Another One Pecks the Cat

ホークアイのなんか
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イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

俺はうんざりしながら階段を降りていく。事務所はビルの二階部分にあるため、階段を降りれば自然に依頼人と鉢合わせする。そこできっぱりと"迷子の子猫探しならイヌのお巡りさんにお願いするんだな、お嬢ちゃん"と言ってやろう。現実は非情なんだ。少し社会のお勉強をしたほうがいい年頃だろう。 #51

2018-05-22 20:37:47
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「すまんが、迷子の」……階段を降りた俺の言葉はそこで止まった。流石にこれは想定外だった。事実は小説よりも奇妙だ、と災厄前の古い諺にもある。依頼人は小さい体を伸ばし、俺の事務所のインターホンを叩いていた……"前脚"で。 #52

2018-05-22 20:39:37
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

レッドエリアに似つかわしい、型落ちのオンボロ猫型ペットロイドは、俺の姿を確認すると、足元まで駆け込み"息を切らせた"ように叫んだ。「わたしのご主人様が……行方不明になってしまったのです!!」 #53

2018-05-22 20:41:08
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

珍妙な依頼人。或いは依頼猫。或いは依頼ドロイドを応接室に通す。テーブルの長辺に(当然だが)合皮のソファがふたつ。依頼人は事務所の奥に座らせる。客を上座に腰掛けさせるのはもてなしの為ではない。万一の時に逃げ場を塞がれないようにする為だ。尤も今回はその気遣いは余計になりそうだが。 #55

2018-05-27 11:39:26
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「あー……コーヒーは?」「恐れ入りますが、猫舌なもので」「……だろうな」余計な気遣いをしなくて済むのは楽……と断ずるのも良いが、この場合においてはそうじゃない。どうにも間が持ちそうにない。完全に出鼻(俺の場合は出嘴か?)をくじかれた。厄介な依頼者だ。あらゆる面で。 #56

2018-05-27 11:41:17
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

結局俺は自分の分だけコーヒーを淹れ、ドロイドの向かいに座った。「……詳しく聞かせてもらおうか」金になるかは内容を確認してからでも遅くない。何より俺の予想をナナメに超えてきた依頼だ。いちフェイトとして興味が無いといえば嘘になる。俺に促され、猫ドロイドは少女型音声で話し始めた。 #57

2018-05-27 11:50:01
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「わたしは千早社のペットロイドで、登録名をナツと申します。ご主人様として登録している安藤榎子様と、昨日から連絡がつかず……」「エノコ……」「榎子様はまだ9歳の女の子で……無断で居なくなるはずは……」消沈するドロイド。わりと高性能なAIだ。しかし失踪の瞬間は目撃していないのか? #58

2018-05-27 11:52:58
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

それについて問いただすとナツはますます頭を項垂れ「……前日に榎子様と遊びすぎまして、バッテリーが切れていたのでございます……“起きた”ときにはもう、榎子様がいなくなり……うぅ……不甲斐ない……」眼から冷却水を流す猫……勘弁して欲しい。皮を張り替えたばかりなんだ、そのソファは。 #59

2018-05-27 11:54:04
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「レディ・榎子の失踪について親御さんはなんと?SSSへ連絡は?」「お母様はとても心配なさっておりました。お父様は……元々放任主義なので、1日くらいどうってことないと……警察も同じような具合で……」「成程」つまり、安藤家は良くてイエローエリアでも中の上くらいの家系ということだ。 #60

2018-05-27 11:59:17
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

これがグリーンやホワイトで起こった案件ならSSSは即動く。無論、市民の安否が気がかりとかそういう理由ではない。やつらは自己保身で頭がいっぱいだからだ。つまり今回“も”アテにはならない。……俺はコーヒーを喉へ流す。いい香りだ。SSSへの不満も胃の中へと飲み込まれていく。 #61

2018-05-27 11:59:57
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「で、アンタはご主人様の安否確認プログラムの原則に従い、俺の所までやってきた……と」「その通りです……わたしのようなドロイドの話をまともに聞いてくれる探偵さんは、ホークアイさんの他には居ないと……その…………“検索”の結果……」俺は思わず苦笑した。一体どんな噂が立ってるのやら。 #62

