- ayaka_inabashi
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トーキョーN◎VAに雨が降る。常春の街とはいえ、天気が悪ければ気温は10度を下回ることも多い。ストリートを行く一般市民(R:エキストラ)は、皆コートの襟を立てて足早に過ぎ去る。スーツ姿の会社員(R:クグツ)は鞄を傘代わりにして、お高い一張羅にシミがつかないように必死のご様子だ。 #2
2018-05-22 11:23:11俺はそんな彼らを公衆DAKの中から見ていた。人間観察が趣味なわけじゃない。仕事だからだ。彼らと違って、俺は寒さに震えることはない。わざわざ服を着こまずとも、俺にはこの"羽"がある。丈夫向きで暖か、寝冷えもしない。落語みたいな話だ。くだらないことを考えたと自嘲気味に笑ってみせる。#3
2018-05-22 11:28:45公衆DAKの良い所は、誰が入ってようが「ウェブに接続するため」と思わせることができるという点だ。誰かと会話をしているフリをしながら、俺は“そいつ”を待つことが出来る。濡れることを恐れて、雨雲から逃げ出すような真似をしなくても良い。尤も俺は雨に濡れない体質なんだが。#4
2018-05-22 11:34:42悪い点を上げるとすれば……俺は天井についた装置をひと睨みする。監視カメラ、なんて大層な代物はついてない。ここはイエローエリアの外れで、そんなところに回す税金があれば即座に稲垣の懐に入っている。それがこの災厄の街の基本ルールだ。#5
2018-05-22 11:37:39恐らく、以前に誰かがこの場所で“やらかした”のだろう。天井にはちっぽけな火災報知器がついていた。おかげでかれこれ3時間ほど煙草が吸えていない。ヘビースモーカーには地獄のように長い時間だ。あの目障りな機械を壊してやってもいいが、周りから目立つような真似は極力避けなければいけない。 #6
2018-05-22 11:40:44しかし、雨が降り出してからこちらに気を配るやつは誰もいなくなった。皆自分が濡れないことに必死で他人を気遣う余裕なんざない。こんなことならさっさと報知器を壊して一服と洒落込むんだった。俺は今からでも遅くないか2秒ほど考え、そしてその必要はなくなった。 #7
2018-05-22 11:45:45……ヤツだ。毎週末、ヤツがここを通って取引現場に行くことは既に調べがついている。仕事のストレスから危ないクスリに手を出し、そのままズルズルと転落していく。この街では良くある話だ。問題なのは、ヤツが天下の千早重工のお偉いさん(R:エグゼク)ということだ。 #8
2018-05-22 11:50:39ドラッグの取引相手はヘイロンケミカルの末端、どうということもないチンピラ集団だ。だが、仮にも千早のエグゼクがヤバい組織と繋がりがあると知れたら簡単に首が飛ぶ…………公にはされていないが、千早には非合法活動を行うセクションが存在する。首が飛ぶってのは、つまりそういう意味合いだ。 #9
2018-05-22 11:53:40依頼人はヤツの妻だ。週末にふらふらと出かける夫を尾行して発覚したそうだ。大した胆力だと感心した。しかし大事にすれば夫の首が危ないため(無論依頼人は千早の裏の顔を知らない……余計な注釈だったか)SSSのイヌや夫の上司には連絡せず、俺に依頼を持ちかけてきた、というわけだ。 #10
2018-05-22 11:58:44夫を改心させて欲しい、と妻は言った。目の前に積まれた金額はプラチナム。夫を助けるためならいくらでも出す、とも。俺はその依頼を受けることにした。金のためじゃない。女(R:メス)に涙を流させる男(R:オス)は、殴ってやらなきゃ気が済まない性分なだけだ。 #11
2018-05-22 12:07:30夫は雨の中、覚束無い足取りでストリートを歩いていく。俺は懐からハンチング帽を取り出しそれを被る。コートの襟を立てて公衆DAKの扉を開け、俺は夫の尾行を始めた。煙草は全てが片付いてからだ。確かまだビターシュガーの残りが2本あったはず。頑張った自分へのご褒美ってやつだ。 #12
2018-05-22 12:11:12誰かを尾行する度、俺はマリオネットでやっていたくだらない刑事ドラマを思い出す。無能な刑事が尾行に失敗して、犯人を取り逃すシーン。ありゃ格好が悪い。酷く悪い。現実ならそのまま解雇だ。脚本家は尾行についてろくに調べもしてないのか、それともわざとか。業界に興味はないが気になる件だ。 #13
