フォ・フーム・ザ・ベル・トールズ #4
女子高生たちは、この光景を忘れはしないだろう。そしてもう二度と、女子高生収容所に収容されることはないだろう。搾取される時間は終わりだ。あまりにも長い時間を無為に奪われた。ネオサイタマへと戻るのだ。現実へと。 23
2018-09-06 23:17:59テマリも心に誓った。これからはヤモトのような気高い女子高生となって、真面目に生きるのだと。もう二度と、ウカツな行動はすまいと。女子高生収容所はひとつ滅びたが、同様のジゴクはいくつでも、日常生活のすぐ隣で貪欲な口を開いて待ち構えているのだから。 24
2018-09-06 23:21:29三個目の丘を越えて、ネオサイタマのネオン光が見え始める頃、ヤモトはもう何処かへと姿を消していた。それまで桜色の光を灯していた折鶴たちもまた、役目を終えたかのように輝きを失い、咲き終えた花の如く、ぽとぽとと地面に落ちていった。 25
2018-09-06 23:25:39私たちは本当にニンジャとともに地を歩んでいたのか。あるいは集団幻覚を見ていたのか。どちらにせよ、この先には現実が待っている。女子高生たちはオリガミを拾い上げると、長い夢から醒めるように、各々の家の方向へと散っていった。重金属酸性雨の降る灰色のメガロシティが、彼女たちを迎えた。 26
2018-09-06 23:28:51砂ぼこりと汗にまみれた脱走女子高生たちの表情は、だが皆、決然として気高く、彼女らのセーラー服の周囲にはあたかも不可視の斥力が働いているかの如くに邪悪を弾き返した。その夜は、いかなるヨタモノやポンビキも、彼女らに気安く声をかけることはなかったという。 27
2018-09-06 23:31:57「ヤモト=サン。テマリ=サンを助け出してくれて、本当にありがとう」オーエル姿のアサリが改めて礼を言った。「彼女、危機に対して鈍感だから、いつかこうなるんじゃないかって心配してたんだけど…。助かって本当に良かったよー。高校にも無事戻れたみたいだし」テマリはアサリの姪だったのだ。 29
2018-09-06 23:37:19「いいんだよ、アサリ=サン」ヤモトは小さく微笑んだ。「テマリ=サンも、これに懲りて、ちゃんとした女子高生に戻ってくれたらいいね」「うん、そうだねー」……センタ試験もあるし……。アサリはそう言おうとし、奥ゆかしく口をつぐんだ。ヤモトは、センタ試験を受けられなかったのだ。 30
2018-09-06 23:41:03それにテマリにとっても、センタ試験だけが生きる道ではないのだから。かつてアサリは、センタ試験が2人を永遠に別つと考えていた。だがそれは誤りだった。学生特有の視野の狭さであったと、今になってみれば解る。それでも当時は、それが彼女らの差し迫った現実であり、世界の終わりに思えたのだ。31
2018-09-06 23:44:54命ある限り各々の世界は続き、信じて戦う限りいつか再び道は交わるのだと示してくれる大人は、誰もいなかった。……テマリはどうだろう。願わくは、今回の一件から学び、どんな理不尽な運命が訪れようとも、強く凛々しく生きていって欲しい。アサリはそう祈らずにはいられなかった。 32
2018-09-06 23:49:03「ドーモ、ウメコブパスタと、オヒメサマパスタになります。注文の品はお揃いですか?」店員がパスタの入った皿を二つ、ヤモトたちのテーブルの上に置いた。「ハイ」「大丈夫ですー」二人は店員に相槌を打ち、とてもモチモチとしたパスタを食べ始めた。 33
2018-09-06 23:52:29ここは会社帰りのサラリマンやオーエルがひしめく、マルノウチ・スゴイタカイビルの中層イタリアンレストラン「カマ・ユデ」。最初ヤモトは少しだけ居心地の悪さを感じたが、すぐに気にならなくなった。こんな日が来るとは、かつては想像もできなかった。あたたかく穏やかなアトモスフィアだった。 34
2018-09-06 23:55:31「嫌じゃなければ、アルコールも……飲む?ワインとか……」アサリが控えめに尋ねた。「もちろん、いいよ」ヤモトは言った。「もう女子高生じゃないからね」「アハハ、そうだねー」アサリは笑った。学生時代の記憶が鮮烈にフィードバックし、気がつくと、視界は些かセンチメント涙でにじんでいた。 35
2018-09-06 23:59:24ヤモトに気づかれないよう、アサリは涙をそっと指先で払った。「アサリ=サンは、結構飲んでも平気?」「うん金曜日だから」「じゃあ、いいね」「…うん」アサリは白、ヤモトはロゼを選んだ。ワインが届くと二人は小さくカンパイし、かつてのように無邪気な笑みを交わした。「「ユウジョウ……!」」36
2018-09-07 00:03:07