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野村崇明 @mihailnomrish
結局、福嶋の時評は現在時で(批判がほぼ不在のまま)立ち上がりつつある批評の基準に対して、20世紀的な批評の基準でもって水を差す試みとして理解できるから、複数の基準同士の対立として捉えて、どちらかに賛成/反対という立場を取るべきではないーという微温的な結論に落ち着く。

批判的な意見。

@void3108
もう引退したと思われていた福嶋亮大先生w は、自分と渡部の関係辺りを上手くさらりと流して、諸々に八つ当たりしまくっているなぁ~ ダメだよ福嶋先生、ちゃんと大澤聡や佐々木敦らと一緒に渡部持ち上げたことを精算しないと。
hitsuji da you🐑 @carta_pergamena
福嶋亮大の文章、前半はダメだろう。反省的な視点が一切ないし、センシティブな話題なんだから資料の取り扱いは厳重注意なのに、私信からハラスメントの免責をほのめかすのは最悪手に近い。後半はわからなくもないが、結局評価基準が一昔前の表象不可能性批判なあたりに、ある種の限界を感じなくもない
竜 РЮ @yappata2
なげえ。佐々木敦の持ち上げ芸と対比させるMe Tooの告発芸みたいな語り口が雑。ものごとは個別に見ても怒りを持てる場合にだけ社会現象として批判して良いのでしてね。 文壇の末期的状況を批判する realkyoto.jp/article/fukush…
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
福嶋亮大氏は、この『文壇の末期的状況を批判する』で渡部直己氏のセクハラ問題をうけて次のように述べています。 「文学とはMe Tooと言った瞬間に消えてしまう繊細なものを捉えるための表現手段である。」 この言明にこそ、むしろ「末期的状況」の原因を僕は感じ取ります。 realkyoto.jp/article/fukush…
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
続けて福嶋氏は述べます。 「このシンギュラー(単独的)なものの手触りを抹消したとき、文学はポリティカル・コレクトネスに――つまりわざわざ文学的な装置を使わずとも言える道徳的な言葉に――還元されるだろう。それは文学の自殺にほかならない」 これは正しい。 では #MeToo は「道徳的な言葉」か?
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
道徳的には「性的な出来事はみだりに公言してはいけない」ものでしょう。それを公にする #MeToo は決して道徳的ではない。 むしろそれはそのような「道徳的」正しさに還元され無言と化していた「繊細な単独的なもの」を言葉にするための闘いへの励ましです。ならばそれこそ「文学」に値するでしょう。
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
福嶋氏の文学観は正しい。なのに「繊細なもの」「単独的なもの」を、どうやら男にだけ割り振って、それに対して女が団子となって「わあわあ」言うのが #MeToo だという認識で整理されている。 どこでそんな錯誤が生まれてしまうのかを考え、まず誰もにこの講演を紹介します。 ted.com/talks/emily_na…
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
性教育者のナゴスキーはここで「望まない性的興奮」という現象を語ってます。男女の関係の何らかの《証拠》は肉体には帰せない。ではどうすれば相手が自分を受け入れているかどうか知ることができるか? 彼女の回答は簡単です。 男が女の言うことを「真実」として聞くだけでいい。言葉を信じればいい。
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
でも女が嘘をついたら?「好き」と言って本当は嫌いで後で告発されたら?と男たちは言う。そこにリスクはある。でも女たちは《「嫌」と言ってもそれを本当のこととして信じて「くれない」男たち》を相手にするリスクをずっと生きてきている。なぜ男だけが「言葉を信じない」余地を許されるのでしょう?
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
男女における「言葉の真正性への責任」の割り当ての不均衡ーー男は女を信じなくてよく、だが女は男を信じなくてはいけないという不均衡ーーが、福嶋亮大氏の正しい文学観を《男は繊細で単独的だが・女は団子でわあわあコレクトネスを言う》という偏向した認識へと歪ませてしまっているのだと思います。
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
まさにそこで女の繊細で単独的なものの読み取りを拒んでいる。しかもそれに無自覚なわけで、それによってこそ福嶋氏は自己の文学観を「自殺」させていることになるでしょう。いや、何の内省もない以上ただの事故死です。断崖に向かって楽観的に歩いて落ちただけに過ぎない。 それこそ「末期的」です。
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
発売中の『すばる』に発表した拙稿は実は渡部直己氏への批判が執筆にあたってのひとつの動機となっていました。 ただセクハラ問題発覚以前に書いていたのです(校了時期で事実とわかる筈)。ではどういう批判を意図していたのか? 僕は、渡部氏の『蒲団』の読み取りは間違いだ、と言いたかったのです。
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
渡部氏の『日本小説技術史』の『蒲団』の読み取りは、まさに技術への目配りを欠くことで致命的読み損ねをしています(それは拙稿に書きました)。その事態は福嶋氏の言う「文学的な装置」を彼が対象化できなかったことを示してます。技術が主題の論考でなぜ『蒲団』の技術を渡部氏は読めなかったのか?
