苔のむすまで(風見と千代)

風見と千代の話
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とり @sssupple

年下の上司の結婚式に招かれました。相手は、潜入先の喫茶店のあの子のような、平穏の香りのする、愛嬌のある、可愛らしい娘でした。自分は偽名で出席しました。サイズは変えられないけれど、顔と髪型はなんとか変えました。嫁の友人には、外国人みたいな旦那の友人も外国人みたいだなと言われました。

2018-08-31 19:19:25
とり @sssupple

外国人みたいって、サイズ感だけだろう。けれど、この純日本人の顔が外国人に見えたのならば、今後、風見に出会うことがあっても旦那の知り合いだとは認識されないだろう。あの男と同じくらいに大きいな、それだけだ。それでいい。風見は、降谷の人生には、もういらないのだから。

2018-08-31 19:25:08
とり @sssupple

ゼロを、日本の正義を人の形にしたような男は、肩書きをなくした。もしかしたら裏に回ったのかもしれないし、本当にやめたのかもしれない。自分が分かって居るのは、ゼロとの連絡役を下されたことと、彼が可愛い伴侶を迎えて幸せを手に入れたこと。それだけだ。

2018-08-31 19:27:20
とり @sssupple

さようならとは言わなかった。最後に出会ったのは、外国人みたいな友人の姿だったから。自分と上司は二度と会わないだろうけれど、新郎側の一番の友人の席に招かれたあの友人は、会うということにしておかないとおかしいから。また飲みに行こう、と。それらしい言葉をかけた。

2018-08-31 19:31:38
とり @sssupple

それからは一人で突っ走った。あの人のいない道を、あの人が願った正義の道を。誰が止めようと、何が邪魔しようと、命の危険だって気にしたことはなかった。多少の事では死なないのはわかりきっていたし、現に五体満足で今も現役で前線に立っている。 気がついたら、七年が経っていた。

2018-08-31 19:38:21
とり @sssupple

家に帰ったら、それは居た。一人暮らしのはずの家のチャチなリビングの真ん中で、ちょこんと座っている。ほんの少しだけど濁った金髪。振り返った時に飛び込んできた瞳の色は、ずっと追いかけてきた空を閉じ込めたような彩りで。誰だと問おうとしたはずの声は、二人の間で霧散した。

2018-08-31 21:04:41
とり @sssupple

「カザミ!」満面の笑みを浮かべて、飛びついてきた。肌の色以外全てが、上司と同じ子供が。少し舌足らずに呼ばれて、けれど、反射的に受け止めて、尻餅をついた。なんだこれは。なんなんだこれは。理解の範疇を軽く超えている。

2018-08-31 21:22:27
とり @sssupple

夢にしてはあまりに性質が悪い。現実ならばもっと。

2018-08-31 21:34:18
とり @sssupple

これはあれか?少年探偵団と騒いで居たあの子達の中心、あの少年と同じだというのだろうか。あれから、高校大学と無事に卒業した彼の話は未だに信じられないが、それでもやっと噛み砕いて、現実のこととして受け止め始めたところだ。あの博士のところに連れて言った方がいいのだろうかと考えたその時。

2018-08-31 21:35:14
とり @sssupple

目の前に何かを突きつけられた。あまりに近すぎて何だかよくわからないが、それはどうやら紙らしい。何が書かれているのか理解するよりも前に、名前を呼んだその小さな生き物は、まるで、授業参観で作文を読み上げる時のように、高らかに声を発した。 「ゆいごんしょ」

2018-08-31 22:05:00
とり @sssupple

「ユイゴンシャは、ミセイネンシャであるチヨのコウケイニンとして、つぎのモノをシテイする! シメイ、フルヤレイ シメイ、カザミユーヤ ショクギョウ、ケイサツカン」 待ってくれ。コウケイニンは後見人の覚え違いだ。だが気になるところはそこじゃない。何故上司の名が後見人に指定されている?

