【書きかけ】私が衛生兵になったわけ【クリヘレ】

深海さかな @dzurablk_kai

私が衛生兵になった理由 ＃今夜のクリヘレ 例によってアズレン百合 クリーブランド×ヘレナで

深海さかな @dzurablk_kai

その日の北方は荒れ模様だった。 《ユニオンの、聞こえる！？ そっちから衛生兵を寄越して頂戴！！》 《無理です、こちらも戦闘中ですよ！ 自艦隊のメディックで対応してください！！》 クイーンエリザベスとヨークタウンのそんな言葉が無線越しに行き交う。 ＃今夜のクリヘレ

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《そのジャベリンが真っ先にやられたのよ！！ あのビートボール印の艦載機、こっちの衛生兵を優先的に狙ってきて…忌々しいったら！！》 「ドク！！」 不思議と戦場の只中でもよく響くヨークタウンの声に呼ばれ、振り返ろうとしたヘレナの眼前を曳光弾が横切る。 ＃今夜のクリヘレ

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前衛艦隊を掠めた敵巡洋艦の砲弾は、背後に控えた主力空母と戦艦をたちまちのうちに水柱で包み込む。だがそれでもヨークタウンは身じろぎ一つ、それどころか瞬きもせずにヘレナをしっかと見据えていた。 「命令はしません、任せます」 迷うことなくヘレナは応えた。 「行きます」 ＃今夜のクリヘレ

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「よろしい、前衛艦隊は次の航空攻撃に合わせ統制射撃、その隙に包囲網を突破なさい。テネシー、突撃支援射撃でヘレナの前路を啓開。火力調整はヘレナに預けます」 足早かつ的確な指示が続く中、周囲ではクリーブランドとウィチタの高低織り交ぜた砲声が轟いている。 ＃今夜のクリヘレ

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ヘレナには時折、戦闘で銃弾が飛び交う最中にあっても冷静沈着に指示を続けるヨークタウンが、空恐ろしくすら見えることがあった。今がまさにそうだ。 「いつでも行ける」 エンタープライズの声に、ヘレナの側面と背後から聞こえていた全ての音が消え去った。 ＃今夜のクリヘレ

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あるのはただ、眼前に迫り来る敵の量産型重巡二隻、その主砲が装填を終え、水平に戻されていた砲身が競り上がる不気味な光景だけ。 嵐の前の静けさに否応なく研ぎ澄まされる戦場の勘。それも敵艦の背後に隠れ潜んでいる敵増援の位置や攻撃タイミングすら時を超越して幻視する程の。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

《全航空打撃艦隊、ダイヴ・ダイヴ・ダイヴ！！！》 ヨークタウンの発した符丁を上空から迫る急降下爆撃機のサイレンのような唸り声が掻き消すのを発端にして、その静寂は打ち破られた。 ダイヴブレーキからラッパのような独特の音色を響かせているのは、試作機のデストロイヤーだ。 ＃今夜のクリヘレ

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その黒い影が視界を横切った一瞬の後には、前衛艦隊の先ほんのわずか十数メートルに、ナパームの火柱が壁のようにそそり立っていた。重桜の量産艦たちはその摂氏二千度の火炎に次々と突っ込み、自身の装薬の誘爆に黒煙を噴きながらあえなく断末魔を上げる。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

目前を遮っていた敵艦の壁はジェリコのラッパで一瞬にして消え去った。 直後、横合いから襲い来る閃光と暴風。共に横隊を組んでいたクリーブランドとウィチタの中腰に構えた体躯が、砲撃の反動に船足を殺され後部へ仰け反るのを合図に、ヘレナは単身弾かれたように前へ飛び出した。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

三連装主砲から釣瓶撃ちに絶え間なく吐き出される前衛艦隊の砲弾は、ホースで撒いた水のように、或いは海面を低く撫で進む蛇のようにその身をくねらせながら、ヘレナの両舷にいた敵艦を次々と打ち据え破砕した。 「テネシーさん！！」 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

ヘレナの眼前に再度立ち塞がった量産重巡が、壁のように迫り来るその一瞬をまるで予期していたかのように、戦艦から放たれた徹甲弾がその寸胴な船体を真っ二つに叩き割った。あまりに的確にすぎて、ヘレナ自身が砲撃をする暇はおろかその必要性も感じないほど見事な火力支援だった。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

