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世界史における「直訴」考〜アジア儒教体制、アラブ社会などを中心に

昔々、庶民は王様に口もきけず接触することもできず、意見を伝える機会なんて全くなかった…かと言えばそうではなく、むしろ古い社会だからこそ、そういう慣習や制度があり得た、ということもあるようです。そんな事例について語られたツイートのまとめ
目安箱 徳川吉宗 日本国紀 イスラム 歴史 もんけ 百田尚樹 民主主義 儒教 アラブ
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Jun Akiba @jun_naibzade
話題になっている本には、徳川吉宗の目安箱は、庶民の声を広く聞く、近代の先進国でもおそらく初めてのシステムではないか、みたいなこと書いてあるようだけど、オスマン帝国では誰でも君主に直訴できたからね。多分イスラーム以前のイランまで遡れる伝統だと思うけど。
話題になっている本…何でしょうね?(棒)
almadaini @almadaini
直訴的なことについては、オスマン朝研究者が西アジアの社会における正義について通時的に扱ったLinda T Darling, A History of Social Justice and Political Power in the Middle East: The Circle of Justice from Mesopotamia to Globalization, Routledge, 2013あたりが追いやすいかもしれません
遊牧民@ノムンラマ @Historian_nomad
水戸黄門「漫遊」考によればちうごくも朝鮮王朝も(いつでもとはいえないけど)そういう制度あったって書いてありますし清朝でも京控ってのがありましたよ(基本駄目扱いなんでこの場合出すべきか微妙だけど
sp @fudge_sp
“庶民の声を広く聞く”かというと微妙だけど、唐律疏義によれば唐の朝堂にも民衆からの上表を受理するシステムが備わっていたし、身寄りのない老人や子供のように自ら上申するのが困難な人間も、申告すれば官吏が代わりに奏文するようになっていた。政治についての上表より訴訟の方が多かったけど。>RT
遊牧民@ノムンラマ @Historian_nomad
@fudge_sp ていうか基本お上に恐れながらと訴え出たらしっかり受け取らないとねって東アジア世界で共有されてますよね(実行への熱意や頻度に時々で差はありますが
sp @fudge_sp
政治についての奏文もなかったわけじゃなく、『唐會要』巻53によれば李世民は貞観二年(627)の敕で『朝堂において訴訟を受理し、民衆(と官僚)から政治について陳上されたものは全て封をして上申するように。朕が自ら閲覧する』とまで言っているので、民からの上表もそこそこ重要視されていたっぽい。
sp @fudge_sp
@Historian_nomad 少し前にも老師に平安朝にも門閥じゃない儒者が天皇に直接諫言できる場があったと教えてもらったんですけど、東アジアってわりと民がお上に進言できるチャンネルありますよねえ
遊牧民@ノムンラマ @Historian_nomad
@fudge_sp 儒教的理想像に組み込まれてますよね
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
イスラーム社会では「民衆との距離」が「物理的に近過ぎた」せいで最初期のカリフ達三人が立て続けに公衆の面前で殺害されるっていう笑うに笑えぬ状況が続いたので、サーサーン朝なんかを見本に宮廷儀礼を整備した過去があるけど、それでも君主等への直訴はそこそこあった印象 twitter.com/fudge_sp/statu…
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
ウマイヤ朝の始祖ムアーウィアとかアッバース朝のマンスールなんかが、カリフに護衛をつけたり玉座に帳やらを掛けたりして宮廷儀礼を整えると、「なんでサーサーン朝の皇帝みたいな真似をするんだ!アラブ的じゃない!」みたいに伝統主義者達から非難されたそうだけど、カリフ三人が立て続けに殺害され
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
非難の矛先を向けられたムアーウィヤ自身も対立していたカリフ・アリーと同時にハワーリジュ派の一党に暗殺されかけた訳だから、そりゃあ警戒体制を敷くだろうという…(^^;>二人目の犠牲者のカリフ・ウスマーンはムアーウィヤの親戚でもあったし
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
>ウスマーン殺害も、遠征先等での窮状をカリフの自宅に陳情に来た兵士や民衆が暴徒化して寄ってたかって襲撃して、もみくちゃにされるなかで大分年寄りになってたウスマーンをいつの間にか殺しちゃってたとかいう、これまた笑うに笑えない状況だったとかいう…
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
ムアーウィヤ等が用心護衛を主眼にした宮廷儀礼を整備した理由はこういう訳だったけどw、ムアーウィヤ陣営がこれを採用したのは、ウマル、ウスマーンに続いて直近でアリーの暗殺や自身への暗殺未遂事件に危機感を覚えたからで、その危機感はムアーウィヤ陣営で共有されていたものだったろう。
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
ムアーウィヤ自身にした処で、後の時代にウマイヤ朝の暴政の嚆矢と指弾される事になるけど、本人は秘書として仕えていたムハンマドが死去した後、アブーバクルの命令でシリア遠征に赴く教友アブー・ウバイダのもとに兄ヤズィードとともにつけられ、ダマスクスに居を定めたけど、彼がシリアでの
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