2018-08-31 23:14:25
とり @sssupple

あの人の残したものではなかったのかとよく見てみれば、そのコピーに書かれた字は上司のものではない。潜入中に教師の真似事をした時にはこんな風な見本になれるような字を書いていたが、よく見ると些細な癖が違う。そして添えられた遺言者の名は、七年前の結婚式で聞いた名前だった。

2018-08-31 23:17:01
とり @sssupple

彼女とは直接面識なんてない。そして彼女と上司の苗字は別のままで、上司が後見人として選ばれているのは何故なのか。一から十まで聞きたいことが多過ぎる。なのに、目の前には小学校に上がったかどうかくらいの子供しかおらず、どうするのが一番正しいのか、誰かに意見を乞いたいくらいだった。

2018-08-31 23:22:08
とり @sssupple

さて、言葉に困った自分に、上司に似た小さな生き物は肩から斜めにかけていたキャラクターものの可愛いらしいポシェットの中から、くしゃくしゃになった封筒を出してきた。「カザミあてだよ」封筒の中央には、遺言書と同じ綺麗な字で自分の名前が綴られていた。

2018-08-31 23:34:23
とり @sssupple

中身に記載されていたのは、彼女のこと、降谷のこと、そして目の前の小動物のこと。彼女は大病を患っていて、先が長くなかったこと。降谷とは結婚していないこと。子供は降谷との子供だが、戸籍の上では降谷との繋がりはないこと。そして、この子を風見に託したいこと。

2018-09-01 00:34:21
とり @sssupple

「カザミならだいじょーぶ。きっと、チヨのことをだいじにしてくれるよ」読み終わったタイミングで告げられた言葉に、顔を上げた。ふと視界に入った髪の色と、その話し方は完全に降谷だった。あまりにも降谷そのもので、少し泣きたい気持ちになる。

2018-09-01 00:51:30
とり @sssupple

この子の母曰く、祖父母も居ないこの子は天涯孤独の身。降谷とは連絡が取れない今、風見が受け入れなければきっと、施設にでも送られてしまうだろう。小さな生き物は、風見に向けて、小さな手を伸ばす。

2018-09-01 00:54:42
とり @sssupple

「だいじにしてくれますか?」 「だいじに、しますよ」 するしか、ないじゃないか。本当に小さな降谷そのもののこの小さな子を放っておくことなんて出来ない。風見はその小さな手を握って、そのままその体を腕の中におさめた。とくりとくりと届く心音は、風見よりも幾分も早くて、確かに温かかった。

2018-09-01 00:58:00

***

とり @sssupple

「カザミ、おべんとうはどうでしたか?」「とても助かりました。ありがとうございます、チヨさん」千の代と書いて、チヨ。それが彼女の名前で、名字は母親の姓から変わっていない。あくまで自分は後見人で、戸籍上は親にならないのだということは彼女とよく話をした。

2018-09-01 19:33:14
とり @sssupple

彼女だ、と気がついたのは初めて会ったその日ではなく、後見人としての手続きをしに行った日の話で、必要書類を見てやっと気がついた。自分に子供がいないことは勿論、女の子らしいとも男の子らしいとも取れない服を着ていたからなのだと言い訳をしたい。ショートパンツはどちらにも有り得る。

2018-09-01 19:37:02
とり @sssupple

「カザミはおとーさんになってくれないの?」「君のお父さんは一人だし、その立場を貰うわけにはいかない。両親がいないままになってしまうし、周りにも説明するのが大変になってしまうけれど、君には本当のお父さんのことをお父さんと呼んでもらいたい」大真面目に返すと、チヨが目を丸くした。

2018-09-01 19:40:11
とり @sssupple

「カザミはパパがいってたとおりのヒトですね」「え、」「すっごくアタマがかたくて、マジメで、とってもやさしいヒトだって、いつもいってました」「会ったことあるのか?」「ママのおヘヤにきて、おハナシをきかせてくれました」そうか。父親の顔はちゃんと知っていたのかと安心した。

2018-09-01 19:43:55
とり @sssupple

「そのトキに、いってたの。ママがいなくなって、パパにレンラクがとれなかったら、カザミのところにいくんだよって。カザミのハナシをいっぱいしてくれて、カザミならだいじょーぶっていってくれたんです」「そうか」「でも、一つだけ、パパのいったとおりにならなかったです」「何が?」

2018-09-01 19:47:39
とり @sssupple

「カザミならあたらしいパパになってくれるっていってました」「はは。両親がいない子を可哀想だと思って迎え入れるとでも思ったんだろう」降谷の考えそうなことだ。風見の情に訴えかけるつもりなのだろう。だが、それは風見には出来なかった。

2018-09-01 19:50:02
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