「いつも忙しそうにしてたけど、本当はもっと忙しい人だったんだ」「降谷さんほど動き回る人がいないからまだ楽な時期だったけど」「それでも私から見れば忙しい人だったよ。水出し珈琲、冷蔵庫に淹れてあるから持って行って」「有難う。助かるよ」「ホットもゆっくり飲める時間、また作ってね」
2018-09-18 22:04:13「今日が一限からじゃなければ頼むんだが」「えー。お父さんのためなら一限サボろうかなぁ」「で、それでサボれるのか?」「勿論、無理です!」千代が真面目なのはよく知っている。相応の理由がなければ休むこともしない。相応の理由があっても自分のことならば休もうとしないのが難なくらいだ。
2018-09-18 22:51:34「サボりはしないけど、珈琲を淹れる時間くらいあるよ。余裕持って起きてるし」風見からの願いならば、と心底嬉しそうに笑いながら準備をしてくれる。いつしかとても手慣れていて、一杯分ならあっという間。待っているという程の時間はなかった。
2018-09-18 22:57:50「私ね、パパと一緒に暮らしてみて、思ったことがあるんです」千代は風見に珈琲を差し出しながら言う。悪戯な笑みはやっぱりどこか安室に似ていて、少しだけ伸びた髪が安室ではないのだと知らしめている。「何を」「私の名前。多分、風見が思ってる名前じゃないです」
2018-09-18 23:03:36マグカップに伸ばした手が止まった。飲む前に、千代の思っていることを聞こうと顎で促した。「千代につく文字は、《や》ではないんですよ。永遠みたいな長い時間じゃない」「じゃあ、何がつくんだ?」「風見も、きっとわかりますよ。私が警察官になれば、きっと!」
2018-09-18 23:09:25その場では何を言おうと、千代は教えてくれなかった。千代と入れ違いに帰ってきた降谷は、風見のために入れられた珈琲を飲みながら、風見からその話を聞いて、笑った。「流石。あいつはよくわかってるよ」「どういうことですか」「秘密だよ、秘密」悪戯な笑みは、やはり親子そっくりだった。
2018-09-18 23:13:31苔のむすまで 了