- ayaka_inabashi
- 870
- 2
- 0
- 0
「な、ナニ笑ってンだテメーッ!!」叫ぶちんぴら。恫喝のためではない。ありゃ恐怖から出る叫びだ。悲鳴と咆哮は全く違う。俺は静かに笑いながら、俺の姿が確認出来る距離まで近づいたやった。コートを“左羽”で正し、ハンチング帽を“右羽”で脱ぎ、地面に投げる。#26
2018-05-22 13:08:58アズマは倒れたまま俺の姿を見た。「とっ、鳥 の腕に、アタマ……?」「アァン!なんだそのツラ!?フザケたコスメ使いやがって!!イカレたサイバーサイコかテメェ!?」……随分な言われようだ。生憎この身体は生まれつきなんだがな。まあいい。俺はまだ質問に答えていないからな。 #27
2018-05-22 13:13:13しばらく不機嫌だった空も、ようやく晴れ間をみせるようになった。心底助かる。文明が発展し、ヒトが如何に神の領域に近づこうとも、太陽の輝きには勝てやしない。要するに、うちに備え付けの洗濯機には乾燥機能が無い。溜まりに溜まった衣類を、俺は無造作にドラムに詰め込みボタンを押す。 #30
2018-05-22 19:09:16ぐるぐると回る洗濯機内部を見ながら、俺はその依頼を思い出していた。ちょうど雨が降り始めた頃だ。様子がおかしい夫をなんとかしてくれと、ヒルコ街には似合わない上品(R:グリーン)なマダムから依頼を受けた。 #31
2018-05-22 19:11:34マダム……ミセス・アズマは、夫が千早のエグゼクで社でも重要な立場にいることや、仕事のストレスが原因でカウンセリングに通っていることを話した。そしてある日彼を尾行してみたことも。例のドラマの警察官よりよほど有能だ。 #32
2018-05-22 19:17:17SSSのイヌは簡単には動かない。ヤツらは(極一部の真っ当な、或いはイカレたヤツを除き)自分たちに利益がないと動かない。今回のケースでは相手のレッガーに金を握らされる可能性が高いわけだ。 #33
2018-05-22 19:19:11元々ハウンドはデカいヤマじゃないとそもそも腰をあげない。あのジャジャ馬娘が隊長になれば話は違うんだが……それはそれで組織崩壊しそうだな。いずれにしろ頼りにできない。 #34
2018-05-22 19:22:35そして、NIKに登録しているような綺麗な探偵(R:フェイト)では、夫の経歴に傷をつけるようなことをしかねない……といった諸々の事情があり、マダム・アズマは俺の事務所を訪ねてきた、という次第だ。 #35
2018-05-22 19:25:01それにしたって、非正規のフェイトなら探偵長屋あたりにもわんさかいる。多少の荒事なら平気で渡り合えるやつも。わざわざレッドエリアの、しかもヒルコ街の探偵事務所に依頼をする理由があるのか。この身なりの良いマダムが。よりによって“この見た目”の俺に。 #36
2018-05-22 19:31:38オーサカのセトロード辺りを根城にする、とある“鳥人”の一族がある。つまり化物(R:ヒルコ)の一族であり、つまりそれが俺だ。メスは可愛らしいヒトの顔面に産まれることが殆どなんだが、どうやらオスはそうじゃないらしい。俺の親父も、親父の親父も、鳥の頭部に鳥の胴体だった。 #37
2018-05-22 19:36:46N◎VAへやってきたのは、一族が殆ど死んで……まあ身寄りがなくなったから、といえば聞こえはいいか。要するに俺は飽きたんだ。故郷での生活に。そして、N◎VA行政府がヒルコの存在を公に認め、特別自治区を作る表明をニュースで見て、住処を飛び出して……今此処に至る、というわけだ。 #38