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
福嶋氏の言明に示されたのと同じく渡部氏にとっても「文学的な装置」は男である自己に都合良い「真実」を語り・読むためのものでした。だから『蒲団』の《苦しむ男の真情を書く技術》の工夫が読めない。その鈍さに渡部氏の《男女における「言葉の真正性への責任」の割り当ての不均衡》が反映している。
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
渡部氏にとっての「言葉」がそういうものなら、それは、セクハラや・合意を欠く彼だけの「正しさ」を容易に自己肯定させるものでしょう……だけど『蒲団』はそれと逆のものだ、と、僕は潜在的な渡部氏批判の原稿を書き『すばる』に送った。その後でセクハラが発覚した時に僕の驚きはありませんでした。
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
福嶋氏は「文壇の末期的状況」を言いますが、それは「文壇」的「文学的な装置」の限界でしかない。 #MeToo#私がエビデンス こそが「繊細な単独的なもの」を語り始めた「新たな文学的な装置」で、それを殺すのが「文壇」だという構造を渡部氏は示しましたが、そんなものは決して「文学」ではない。
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
拙稿で渡部氏を名指してない以上、現時点での批判は卑怯と言われるかもしれませんが、書いた時にセクハラは公ではなかったのです。でも渡部氏への告発の事実と関係なく、文壇的な「文学的な装置」の在り方が批判されるべき事態は、元々あった問題の発露として生じたものでしかないと言うべきでしょう。
近本洋一☆すばる5月号に最新作掲載 @you1chikamoto
文壇が末期的状況なのは何故か?近代文学の「文学的な装置」が男が語り・聞くことを特権化してきたからです。必要なことはギルド的な「オトシマエ」ではなく、無言へと還元されていた女・少数者が語り始めた「繊細な単独的な」声を「文学」がどう包摂しうるか、厳しく向き合うことではないでしょうか?
saebou @Cristoforou
こういう「文学とは〇〇だ」「文学とは〇〇ではない」みたいな言い方こそ、文学の幅を狭めてくだらなくするものであって、近代小説中心主義の悪しき産物だと思う。「文壇」なんて20世紀の遺物よね。 / “文壇の末期的状況を批判する-REA…” htn.to/Tz4Kqs
saebou @Cristoforou
あの、近代小説しか読まない人たちによくある「文学とは〇〇なものだ」みたいなことをとくに留保とか注意もなしにやすやすと言っちゃうナイーヴさ、私は全く理解できないのですが、なんなんですかね。てめえの定義でいけばシェイクスピアもダンテもソフォクレスも文学じゃなくなるぞって感じのやつ。
saebou @Cristoforou
個人的には、中国文学とか古典とかにも触れているはずの人が「文学とは〇〇だ」的なことを言っちゃうのにはすごい危機感がある。「文学とは〇〇だ」みたいなことを留保なしかつマジメに言うたびに文学は狭くなり、つまらなくなり、古典から切り離される。
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
福嶋亮太さんの記事。ゼロ年代から文章を知っているからか、職業病からか、内容よりも「文体が変わった」「芸風が変わった?」などが気になってしまう。人のことは言えないけれども。 「文壇の末期的状況を批判する realkyoto.jp/article/fukush…
藤田直哉@震災文芸誌『ららほら』 @naoya_fujita
×亮太 〇亮大 ごめんなさい。目が霞んで点を見逃しました。
Hemmi Tatsuo @camomille0206
読んだ。「自分が〈文壇〉のなかにいる」と思っている書き手の文章。そのひとが危機を唱える。どこか滑稽にすら思えた。ちなみにサイードが他者を表象=代行することへの危機を、というくだりは端的に誤読だろう。彼が言ったのはそのまさに逆だったから。ow.ly/7RLG30lsFQI
ホッタタカシ @t_hotta
「文壇」の価値を信じたい人からの悲鳴に見える。 【文壇の末期的状況を批判する】 realkyoto.jp/article/fukush…
Raise @Raise_4096
渡部直己の事件と美しい顔を同列に並べて文壇は末期だと批判する文章を読んで、たしかに一見違うものに通底するものを見出すのは批評の技術だろうけど、批判において感情が先走り過ぎるのはあんまり良い帰結は産まないんじゃないかと思った。高揚なくして文壇の末期的状況とか言えないだろうけど
