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高校時代の友人からの「歌物語を書いたから読んでもらえないか」という物語のような歌物語の話

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武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

長文になりますが、ある珍しい本を紹介させてください。 ある日、高校時代の友人から「歌物語を書いたので読んでもらえないか」という連絡がありました。この方とは、高校を卒業してからは、同窓会のような行事で数回会ったくらいで、頻繁に連絡を取っていたとは言えません。

2018-11-15 13:45:46
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

実は高校時代にさかのぼっても、彼と文学について深く議論した記憶はなかったので、突然の報せに驚きました。細々ではありますが文芸誌に評論などを寄せているせいか、知人から「作品を読んでほしい」という依頼を受けたことはこれまでにもありました。

2018-11-15 13:45:46
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

いずれも密かに書き溜めていた力作ばかりでしたが、私の経験から得られた基準に照らすと、プロフェッショナルな書き手として認知されるには何かが足りず、他の方に推薦するといったことはして来ませんでした。今回も同じようなことになるだろうと予想しつつ、

2018-11-15 13:45:47
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

「小説」ではなく「歌物語」と言われたことで、思いがけず珍しいものを見られるのではないかという期待と、逆に小説以前の感想文に近いものが送られるのではないかという不安の両方を覚えました。ですが、直接ご本人と話をすると、古今東西の文学への造詣は尋常ではなく(日本の古典文学だけでなく、

2018-11-15 13:45:47
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

ジェイムズ・ジョイスやオルハン・パムクについても一家言をお持ちでした)、なぜ昔の自分はこれほどの文学愛好家が身近にいながら、それに気づかなかったのか、と奇異の念を覚えました。ちなみにこの方は、大学で国文学を専攻されたあと弁護士の資格を取り、

2018-11-15 13:45:47
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

現在は大手の外資系企業の法務部で責任ある仕事を任されています。その後、不安よりも期待を胸に、彼の「歌物語」を読み始めたのですが、まず感じたのは当惑でした。彼の「歌物語」は、歌物語風の小説などという半端なものではなく、紛れもない歌物語だったからです。

2018-11-15 13:45:47
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

古語を用い、時代も場所も明かされぬまま、男女の愛と別れを暗示する流麗な文章と和歌が綴られます。季節の移り変わりを示す伝統的な表記である七十二候に内容が区切られ、場面が推移するうち、突如として次の一文に出会い、思わず目を疑いました。 「無窮なる晴天のもと、宝塚駅にて君を待つ。」

2018-11-15 13:45:48
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

さらに、二首ほど和歌が詠まれたあと、 「福知山線着けり。あれに乗っている。普段と変わらぬ顔で現れるあなた。何もないことが、私が明日まであなたの思ひ人に戻るための魔法なのだろうか。何事もなく、ただ、あなたの彼女なだけの日に。」 こうした表現を「陳腐だ」と言うのは容易ですが、

2018-11-15 13:45:48
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

その前に連綿と続いていた古語による叙述に続けて読むと、この甘ったるい表現に却って時代を超えた人情を感じ取ってしまうのが不思議です。 このような効果は、書き手によって周到に仕組まれたものであるらしく、しばらく読み進めると

2018-11-15 13:45:48
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

「それにしても、「休止符さへ歌へ」とは誰の言葉だったか。そよや、アルトゥーロ・トスカニーニ翁なり。」 といった、ミスマッチを狙った表現も登場します。ただしこれは単なる機智のひけらかしではなく、イタリア・オペラが本作を貫く主題のひとつであることも、やがて判明します。

2018-11-15 13:45:48
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

ここまで読んで、これは油断のならない作品だ、と私は気を引き締めました。どうやら作者は(イタリア・オペラ的もしくは浪花節的な)メロドラマを、江戸時代の季節感覚(七十二候)と平安時代の情緒(古語から漂う「もののあわれ」)を復活させることで、現代に再生しようとしているらしい。

2018-11-15 13:45:49
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

確かに、歌物語という設定を用いることで、定型的な内容に微妙な陰翳が生まれ、単なる陳腐とは異なるものになっています。ここでは明らかに、現代小説、とりわけ純文学の「現代的」な心理表現へのしたたかな挑戦が意図されている。アナクロニズムという戦略。現代小説に慣れた私は、

