ケンペイ天狗「ネヴァー・リグレット・ミーティング」

アナ・イゴール @KNPITNG

【ネヴァー・リグレット・ミーティング＃１】 #ケンペイ天狗

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土砂降りの重金属酸性雨が夜の闇を塗りつぶし、叩きつける水滴にコンクリートビル群が軋みを上げる。マチダ第七居住区の水没や艦娘出撃用地下水路の浸水など、甚大な被害をもたらしたハリケーン『マキコ』は、上陸から３日、いまだにネオヨコスカの北端に居座り続けていた。01 #ケンペイ天狗

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ここはネオヨコスカ北部、郊外の街、オミヤ・ディストリクト。老朽化したインフラは自然の猛威を前に断末魔の悲鳴を上げ、人々は停電した建物の中に閉じこもり震えながら『マキコ』が通り過ぎるのを待っている。誰一人外には出ていない……宵闇を駆け抜ける戦士達を除いては！2 #ケンペイ天狗

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「イヤーッ！」鋭いカラテシャウトが泥の雨を切り裂く！砲火が一瞬建物群を照らし、道路に爆炎を噴き上げた！人間業とは思えぬ砲撃の主は一体何者か？紫色の服に身を包んだ……艦娘である！「イヤーッ！」一方、砲撃に狙われた男もまた人間とは思えぬ鋭い側転で爆発を回避！　3 #ケンペイ天狗

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「神通！照らせ！」「はい、那智さん！」紫の艦娘が叫ぶと同時に、もう一人の艦娘が探照灯で宵闇を切り裂く。猛烈な光量で重金属酸性雨を灼きながら探照灯が照らし出したその男の姿は……、擦り切れた第二種軍装にテング・オメーンを被った狂人！ケンペイ天狗！04 #ケンペイ天狗

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「イヤーッ！」KABOOM！那智の砲撃が再び道を薙ぎ、老朽ビルを吹き飛ばす。ケンペイ天狗はそれをバックフリップで回避すると、更に電柱を蹴り、敵から距離を取っていく。だがその足取りは覚束ず、満足に二人の追手を引き離すことができない！05 #ケンペイ天狗

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「ヌゥーッ……！」ケンペイ天狗が呻き、左脇腹を手で抑える。もし読者の方に熟練見張員並の視力をお持ちの方がいるならば、彼が瀕死の深手を負っていることに気づけただろう。その声にも疲労の色が濃い。それも当然である、彼は既に３日間に渡る退却戦を強いられているのだ……！06 #ケンペイ天狗

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ケンペイ天狗。大本営の裏切りにより全ての艦娘を捨て艦として沈められ、自身も銃殺された元提督。アイアンボトムサウンドの底から深海棲艦として蘇り、ブラック提督を殺す狂気の復讐者となった彼は、この数ヶ月で百人近いブラック提督を惨殺せしめた。07 #ケンペイ天狗

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一度狙ったら最後、どこまでも追い詰めて必ず殺す。そのやり方からついた仇名は『ネオヨコスカの死神』。そして一週間前、死神は遂に暗黒軍閥グンレイ・アクシズの幹部が一人、アマギを殺しせしめた。だが、引き換えに彼は帝国海軍の総力を挙げた掃討戦を受けることとなったのだ。08 #ケンペイ天狗

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「逃げてばかりか、死神が聞いて呆れる！貴様は帝国を卑しく貪るだけの小鼠に過ぎん！」死神の背中に那智の挑発が浴びせかけられる。死神はその言葉に振り返ると、ゾッとするような不吉な目線を投げかけた。「その小鼠がいずれ貴様ら全員の骨の髄を食らう。ブラック提督殺すべし」09 #ケンペイ天狗

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「言っておれ！イヤーッ！」「ヌゥーッ！」砲火がケンペイの左上腕を掠め、血飛沫が重金属酸性雨に混ざりサツバツ色を成す。平時ならば深海棲艦の持つ回復能力がすぐさま傷を塞ぐところだが、度重なる戦いがその余力すら奪っている！「イヤーッ！」神通の追撃！死神は側転回避！10 #ケンペイ天狗

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KRAASH！流れ弾が廃倉庫を砕く。死神の足がよろめいた。追跡者は執拗だ、どこまで退却すれば撒けるのか検討もつかない。彼にとり痛恨なのはネオヨコスカにある潜伏場所の尽くグンレイに潰されたこと。今ケンペイの味方となるのは、視界を遮る土砂降りの泥の雨のみ。ならば。11 #ケンペイ天狗