川本直 @kawamoto_nao
福嶋亮大の「文壇の末期的状況を批判する」は男根主義的な保守的文学者(文学者というのも憚れるが)の域を一歩も出ておらず、ゲンロンという団体が結局文壇の既得権益の奪い合いのために立ち上げられた旧態依然とした組織だということを浮き彫りにしている。やれやれ。
川本直 @kawamoto_nao
福嶋亮大が三島由紀夫のムックに書いた三島をスルーして中上健次のことしか書かなかった評論は本当に酷かった。三島と正面から向かい合わないことでなにか言ったと考えている無意味なポストモダン仕草。まあ柄谷行人や渡部直己と一緒にマッチョに中上健次を崇めていればいればいいんじゃないですか。
川本直 @kawamoto_nao
文学は周縁的な言説を取り込むことで文学たり得てきたので、それが出来ない福嶋亮大 みたいな頭の古い権威主義者はとっとと退場して下さい。伝統芸能としての文学とか笑止千万なんで。源氏物語の昔からそうだぞ。もし西欧に例を取って欲しいならペトロニウスとかいくらでもあげてやる。
川本直 @kawamoto_nao
福嶋亮大「文壇の末期的状況を批判する」の論理的にお話にならない点を指摘しておく。福嶋は渡部直己の私信を根拠に、しかし内容を明らかにしないままプレジデントの記事を「歪曲」呼ばわりしている。反論したいならご自分も渡部の私信を公開すべき。これではネットの野次馬の誹謗中傷と変わらない。 pic.twitter.com/1epfDgKyv2
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川本直 @kawamoto_nao
そのうえ、自分は渡部直己と私信のやり取りをしているにもかかわらず、内容を明かさないまま、市川真人には真相を証言するように迫るなど、他人には要求しておきながら自分は責任を回避する、論理もなければ根拠もない身勝手な記事に過ぎない。 realkyoto.jp/article/fukush…
sei @sei23333333
ひどすぎる批評。あなたが末期、と思っていたら、書いた人まだ30代であることに目眩がした。 現状認識できず、ミソジニーの内面化にも気づかず、オラえらいんだぞ、とアピールする文章に「批判する」とタイトル付けするとは恥ずかしいレベル 文壇の末期的状況を批判する realkyoto.jp/article/fukush…
ロードランナー様(山川賢一) @shinkai35
福嶋亮大さんの「文壇の末期的状況を批判する」読んでみたが「『一般大衆や社会運動家ならともかく、文学者のくせにハッシュタグなど使うな!』と言いたくもなるが、これはもはや時代錯誤の考えかたなのだろうか?だとしたら、それはしかし、時代のほうが間違っているというべきだろう」って心狭すぎ。
ロードランナー様(山川賢一) @shinkai35
福嶋亮大さんのコレですが、ハッシュタグを使う文学者には怒るが渡部直己さんのセクハラには同情的な福嶋さんがどういう倫理観をもっているのか、まったくわからなかったですね。realkyoto.jp/article/fukush…
ロードランナー様(山川賢一) @shinkai35
この@automorphic811という人、昨日福嶋亮大さんの件で川本直さんにいちゃもんをつけてその後しばらく論争になっていたが、言い負かされたと思ったのか急に論争の内容を全部ツイ消ししてたな。
ロードランナー様(山川賢一) @shinkai35
福嶋亮大さんの例の記事、プレジデントの渡部直己セクハラ事件報道にはなにかしら怪しいところがあると匂わせつつ、その根拠はなにも提示していないんですよ。渡部さん本人からメールでいろいろ聞いたといってるだけで。そりゃ反感も買うでしょう。党派的なのはどっちなのか。 pic.twitter.com/x13QgKLyeu
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ロードランナー様(山川賢一) @shinkai35
この個所で福嶋さんは、被害者学生の退学について渡部さんに現在報道されているほどの責任はなく、むしろ渡部さんの解任こそが不当なものであったかのような物言いをしてる。こんなことを根拠もなくいったらそりゃ怒られるでしょ。 pic.twitter.com/UecNRCC7UN
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ロードランナー様(山川賢一) @shinkai35