2018-05-22 19:40:25話がズレたが……要はマダムが俺のこの身なりについて、最近ニューロキッズの間で流行っている動物型サイバーコスメだと思っていないのであれば、相当珍妙な依頼人だということだ。 #39
2018-05-22 19:48:14俺は思い切って訪ねてみた。アンタはイカレてるのか?それとも俺が流行りに敏感なティーンエイジャーに見えるのか?……淑女にそんな口の利き方はしない。今のは俺なりのジョークだ。 #40
2018-05-22 19:49:34「失礼ですが、俺のことは何処で知ったので?」マダムがコーヒーで喉を潤すのを待って、俺は質問した。「あの……私、ドワクロワ家の皆様と少しご縁がありまして……」成程合点がいった。先ほどの発言は撤回しよう。彼女はまともだ。 #41
2018-05-22 19:51:50この話は完全に脱線になるので詳細は省こう。俺は以前、ドラクロワ家に纏わる奇妙な事件を解決したことがある。つまりその時の俺の(自分で言うのも憚られるが)名探偵ぶりを耳にして、ここまで足を運んでいただいた。ということか。 #42
2018-05-22 19:53:30洗濯機がピーッと電子音を上げ、俺は回想から現実に戻った。そもそも何世代も型落ちしているこいつを見て、先週の事件を思い出したんだ。あのプラチナムがあれば、乾燥機能がついているだけじゃなくランニングコストも安い千早製の最新型が買えたはずだからだ。 #43
2018-05-22 20:11:39結果から言えば、俺はNIKの規定料(つまり真っ当なフェイトの相場)ぶんだけ貰い、残りの金はマダムに突き返した。単純な理屈だ。この後夫は妻に絞られる。社会的にもある程度制裁を喰らうかもしれん。そもそもドラッグ中毒の治療には金がかかる。弱者から金を毟るのはレッガーの仕事だ。 #44
2018-05-22 20:21:16……それはそれとして、目の前にある不便さを快適にする手段は、この街では簡単に金で買える。それも単純な理屈だ。つまりはバランスの問題であり、矜持(R:スタイル)でメシが食えるぶんまだ俺は恵まれているのかもしれん。 #45
2018-05-22 20:23:00俺は洗濯機から乱暴に衣類を取り出し、それらを抱えたまま屋上に上がる。良い天気だ。先程までのやや陰鬱とした気持ちが晴れる。俺はこの通り全身羽毛なので、寒い日は薄着で済む。つまり洗い物がそもそも少ない。だったら乾燥機なんて不要じゃないか。つまらん悩みだった。 #46
2018-05-22 20:27:03最後の服を干し終わった時、俺はその音を聞いた。正確には音と声だ。DAKのコール音、事務所に訪問者が来た時に鳴る音だ。依頼人か、丁度いい。今月は依頼が少なかった。ヒルコ街とはいえ、このビルはそれなりに家賃が高い。天下の名探偵様が、家賃が原因でスランプってなったらとんだ笑い者だ。 #47
2018-05-22 20:29:59だが俺の希望は、続けて聞こえてきたその声に儚く打ち消された。……冗談だろ。タダ働きはゴメンだぜ。 #48
2018-05-22 20:31:47「すみませーん!探偵さんいますかー!お願いしたいことがあるんですー!」……どう聞いても少女の声だ。年のころは10代、もしくはそれ以下。勘弁してくれ。フェイトは慈善事業じゃねえんだ。TFにでも駆け込んでくれ。弱者から金は毟らないが、金にならない仕事はしない。それが俺の流儀だ。 #49
2018-05-22 20:33:38この手の声色なら、依頼の内容は大体想像がつく。ペット探しだ。当然生身のペットじゃない。ここはレッドエリアだ。オンボロの猫型ペットロイドを探してください。震える声と涙目で、しわくちゃのカッパーを握りしめる少女。DAKドラマなら許される展開だが、俺が生きているのは現実だ。 #50
2018-05-22 20:35:49