2018-05-22 12:16:28ともあれ、尾行のコツは3つ。一定の距離を保ち、背中は見ずに足元を見る。そして相手が振り返ったとしてもら歩みを止めずに相手を追い抜き、回り道をして尾行を再開することだ……これを読んでる良い子は真似するなよ? #14
2018-05-22 12:19:21天気も味方して、俺は夫に気づかれることなく現場まで尾行することができた。夫が路地の真ん中に立ち止まり、きょろきょろと落ち着かない様子で周囲を確認する。俺はとっさに物陰に隠れ、気配を消す。距離は10メートルほど。雨で視界も悪いため、向こうがこちらに気づくことはないだろう。 #15
2018-05-22 12:22:03程なくして取引相手のチンピラが現れた。10代と言っても違和感のない若者(R:ガキ)だ。グリーンとパープルに染めた歪なヘアスタイル。ジャガー柄のジャケットを羽織り、腕や首につけた金のアクセサリー類がじゃらじゃらと汚らしい音を立てる。 いつも思うが、そういうのはどこで売ってるんだ。#16
2018-05-22 12:25:45「よォ、アズマさん!約束の金は用意できたのかァい?」ちんぴらが妙な口調で夫、アズマに確認する。「だ、大丈夫だ。ちゃんと別途口座を作って、そっちに金を置いてある……」アズマは懐からセクレタリ(腐ってもエグゼクだな)を取り出し口座画面をちんぴらに見せた。 #17
2018-05-22 12:31:44ちんぴらは画面を見て舌なめずりをする(余談だがやつは舌にピアスをしていた)「よーし、偉いじゃねェかアズマさんよォ。やっぱビジネスマンってのは偉いもんだよなァ」「い、言う通りの額を用意したんだ!はやく、早く来週の分を……!」 #18
2018-05-22 12:35:21「来週の、分、だァ?」ちんぴらはニヤリと口角を上げ、突然アズマの左顔面に拳を叩き込んだ。「ガッ……!?ゴボッ……何を……!?」アズマは衝撃で地面に倒れ、水たまりの泥を浴びる。ちんぴらはアズマに唾を吐きかけ「テメェが用意した金は今週までの分だ。来週分は別に貰わんとなァ?」 #19
2018-05-22 12:39:14「そんな……!約束が違う!」「約束がァ違~う!」ちんぴらは馬鹿にした口調でアズマの言葉を真似する。「……ガハハハハ!誰がしたよそんな約束よォ!いいからヤクが欲しかったら金作ってこいっテんだよ!!いくらでも方法あるだろ……会社の金に手を出すとか、“女”に稼がせるとかよォ!!」 #20
2018-05-22 12:42:51水たまりの中でアズマは両拳を握る。その手は震えていた。それが男への怒りのせいなのか、自分への後悔のせいなのか、単純にドラッグの副作用のせいなのか……俺にはそれを確認する必要はない。“言う通りにする”と即答しなかったぶん、まだ救いようがある。俺は物陰から飛び出した。 #21
2018-05-22 12:48:32「残念だが、秘密のデートはそこまでにしてもらおうかな」「なッ……テメェ何モンだ!?」ちんぴらは俺に気づくと懐からナイフを取り出した。恐らく反射的に。よく躾られているな。俺はやや感心した。 #22
2018-05-22 12:51:49「テメェ見てやがったのか!どこの組のモンだ!?まさかハウンドのイヌか!?」「……俺に興味津々なのは嬉しいんだが、質問はひとつずつにしてもらわんと答えられんな」「ンだとぉ!?」ちんぴらは唾を撒き散らしながらこちらを威嚇する。だが実戦経験は無さそうだ。腰が引けている。 #23
2018-05-22 12:55:03俺はゆっくりとした足取りでちんぴらに接近する。「まず、俺は一部始終を“視”ていた。生憎の空模様だが、眼には自信があるもんでな……“エンド”さん」「ななななな、なんで俺の名前(R:ハンドル)を!?」「そちらのエグゼクさんが口座画面を表示した時に、取引相手の名前が“ちらり”と視えたのさ」 #24
2018-05-22 13:02:51思わぬ名前当てをされたちんぴらは一歩後ずさる。水たまりを踏み、高そうなレザーの靴に飛沫が跳ねる。俺は続ける。「そして、俺はレッガーではない。無論エグゼクでもクグツでもない。ましてや俺をイヌだって?……クックック」 #25
2018-05-22 13:06:24