あと、福嶋亮大さんが「文学者のくせにハッシュタグなど使うな!」と変なことを言ったのは、セクハラ事件に抗議して早稲田文学の編集委員をやめた藤井光さんにいちゃもんをつけるためです。藤井さんは辞任を表明するときに、#WeToo というタグを使ったので。 pic.twitter.com/OpjNaGPZt0
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ロードランナー様(山川賢一) @shinkai35
福嶋さんがこうした言動で政治的に得をするとも思えないから、おそらく本気で渡部さんを信じていて感情的になっているのじゃないかと思うし、それは福嶋さんの人の好さからくるものかもしれないけれども、批判は免れないよね。
ロードランナー様(山川賢一) @shinkai35
あと仲山ひふみさんは、東浩紀さんが選挙への積極的棄権を提唱して批判されたとき、「なぜお前ら東さんを擁護しない!千葉さんを見習え!」みたいなことをポモ語で仲間うちに呼びかけていた人なので、他人の党派性をうんぬんするのはちゃんちゃらおかしいという感想をもたざるを得ませんね。 pic.twitter.com/3jA17IFFrC
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猯が更地にした街 @mEGGrim
「文壇の末期的状況を批判する」というタイトルの記事でハッシュタグなんか使うな的な言説があるとのことで開いてみたが、メニュー文字画像がジャギってるメディアに掲載されたモノである時点でまあ近いうち滅ぶ生き物でしょって切断処理していい感じじゃないですかね
嘘月 まこと @karpmonde
福嶋亮大氏の批判、その通りだよなと思いつつ「文壇」って存在してたの?仮にあっても所詮は東京ローカルの話じゃんという感想しか残らなかった。震災やセクハラ問題の大前提があるにも関わらず、こういう切り離しが容易にできてしまう。「無関心」が批評によってむしろ醸成されることが頭をよぎる。
たまさか @TamasakaTomozo
「俺は内部に通じてるんだぜ」アピールに始まり、ほぼ無意味な文学作品や批評家などへの言及による権威付けを重ね、「稚拙にぶちまけられた女性の感情を妙に高く評価する向き」とまで言い放つ。もちろん所々に「僕はセクシストじゃありませーん」アピール。This is 日本文学。realkyoto.jp/article/fukush…
たまさか @TamasakaTomozo
ツイッターを見ていないから #WeToo がなんなのかわからないけど、俺様がわからないという理由で、そう書いた藤井光氏は「全ての責任を投げ捨てて、泥舟から逃げた」ことにされる。さらに文学者はハッシュタグを使っちゃいけないんだってさ。すごいねー。マッチョだねー。twitter.com/TamasakaTomozo…
たまさか @TamasakaTomozo
あ、福嶋亮大「文壇の末期的状況を批判する」という、たいへん「男らしい」文章についてです(realkyoto.jp/article/fukush…)。彼、僕より年下なんだよなあ.....。
たまさか @TamasakaTomozo
かなり長い間、日本語で書かれた「(文芸)批評」を面白いと思ったことがないのだけど、その理由の一端がわかった。マッチョイズムに基づいた権威主義に頭のてっぺんまで浸かっていて、しかもそれに気づいていないからだ。なーにが「他者性」だよ。自分の立場すらロクすっぽ相対化できていないくせに。 twitter.com/TamasakaTomozo…
たまさか @TamasakaTomozo
この卑劣極まりない文章は、サイードにも言及しており、その理解の雑さ加減はともかく、性被害を訴える声を黙らせるためにサイードに言及するという、信じがたい無恥厚顔ぶりにも怒りが収まらない。差別を正当化するために、サイード。 恥知らずにも程がある。realkyoto.jp/article/fukush…
たまさか @TamasakaTomozo
これまで数多くの「研究者」や「批評家」は、力を持たない人間の口を塞ぎ、声を奪うために「学問」や「科学」を利用してきました。まさにこの福嶋亮大のように。そうやって「学問」や「科学」が利用されてきたことを誰よりも強く批判した人間の1人がサイードです。twitter.com/TamasakaTomozo…

コメント

LINSTANT0000@ほぼ全素材不足マン @linstant0000 2018年8月23日
文壇に価値など何もないのでそのまま滅びれば良いと思うよ()
本能の共犯者 @cogito_erogetum 2018年8月23日
まとめを更新しました。ツイートを追加し、一部のツイートの順序を変更しました。