苔のむすまで(風見と千代)

風見と千代の話
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とり @sssupple

「お前は俺がそれを望むように思うか?」「望んだから15年、浸って居たのでは?」「言うようになったな」「貴方と離れてから20年は経っていますので怖さも忘れたのかもしれませんね?」軽口を叩き合うのを見つめていた千代が、風見の指先を握った。

2018-09-17 21:24:08
とり @sssupple

本当に言いたいのはそれなのかと問われている気がした。「大切なものを守るためなら、地獄の底からでも帰ってくる」千代の言葉に思わず千代を見ると、へにゃりと笑う。「幸せだけれど手に入れられない夢は地獄だと思う。私、パパがそこから眼を覚ますことができたのは、大切なもののためだと思うんだ」

2018-09-17 21:26:44
とり @sssupple

何のことかわからない降谷と、気がついてしまった風見を交互に見た千代は、もう一度風見の手を降谷の手の上に乗せた。「千代ではダメだったけど、何年かかってもだめだったけど、お父さんなら呼び戻せたの、そういうことなんじゃないかな?」「千代」

2018-09-17 21:31:51
とり @sssupple

「二人とも、大事だってちゃんと言いなよ。居なくなってからじゃ遅いの、二人とももう知ってるでしょ?二人が望むのって、こういうのじゃないんでしょ?素直じゃないのも、プライドが高いのも、大事なことだから相手を思って言えないのも知ってる。でも、言わなきゃ伝わらないことって、あるよ」

2018-09-17 21:33:28
とり @sssupple

千代の言葉が重いのは、自覚があるからで、そして彼女が失った側の人間だからだ。風見は失った側の人間だったが、それが目の前に戻ってきた。そんな時くらい言ってもいいだろうと、千代の視線が唆す。今言わなければきっと一生言えないのも察しているからこその言葉だ。

2018-09-18 09:00:59
とり @sssupple

「娘に説教されているようでは駄目ですね。……お帰りなさい、降谷さん。私は貴方が帰ってきたことを、そしてこうして再び会えたことを嬉しく思います」「あぁ」「そして、貴方に嘘をつかれたことを恨んでいます」「……嘘はついていない」視線を逸らした時点でそれ相応の事をした自覚はあるくせに。

2018-09-18 18:39:43
とり @sssupple

結婚式をすると言ってミスリードを誘った。普通は結婚式をするならば結婚すると思うだろう。そのためにわざわざ変装までさせたのに。勝手に勘違いしたのだとはよく言ったものだ。「あれから貴方がどうしていたのかなど知りません。ただ私は、そのまま走り続けました」「知ってる」

2018-09-18 18:42:50
とり @sssupple

「千代が来なければきっと私は、良くて過労死、最悪の場合、骨の一つすら残らなかったと思います。この子を私のところに送っていただいてありがとうございます」「……あぁ」「あとは」あとは。一言、言ってもいいだろうか。千代の目の前で。けれどきっと、彼女が一番それを望んでいるに決まっている。

2018-09-18 18:45:18
とり @sssupple

「貴方をお慕いしておりました。きっと貴方は察していたと思いますが。ーー千代の母親が貴方の隣に並んだことに、胃の中が煮えそうにさえなりました。貴方は私の想いを失わせるためにあの場に呼んだのだと思ったほどです。良く笑えていたでしょう?ぶち壊すほど常識知らずではありませんから」

2018-09-18 18:50:12
とり @sssupple

二人の、どちらの顔も見られない。部下の顔も、親の顔も出来ない。ただの一人の男だった。失恋を未だに引きずっている、情けない男。「はっきりと言わないからこういうことになるんですよ、降谷さん。私はまだ、貴方への想いを断ち切れていない。まだ、貴方の部下として戦いたいと思っている」

2018-09-18 18:52:18
とり @sssupple

「その歳でか?」「この歳まで放置したのは貴方です」「俺ももう走れないだろう」「だからこそ。私は貴方の盾であり矛でありたい」「右腕から武器に昇格か?」「貴方にとっては武器の方が腕より大事なんですか?」すぐに相手の言葉尻を取りたがる。それでも、降谷の手が伸ばされたのが答えだった。

2018-09-18 18:56:01
とり @sssupple

「そうだなぁ。今の俺では何の力もないだろうから、腕も武器もいる。何もかもが足りない。なってくれるか?」「貴方が望むなら」手を取り返した所で、千代の態とらしいほどの大きなため息が聞こえてきた。「ずるいなぁ。パパ、本当にずるい」言いながら、珍しく甘えるように風見に凭れかかってくる。

