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01.「では、これから君を『艦娘』に変化させる薬を投与するよ。いいね?」 白衣の男性に聞かれ、少女は首を小さく縦に動かす。 どの道―今から怖気づいて拒否する事など筋違いであるのは少女自身百も承知だった。 彼女は既に同意書にサインし、親族のサインも…...無理を押し通して貰っている。 何より―
2018-06-01 23:54:5402.彼女が同意を示したのを合図に女性の研究員が車椅子を押し、 キィ、と軽い金属音と共に少女の身体は机に近づく。 もし今から逃げ出そうとしても、彼女の身体は彼女の言う事を聞きやしないのだ。 下半身不随。交通事故に遭って脊髄を損傷した彼女は、腰から下のコントロールを完全に失っていた。
2018-06-01 23:56:4803.「それじゃ、ここに腕を置いて……うん、感覚的には普通の注射と変わらないと思うよ」 車椅子を押していた女性がゴムバンドで少女の腕を止血している間に、男性はケースから注射器を取り出した。
2018-06-01 23:57:2204.少女はぼんやりと注射器を眺める。余程突飛な薬が出てくるかと思っていたがその点予想は外れたと言える。 注射器の中は丁度輸血パックに詰められた血液の様に、濃く赤い、ごく少量の液体で満たされているのみだった。
2018-06-01 23:57:4805.投与自体も至って簡単なものだった。 薬液の量が量なだけに、チクリとした感覚を覚えてからそれほど時間もかからず注射針は彼女の腕から離れていく。 「……あの、これだけで終わり、ですか?」 思わず少女は口から疑問を零した。 海から人類を脅かす存在『深海棲艦』それに対抗する存在『艦娘』。
2018-06-01 23:58:3706.少女はこれまで画面越し、報道でしか艦娘の雄姿を見た事が無かった。 また、その成り立ちについても『適性のある人間が訓練を受けてなるもの』と認識していた。 基本的にこの国の大半の人間がそういう認識でいる筈だし、実際志願して艦娘になった人々が居る事は知っていた。
2018-06-01 23:59:1707.故に……どうやら重要機密事項であるらしいこの『艦娘化』だが、たった、これだけで? .「ああ、変化自体はこれだけでも起こる筈だ。僕もそれはびっくりなんだけどね。うん、気になるなら少しリラックスして、自分自身に意識を集中してごらん」
2018-06-02 00:00:4108 .注射針を抜いた跡をガーゼで軽く押さえながら言われた通り自分の身体に集中してみると、成程確かに点滴や造影剤が体内を巡るように、顕著ではないが熱い物が体中に徐々に巡っていく感覚がする。 「でも処置はこれだけじゃない。次のステップが大事でね」
2018-06-02 00:01:0709.そう言うと、男性研究員は徐に横のカーテンをサッと開いた。 カーテンの向こうから現れたのは病室で自分が常々世話になっているのとそう変わらないベッドだ。 異なる点は、ベッドの側面に幾つものベルトが付いている点だが、少女の目を引いたのはベッドよりもその上の空間だ。
2018-06-02 00:02:1210.カーテンの上部、天井近辺からは機器に接続されたチューブが何本も無造作に走り、その行き先は先端の……どこか見覚えのある半透明なマスク状の物体に集中しているようだった。 「吸入器……」
2018-06-02 00:04:1411.交通事故から暫くの間自分の顔の上に鎮座していた酸素吸入器の記憶は、脳内に直ぐに呼び起こされた。散々視界に入っていたものだ..... 「うん、ネブライザーとか、そう呼ばれてるものなんだけどね。霧状にした薬剤を投与するのに使うんだ。効率がいい」
2018-06-02 00:06:3012.説明されている間に少女の身体は女性研究員の手でふわりと宙に浮き上がり、丁寧に当のベッドの上に移された。仰向けになった少女はこれから顔の上に下りてくるであろう吸入器をじっと見つめた。