2018-05-27 12:01:45
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「因みに」ひとつ確認しておく。重要なことだ。「何者かから身代金要求等の連絡はあったか?」少女が失踪したとあれば、誰しもが最初に思いつくのがこれだ。営利誘拐。相手が一般家庭であろうと搾り取ろうとするクズは、このストリートには大勢いる。まあ回答は凡そ察しがつくが。 #63

2018-05-27 12:05:18
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

猫は首を横に振る。「現時点では何も……」だろうな。1日経過しているのに音沙汰が無いのはおかしい。誘拐はスピード勝負だ。それこそ、イヌが嗅ぎつけたらオシマイなのだから。「状況は解った」……他に聞きたいことは幾つかあるが、都度確認すればいい。俺は珍妙な依頼人とアドレスを交換した。 #64

2018-05-27 12:06:26
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

さて、俺の本分はここからだ。「肝心な事を聞き忘れていたんだが……」と前置きして“本題”に入る。「……どれくらい出せる?」「えっ……その……」「端からアンタから依頼料をせびろうとは考えちゃいねえさ。可愛いレディのご両親からたっぷり取らせてもらう」しかしだ、と俺は続ける。 #65

2018-05-27 12:07:19
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「俺がアンタに出してもらうのは、“覚悟”の額だ」「覚悟……?」クラウドのデータベースに存在しないであろうその言い回しに、ドロイドは首を傾げる。「そうだ、覚悟だ」俺はコーヒーを口に運ぶ。 #66

2018-05-27 12:08:47
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「フェイトは慈善事業じゃない。正義の味方を気取るつもりもない。俺はこの仕事(R:スタイル)に自信と誇りを持ち、時には生命を賭けることだってある……だからこそ、依頼人のアンタにも、俺の覚悟(R:スタイル)に見合うものを賭けてもらう」 #67

2018-05-27 12:09:57
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「アンタのデータベースにある情報の“すべて”を頂戴しよう」「えっ……!それは……!」動揺する猫と、恫喝めいて睨む鳥。傍から見たらなんとも珍妙な絵面だが、こちらは大マジなんでな。このまま続けさせてもらうぜ。 #68

2018-05-27 12:11:04
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

要するに“千早のデータベースにある情報をタダで売れ”と言ったわけだ。当然だが一介のバディにそこまでの権限はない。アクセスルートを確保したら、知り合いのニューロにデータを拾ってもらう。ドアの場所まで案内してもらえば、鍵を開けるのはこちらでやるという理屈だ。#69

2018-05-27 12:12:01
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「ドロイドの原則は俺も知っているし、これは完全な違法行為にあたる。流出源のアンタは良くてメモリーリセット、悪ければそのまま廃棄……つまり、アンタにも生命を賭けてもらうってことだ」「…………」猫は暫く黙っていた。 #70

2018-05-27 12:13:00
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

なに無茶を言っているんだ正気か?見た目通りの“鳥頭”なのか?……そう思うヤツもいるだろう。別に構わん。そういうのには早々にお帰り頂いている。フェイトは便利屋じゃない。“覚悟”がなってないヤツに、俺の“覚悟”は賭けられない。 #71

2018-05-27 12:13:55
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「……わかりました。約束します」ナツの“覚悟”は決まった。一切の違法行為が許されないバディ制御が、今それを承認した。自分の身柄と大事なご主人を天秤にかけて。時代が違えば教科書に載りかねないエピソードだな。「OK、これでアンタは俺の依頼人だ……レディ・ナツ」 #72

2018-05-27 12:14:56
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

俺の言葉を聞いて、ナツはパッと明るい表情になった。猫なのに表情がわかるというのも不思議だが、頭部が絶妙なデザインバランスで出来ているから不自然に感じない。これも技術者(R:タタラ)の努力というやつか。ドロイド業界の認識を改める必要があるな。 #73

2018-05-27 12:15:39
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「どうか、よろしくお願いします!」ナツは念押しのように俺に頭を下げる。「ああ」俺はナツが顔を上げるのを待って、“右羽”を差し出した。「……えっ、と」「握手だよ。まあ見ての通り“手”ではないんだが」「あ、はい!」俺の握手に応えながら、猫は本日最後の首傾げをした。 #74

2018-05-27 12:16:25
イナバシアヤカ(下水のすがた) @ayaka_inabashi

「…………わたしもこれ“前脚”ですから、なんだかややこしいですね……?」 #75

2018-05-27 12:16:38
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