権力を握れたのは、アブー・ウバイダと兄ヤズィードらシリア遠征での先輩同僚達が流行り病でばたばた死んでしまったために、そうならざるを得なかった感じで、そういった「危難をみんなで乗り越えてきた」っていう連帯感が、アリーのカリフ時代までにはシリア陣営にはあった気がする。
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
そういったなかでの「要人護衛体制」として宮廷儀礼が整備された感じで、マンスールにしてもウマイヤ朝官憲の弾圧を逃れながらアッバース革命のエージェントして暗躍しまくりw、(自他に身に憶えありまくりだったのでw)公的な場所での暗殺を特に警戒してウマイヤ朝の宮廷儀礼を継承発展する感じで
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
アッバース朝でも宮廷儀礼が整備されていったけど、それでもウマイヤ朝にしろアッバース朝にしろ、「(信仰を同じくする)自由民たるアラブ・ムスリムの本質的平等」という理念は、割と後の時代まで連綿と続いている印象。
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
ただ、ムスリム政権の場合、東アジアの直訴庭中や目安箱みたいなシステマチックに直訴受理する感じではなくて、金曜礼拝とかイードでの礼拝の前後とか、宮廷に在所の時に君主に直接訴える感じで、そこら辺の「君主との(本来的な)身近さ」みたいなものがあるようにも。 twitter.com/mongkeke_tarik…
もんけ(歴史) @mongkeke_tarikh
>もっとも、マムルーク朝とかオスマン朝の政治体制とかは詳しく無いので、イスタンブールやカイロの宮廷には目安箱みたいなものがあったりしていたんだろうか(^^;
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コメント

OOEDO @OOEDO4 26日前
@jun_naibzade @almadaini @Historian_nomad @fudge_sp @mongkeke_tarikh @shachiku_slyr  皆様に感謝。/ちょっと自画自賛だけど、特に面白いまとめになった気がします
OOEDO @OOEDO4 26日前
こんな知識が語られるきっかけとなるなら「話題の本」に存在価値があるともいえる(笑)
ろんどん @lawtomol 26日前
Wikipediaの目安箱の記事に「制度自体は古くから存在し、戦国時代には戦国大名において目安箱を設置し、相模国の北条氏康がこの制度を実施していたという。」とあるので、「話題の本」がWikipediaのコピペじゃないことの証明になるのでは(棒
殻付牡蠣 @rareboiled 26日前
如何に強固な国であろうと、国民の声無視してたら国滅ぼされちゃうもんな。ある程度のガス抜きは、目安箱みたいなもので整えられてたってことなんだろうね。面白いまとめだ。
mikan @mikanjaechun 25日前
日本国紀の執筆にあたった人のメンツからして世界史の検証が抜かるのは仕方ない。上には上がいるんだし学術的な意味でも叩かれるのは承知の上だろうから改訂の時に反映してより良い本にしてもらいたい。それにしても売れたよね。こういう反応があることも話題性の証拠。
ゴイスー @goisup 25日前
色んな視点から歴史を見る乗って大事ね。近視眼分断厨にならない為に。
hararitto @sseg14 25日前
ある対談で古田博司が李朝の直訴の太鼓について言及していたのを読んだ記憶があるが、意義をはっきり否定していた。実際に鳴らした者が「うるさい」と処罰されていると。韓国の論文を鵜呑みにするからだ、原典を当たれば実態が違うのはわかる、とか言ってたかな。 古田氏の主張が正しいなら、儒教の導入で建前として太鼓を設置したということになるので、そっちはそっちで面白い。
はるを待ちかねた人でなし @hallow_haruwo 25日前
「要人護衛体制」としての宮廷儀礼整備っていうのがすごい目から鱗だった。知ってる人には当たり前なことなんだろうけど。なるほどなあ。
OOEDO @OOEDO4 25日前
sseg14 諫鼓鳥(閑古鳥)の伝説のように「民衆が直訴できる太鼓があるのに、誰も使わない。ああ、陛下はなんてすばらしい善政をされているのだろう」という装飾のつもりで置いてるのに「ホンマに鳴らしてどないすんねん」「空気読めよ」というのが現実だったんですかね(笑)/いや、「李朝において直訴は本当に認められていたのか」というテーマは面白い、知りたいなあ!
フルグラ美味しい @frugura 25日前
韓国には国民が直接応募・投票出来る大統領府の国民請願ページってのがあって、国民からの請願件数が多いものに対しては、実際に国が動くっていうのがあるが、あれが現代の目安箱だと思う。ただ、ポピュリズムを助長しかねない気もするけど。
OOEDO @OOEDO4 24日前
frugura アメリカと台湾にもあるようですね。大統領制だとそういう制度を作りやすくなるのかな?アメリカでは「政府はSWのデススターを建設してほしい」なんてトンデモに賛同が集まってしまい、米政府もマジレスしたとか 【デス・スター建設請願へのオバマ政権回答 - Togetter https://togetter.com/li/437833
OOEDO @OOEDO4 22日前
@mongkeke_tarikh さんが11月23日にも補足のツイートをされておられたので追加
NAGAICHI Naoto @nagaichi3 19日前
中国の王朝では、地方の民衆が集団で上京して「(刺史や太守や県令の)誰々を辞めさせないでくれ」と朝廷に請願するパターンはかなり多くて、正史の列伝にも頻出しているよな。「請留」とか「詣闕」とかで検索すると拾える。
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