。

2018-02-19 22:23:01
北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu 確かに。ここで「戦う力を養成するためにこそ反抗は必要なのだ」などという論理を出しても下らない。なるほどなー。師弟関係だとするなら弟子を見送り自分一人永遠に生きなければならないという結末は何を意味するか。弟子はその短い生涯において師を、親を越えたのか。師の涙は越えられたことの証明?

2018-02-19 22:27:34
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal あっ、これも不思議なんですよね。当初は拾われた子も不死化する(あるいは元から呪いなどでそうなってる)ものをよく見た。拾われた子と寿命による別れが来るのは、既存の人外恋愛ものの定番「寿命ネタ」が混入してるだけと思ってたのに、いつのまにかそっちがメインストリームになってる。

2018-02-19 22:31:00
北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu 拾った子が食人魔女と一緒に食人行為に手を染める(子が不老不死化しているかは不明)とかありましたけど結局エモさにおいて悲恋の方に軍配が上がった、というだけでは。

2018-02-19 22:37:28
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal まだうまくエモという概念を取得してないんですよね。嗜好という意味でなら両者不死のまま惑星が蒸発するのを眺めるとかのほうが好き。あと「戦う力を養成するためにこそ反抗」って創作でもそういうふうに仕向ける師匠わりといますよね。で、それは反抗が想定されているかどうかではなく、

2018-02-19 22:40:17
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal 反抗(やそれを想定した修行)の結果力量がどれだけ上がったか(指導者を越えたか)で評価されるべきで、もし”無謬”なら必ず実力が上がるはず(反抗の必要のない自由の取得)だし、そうでない場合は無謬ではない(想定されていない反抗の正当性の発生)ってことになる。

2018-02-19 22:43:55
北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu 子の方が確実に獲得しなければならないのは魔女狩りから魔女を守る力であり、自活する力は必ずしも授与されないという点も気になる。

2018-02-19 22:54:55
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal それはつまり魔女は親として無謬であるという仮定の外側の話ですね。ただ確実に獲得しなければならないという規定はないように見えます。

2018-02-19 23:04:21
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal いや違うな、引っかかっているのは、たとえそうだとしても、確実に獲得しなければならないのは関係を継続するためにはであって、確実に獲得すしなければならないは確実に授与されるとは違うというところです。

2018-02-19 23:06:21
北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu 子が自立する力を獲得するケースがあまり見られないのは魔女の無謬性への疑義になるような。

2018-02-19 23:10:26
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal ええ。ですから反抗の正当性の発生になる。

2018-02-19 23:12:18
北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu そうなら問題の核心は魔女が自分の下に子を留め置くか、自立を促すかですね。魔女が孤児で逆ハーレムを作ったり、結婚したり、死ぬまで手放さなかったりはやはり毒親性があると結論していいでしょうかね。きちんと育て、自立を促し、弟子が師を超えるように子に自身を超えさせることのみが無謬の道と。

2018-02-19 23:17:15
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal そこまで毒親という概念を拡大することは有効なのでしょうか。もちろん広義として、要素の指摘として有効です。しかし振り返ってふと気づいたんですが、あまりにも無謬か毒親かという二者択一で保護者を語ってきたようにも感じられます。皮肉な話ですが、まるで魔女裁判みたいです。

2018-02-19 23:25:33
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal 特に無謬性を証明した場合、無謬であること自体が毒親性を孕むという論に直面するという仕組み、水に沈めて浮かんできたら悪魔の力を借りているので有罪という仕組みとアナロジーを感じる。

2018-02-19 23:29:18
北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu まさに魔女宗会。しかしまあ、魔女集会創作において提示される状況があまりに普通の(無謬でも毒親でもないマジョリティ的あり方)親子や師弟の関係からかけ離れ、甚だしきは母子相姦にまで至る以上、それに下される評価が極端になるのは致し方ないのでは。

2018-02-19 23:32:37
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal このへんで私の論点に転換すると、そもそもコントロールって想定されていたのかってのがあります。「どんなふうに育つか(思い通りに育つか想定外に育つか)」で議論されていたものを見ましたが、私の感触としてはまず「育つこと自体が想定外」だった、という風にも見えるのです。

2018-02-19 23:46:12
北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu 面白いですね。ここで魔女という存在の性質に着目したい。最も野卑な言い方をするとビッチ方面で、女性の中でも自信に満ちた自由人である(迫害されているというイメージから真逆に描くこともあるが非伝統的かと)からして、自分を縛ることになる出産からもまた自由であり、子をなすには拾うしかない。

2018-02-19 23:50:33
NASU @isunanasu

@Tangsten_animal やはり気になること。無謬の子と無謬の親は共存できるのか。

2018-02-20 00:48:08
北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu 寝てしまった。無償の物質的充足の提供と恩に着せるような態度がなく自立を促す魔女と、感謝を胸に巣立っていく子、という関係性には無謬性があるのでは?いや、魔女集会においてそんな関係性は見たことないからまた違うのか。

2018-02-20 05:52:40
北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu 子をなすことも育てることも魔女の営為の想定範囲外の行為であり、本来的に魔女は親子関係を構築できず、師弟関係へとスライドするしかない。そこに子の方から親子関係へとバイアスをかけることによりかろうじて擬似的親子関係は成り立つ。親子関係を望むのはま基本魔女ではなく子の方であるかと。

2018-02-20 06:09:57
北條カズマレ @Tangsten_animal

@isunanasu 魔女が望まないのに、作者が、子に親子関係へのバイアスをかけさせて魔女への依存を促し、擬似親子的関係を無理やり演出させているのなら作者を毒親と呼ぶことはできるかもしれない。しかし子が魔女への依存を示すのは作者の作為ではなく関係性がもたらす必然的帰結のように見える。反抗はどこに?

2018-02-20 06:15:21