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「イヤーッ！」ひたすらに追跡者達から距離を取ろうとしていたケンペイ天狗は、突如建物の壁を蹴り180度方向を転換した！「ようやく観念したか！」那智が20.3ｃｍ砲をケンペイへと向け発射！ケンペイは身を屈めてこれを回避！そのまま那智へと組み付く！「イヤーッ！」12 #ケンペイ天狗

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両者の距離はいまやワンインチ、夜戦距離だ！ケンペイ天狗はカラテとも言えぬ不格好なクリンチで那智にしがみつくと、そのまま重金属酸性雨の水溜りへと引き倒した！「イヤーッ！」「悪あがきを！」「グワーッ！」押し倒された状態のまま那智はエルボーを死神の後頭部に叩き込む！13 #ケンペイ天狗

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「いけませんね……」両者の応酬を見ながら神通は探照灯の光量を弱めた。那智の目を灼いてしまうことを恐れたのだ。しかしその瞬間、「イヤーッ！」地面で那智ともつれ合っていた死神が両腕をバネのように使い、全身を飛び上がらせる！そしてそのまま地面を蹴り、神通へと跳んだ！14 #ケンペイ天狗

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「なっ……！」不意を突かれた神通がガードを構える。「イヤーッ！」だがケンペイの狙いは神通本人ではなく、探照灯！KRAASH！「しまっ……！」ガラス片が飛び散り、周囲は真の闇に包まれる！神通が死神を捉えようと手を伸ばした瞬間には、死神は後方へと跳んでいる！15 #ケンペイ天狗

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「どこだ！どこにいる……！」那智の叫び声が土砂降りの雨に飲み込まれる。それを背中に聞きながらケンペイは路地裏を建物の影から影へと跳んだ。だが、その速度は遅い。傷は灼けるように熱く、足元はよろめく。光源を失ったとはいえ、二人の艦娘が追いつくのは時間の問題だろう。16 #ケンペイ天狗

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やがて死神は路地裏を抜け、視界が開ける。ネオヨコスカ北端。そこは堤防の尾根部分となっており、眼下には無限の黒い海が土砂降りの泥の雨を飲み込み荒れ狂っていた。行き止まりである。「油断しましたね、水雷戦隊は夜目が効くんですよ」そして、背後からは神通の声が響く！17 #ケンペイ天狗

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「いや、計算通りだ」絶体絶命。しかし死神は何ら動じることなく追跡者達へ振り返った。そしてゆっくりと地を蹴り、後方へ跳ぶ。荒れ狂う、漆黒の海へ！「馬鹿な！」砲を構えていた神通の顔が驚愕に染まる。荒れ狂う海は瞬く間に死神を飲み込み、その姿を黒い波で覆い隠していく。18 #ケンペイ天狗

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「……追いますか？」土砂降りの雨と黒い波が無限に続く光景を眺めながら神通は那智を振り返った。これほどの悪天候下の航行は、熟練艦娘の彼女達であっても危険を伴う。那智は口惜しげに首を横に振った。「深海棲艦といえどもこの台風の中で航行ができるわけが無い。任務完了だ」19 #ケンペイ天狗

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……荒れ狂う海の中でケンペイは必死に姿勢を保とうとする。彼は薄れゆく意識の中でただ死ぬまいと願った。彼の魂の中には彼の愛しい部下達の艦霊が眠っている。彼は彼女達のための巨大な墓穴そのものであり、贖罪と復讐の墓標を打ち立てるまでは朽ちる訳にはいかないのだ。20 #ケンペイ天狗

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……だが、黒い重金属酸性雨は死神の身体を容赦なく穿ち続ける。やがて力尽きた死神は黒い高浪に飲みこまれ、その姿は海上から姿を消した。21 #ケンペイ天狗

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◆　◆　◆　 22 #ケンペイ天狗

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瞼の向こう側から差し込む朝の光に、ケンペイ天狗は僅かな眩しさを感じ、目を開いた。目に入ったのは白い天井、大きな窓、木製の執務机、『海上護衛』のショドー。「……サツバツ……？」跳ね起きるようにベッドから身を起こす。朝？古時計が時を刻む音だけが部屋に響く。ここは。23 #ケンペイ天狗

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ケンペイは窓の外を見る。窓の外にはネオヨコスカでは滅多にない澄み切った青空が広がっていた。台風が重金属酸性雨の黒雲を拭い去っていったのだ。ここはどこだ。いや、見覚えがある。過去、こことよく似た部屋に。「目が覚めたのね」部屋の隅の椅子に、一人の女性が座っていた。24 #ケンペイ天狗