2018-06-02 00:07:2413.「既に説明されていると思うけど」 男性はクリップボードをペラペラとめくり、彼女がサインした同意書を見つけて一人で頷く。 「……君の身体はこれから徐々に艦娘のものに作り替えられていく。その際損傷した脊髄も修復され、身体の機能は修復され、同時に―」
2018-06-02 00:08:4914.男性研究員はそこで暫く言い淀み― 「あー.....君の記憶も置き換わっていく」 暫くしてから続きを紡いだ。 少女は目を細め、自然と湧いてきた唾を静かに飲み込む。
2018-06-02 00:10:4015.「ここが一番大変な所だ、何しろ自然には起こり得ない急激な変化だからね。あー……痛みとか……その、精神的なものとかさ?なので手術の時の麻酔みたいなものだ、それを薬で緩和する」 ドクン、ドクン。心臓の音が大きくなってくる。
2018-06-02 00:11:2316.身体の変化、記憶の置換.....そんな『未知』としか言い表せない感覚への、我慢ではどうにも誤魔化しようのない不安と緊張、恐怖。 更に不安を煽るように、彼女の身体は幾重にもベッドに付いていたベルトで拘束されていく。
2018-06-02 00:12:3017.「すまない、余計な事を言って怖がらせてしまった。でも、大丈夫だ」 男性が少女の真上に手を伸ばし、吸入器を彼女の顔へと下ろす。心臓はより一層早鐘を打ち、何とか落ち着こうと早くなった呼吸で吸入器が曇る。 「君にとっては一眠りしている内に終わってしまうさ―それじゃステップ2、行くよ」
2018-06-02 00:13:1018.チュッ、と小さく高い音がしたと思った直後、何とも言えない薬剤の香りが一瞬鼻の中に広がり、少女の頭はすぐさま思考を手放し始めた。 薬剤の投入が始まった事を何とか理解する頃には、瞼は眠りにつく寸前のように重く、感じていた不安と恐怖は散っていく。
2018-06-02 00:13:4719.だが同時に…微睡の中で、少女は自分から何かが『剥がれていくような』感覚を覚えていた。 呼吸をする度にひとつ、またひとつ.....ぺり ぺりと自分の体の表面から何かが剥がれ、離れていった。
2018-06-02 00:15:0920.同時に……彼女は逆に何かが流れ込んでくる感覚を覚えた。 抜けた穴を埋めるように、『何か』が自分の中を満たしていく。 「(私は)」 意識の断片が、悪あがきの様に泥のようになった脳みそを動かす。 「(私は、これでいい。夢を壊された私の身体は……きっと立派な艦娘になってセカイを救うんだ)」
2018-06-02 00:16:3521.走馬灯、と言う言葉があるが、それは今彼女のぼやけた頭に流れていく情景を指すのだろうか? 彼女の夢、通っていた学校、部活動、友人、家族の顔。 既に彼女の頭では判別はつかない。それらは彼女の心の横を無機質に過ぎ去り、どこか遠くへと見えなくなって―
2018-06-02 00:17:2622.「(ゆめ、か)」 体から更に何かが離れる。自分の体積は少しずつすり減って無くなっていく。 「(わたし、の、ゆめ なんだっけ)」 そして、いつしか.....何もかも無くなって。何もかも― 「(わたし、は、、)」 「(なんだっけ)」
2018-06-02 00:19:5223. .……30分後、2人の研究員は安らかな顔で眠っている少女の横で、計器の確認に集中していた。 「体細胞の変異、開始。バイタル良好。従来通りであれば変異の完全な完了までは1日を要します」 「オーケー、記憶処理薬も投入は順調みたいだ。ひとまずは大丈夫かな」 男性研究員は安堵の息を零す。
2018-06-02 00:20:5224..「まだまだ油断は出来ませんけどね。過去の『艦娘の血』投与において、やはり精神面の置換プロセスが鬼門でしたから」 「でも、それに対処するためにこうして記憶処理薬の研究が進められている訳だろう?今は丙型だったかな」
2018-06-02 00:21:28