2018-09-18 18:58:03
とり @sssupple

「お父さんのことは私がずーっと目をつけてたのに。上に進んで、お父さんに助けてもらいながら日本を変えて守るつもりだったのに」「諦めろ。俺の方が先に目をつけていたんだ。風見は渡さん」「手放したくせに」「その時と今は状況が違う」「汚い!」「なんとでも」

2018-09-18 19:03:53
とり @sssupple

なんというか、似た者同士だった。あまりに老けない降谷のせいか、歳の近い兄妹が喧嘩しているようにしか見えない。間に入っているのが風見だというのがおかしな話だが。ともかく、今の時点で降谷は風見を受け入れるつもりはあるらしい。そこに安心した。

2018-09-18 19:06:26
とり @sssupple

「ともかく、退院した後の事です。いったんうちに来るのはどうかと思ったのですが。千代とのこともありますし」「お父さん、なんの話してる?」「君たち、親子だろ」「私はパパと親子の縁を結ぶつもりはないよ。父親はお父さん一人でいいし。パパはパパって呼ぶけど、なんの手続きもする気ない」

2018-09-18 19:09:52
とり @sssupple

「父親が二人になるって言ったのは千代だろ」「ああ言わないと、絶対養子縁組してくれないと思ったんだもん。私の父親は風見裕也一人でいい。ずーっと降谷千代にしたかったお父さんには悪いけど、私はパパのことは父親だと思えない」風見は、親子二代に渡ってまんまと騙されたらしい。

2018-09-18 19:13:33
とり @sssupple

「何で私が成人した今までお父さんを此処に連れてこなかったと思うの?」「親子として縁を結んでからにしたかった……?」「成人してからでないと、お父さんは私とパパを親子にしたがると思ったから。成人したらその判断を下す権利は私にあるからっていうのが一つ」「他にもあるのか」

2018-09-18 20:56:34
とり @sssupple

「パパにお父さんを取られるから」吹いた。千代は気にした様子もなく続ける。「思い出したら絶対お父さんの取り合いになると思ってたから、未成年のうちは独り占めしてやろうと思った。とんだ我儘娘でしょ?」「そんなこと思ってたのか、とは思った」が、悪い気はしていない。

2018-09-18 21:00:43
とり @sssupple

「まぁいい。千代の親子関係は横に置いておくとしても、降谷さんをどうにか……」「パパは一人で暮らせるよ、大丈夫。いい大人だから」「千代こそ、人生経験に一人暮らしをしたらどうだ?俺は勘を取り戻すのに暫く風見と暮らしたいし」「ならお二人で暮らしたらどうです」「絶対嫌だ」

2018-09-18 21:10:32
とり @sssupple

二人で声を重ねて言うことだろうか。似た者同士も似過ぎるとダメらしい。これは同族嫌悪だなと思ったが言葉には出さないでおいた。風見としては平穏無事に生活出来ればいいのだが、きっと降谷が帰ってきた時点でそれも難しいのだろう。実際、再び兄妹喧嘩が始まってしまっている。

2018-09-18 21:14:14
とり @sssupple

これからのことをどうするか風見が考えるよりも前に、二人が余りにもヒートアップしすぎて、看護婦が間に止めに入りにきた。そして降谷と千代が二人で説教されているのを横で見守る。今後はこれが自分の役目なのだろうかと嫌な予感が頭をよぎったが、思考を辞めて未来の自分に託すことに決めた。

2018-09-18 21:18:09

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とり @sssupple

一週間後、降谷は結局風見家に回収することになった。診療所にあった荷物を引き取っても、ボストンバッグ一つ分。昔から荷物は少ない男だった。同じマンションにもう一部屋借りるかという話も出たが、結局こう収まったのには訳がある。降谷の退院から一ヶ月。降谷も風見もほぼ家に居なかった。

2018-09-18 21:50:29
とり @sssupple

どうせ家に帰ってこないのならば別で部屋を借りる方が勿体無いと言ったのは千代だった。千代も、学校と習い事とバイトで寝に帰るだけのようなものだからと、三人で暮らしているのにもかかわらずお互いに顔を合わせない日もよくある話だった。

2018-09-18 21:53:42
とり @sssupple

同じ家に住みながらバラバラに生活しているのも勿体ない話だが、降谷の復帰から、降谷も風見も飛び回っているのだから仕方がない。「お父さんが本当に私のこと、大事に育ててくれたんだなって最近ひしひしと感じてる」千代の朝食の時間に帰ってくることが出来た風見に、千代はそんな言葉を零した。

2018-09-18 21:59:22
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