2018-11-15 13:45:49
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

その効果を認めつつも、やはり戸惑いを覚えずにはいられませんでした。しかし他方で、現代文学が避けるような定型的な恋愛も、形式上の工夫によって表現が可能なのではないか、と思わされたのも事実です。さらに、本作が古語を用いているのは、そうした雰囲気や情緒を演出するためだけではなく、

2018-11-15 13:45:49
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

ゆっくりと、水平線から日が昇るように明らかになる、この作品全体の構成原理である循環的な時間構造にも対応していて、読み進めるうちにその必然性を深く感じることができます。率直にいって、私の古文の知識では、彼の古語の用い方がどこまで自然であるかまでは分からないので、

2018-11-15 13:45:50
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

その意味での完成度については、判断を保留します。いずれにせよ、現代の文学とは異なる形で世界を切り取っている作品なので、評価が難しいのですが、はっきりしているのは、このような作品には今まで出会ったことがないということです。相当な教養のある人が、

2018-11-15 13:45:50
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

かなりの時間をかけて書いたものであるのは、間違いありません。「無言歌集」と名づけられた、この特異なテクストを純粋に楽しめる読者は多くはないでしょう(私自身も、大いに感心しましたが、百パーセント楽しめているかは自信がありません)。ですが、一部の読者には情熱的に受け入れられる

2018-11-15 13:45:50
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

のではないかと予想します。著者の知性と教養に並々ならぬ敬意を抱くに至った私としては、(すでに細部まで構想された三部作の第一部前半にすぎないという!)本作を紹介する方法をいろいろと模索したものの、やはり現代文学の世界ではあまり評価されないようでした。残念に思っていたところ、

2018-11-15 13:45:50
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

今年の6月に角川書店から小説ではなく歌集として、「無言歌集」と続編の「墨滅日記」を併せた書物(三部作の第一部に当たるもの)が刊行された、との報せを受けました。それは朗報と、本書の宣伝を志した矢先、著者から再び連絡があり、すぐに品切れになってしまったとのこと。

2018-11-15 13:45:50
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

予想外のベストセラーとなったから、ではなく、短歌の世界ではもともとそれほど多くの部数を印刷せず、いわゆる一般読者が購入するのを想定しないことも間々あるのだそうです。本作の異様さに驚き、紹介を試みてきた私としては、少しでもいいから一般に売るための本を用意できないのか、

2018-11-15 13:45:51
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

と著者に訊ねてみました。すると(さすが法律家というべきか)、たちまち出版社と話をまとめ、少部数ながら増刷してもらったとのこと。なので、ここまで拙文を読んでくださった方は、本書を購入してください。きっとあなたは選ばれた方です。

2018-11-15 13:45:51
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

というか、増刷した分は売れていただかないと、私の責任になってしまうので、私のためにも買っていただけますとありがたいです。 沖荒生(おきあらう)『無言歌集』。角川書店刊、B6サイズで本文252頁、本体価格2000円です。購入方法について、著者に伺ったところ、

2018-11-15 13:45:51
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

「購入をご希望の方は、角川文化振興財団『短歌』編集部03(5215)7821までお電話いただければ、編集部より代金払込用紙をお送りしまして、払込確認の後ご郵送させて頂きます。」とのことです。ちょっと面倒ですが、それもまた戦略的アナクロニズムの一環として(?)、楽しんでください。

2018-11-15 13:45:51
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

最後に急にセールスマンと化しましたが、一読に値する作品です。購入を検討する方のために、抜粋のpdfファイルを作成しました。下記URLから閲覧・ダウンロードしてください。 scribd.com/document/39323…

2018-11-15 13:45:52
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

基本的に古語で綴られ最後に現代語が貫入する冒頭の5章、オペラの二重唱を意識した構成の「橘始黄」、中世と現代を往還する本書の雰囲気を端的に示す「閉塞成冬」を読むことができます。お楽しみください。そしてよければ角川文化振興財団『短歌』編集部03(5215)7821に購入のお電話をお願いします。

2018-11-15 13:45:52
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana

念のため。本書の描く定型的な恋愛に違和感を抱く方もいるでしょう。私も戸惑いましたが、作者は少なくともそれが時代錯誤であるのを認識しつつ、表現を模索しています。私はそこを評価しています。

2018-11-15 19:29:16