「ロイヤル艦隊、聞こえますか！ 今そちらへ向かいます、到着まで３００！！」 《遅すぎるわよ！！ 前衛のベルファストとエクセターが持たない！！》 あちらもかなりの激戦らしく、クイーンエリザベスの声はそこで砲声交じりのノイズに一度途切れた。 ＃今夜のクリヘレ

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《前衛の二人、どちらかでもやられたら戦線の突破は絶望的よ！！ そっちの艦隊の前路掃討だってできなくなる！！》 「…了解、あと２００で向かいます」 そう返すと同時にヘレナは、三角波を蹴立てて越える間際の一瞬、艤装の出力を最大の更にその先まで引き上げた。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

勢いを得たヘレナの体はそのまま、進路上にいた重桜の銀髪、ツインテール姿を飛び越える。 「チッ、小癪な…！！」 幸運艦と名高い駆逐艦の主砲が、背後からヘレナに向けられる。だがそれを予期していたヘレナの背後、四連機銃がその小柄な体躯に機銃弾を投射する方が早かった。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

不意の反撃に照準を失した雪風の主砲弾が、ヘレナの先にいた陽炎を誤爆する一瞬。 《…本当にイカれた奴だな》 《な？　やっぱり私の恋人は最高だろ？》 呆れを孕んだウィチタの声に、満面の笑みなのが無線越しにもわかる、クリーブランドの声が被さった。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

そんな惚気に背中を押され、思わず自身の頬も緩んでしまうのを感じながら。 ヘレナは眼前に立ちはだかったソロモンの悪夢と名高い駆逐艦の身体を蹴り飛ばした。鳩尾に鋼鉄製のブーツがめり込む不快な感触と、呼吸できないまま空虚に開けられた口から漏れる声にならぬ嗚咽。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

その刹那ヘレナの耳に、澄み渡った金属音が届いた。魚雷の弾頭の安全ピンが衝撃で抜け落ちた音だ。すかさずヘレナは鋭いステップで夕立の身体をかわし全速で前へと飛び退いた。背中に吹き付ける爆風に勢いを得て更なる突貫を続行する。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

ほんの数秒の間に起きたその一連の戦闘は、さながら戦場に吹き抜ける一陣の蒼い旋風であった。巧みな足裁きと繊細なスロットル操作に砲撃は最小限にとどめながら、単艦で敵陣中を駆け抜けていくその身のこなしは、誰の目から見ても並の衛生兵の挙動ではない。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

コンバットレスキュー、最高の戦闘員にして最優秀の衛生下士官に与えられるその称号を、ヘレナは身をもって体現していた。その様はどんなロイヤル艦の優雅さやユニオン艦の力強さをも凌駕する美しさで、誰もが固唾を呑んで彼女の行く末を見届け、或いは無線越しに耳を傾けていた。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

また、そのヘレナのしなやかな勇気に裏打ちされた強靭な強さに魅せられたのは、味方だけではなかった。敵対しているはずの重桜艦の一部にとってもそれは、畏怖と感嘆でもって応えなければならない存在であったのだ。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

無数の敵艦の合間を掻い潜り乗り越えたヘレナの眼前に最後の敵が姿を現す。ヘレナと同じ長い蒼髪に、両腰に据えつけられた１４センチ砲。『探照灯の鬼神』の異名を持つその艦こそ、重桜最強の水雷戦隊を一手に率いる旗艦、神通だった。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

鉄扇越しに交錯する、神通とヘレナ両艦の視線。その一瞬は数々の武勲と勇名を欲しいがままにしてきた歴戦の軽巡洋艦たちの胸を痛いほど躍らせ、溢れ出る愉悦に瞳を細く歪ませた。 白刃一閃、神通の鉄扇が横薙ぎにヘレナを襲った。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

だが時既に遅く、数刻前に横合いにステップを踏み回避機動を取っていたヘレナの肉体を、その凶器が捉えることは叶わなかった。逃げ遅れた長髪だけが虚しく空を舞うその一瞬。 二人の蒼髪、二隻の軽巡がすれ違った。 ＃今夜のクリヘレ

深海さかな @dzurablk_kai

片やレーダー、片や探照灯。武勲の由来こそ全く違うはずの両者の口元を彩る戦士の笑みは、不思議なくらいそっくりだった。 ＃今夜のクリヘレ