20181214

最近好きなの
0
川井俊夫 @toshiokawai1122

怪談の季節ではないが、去年の冬に出会ったおかしな客の話でもしよう。少し変わった環境で暮らしていた。まあ金持ちだから可能なんだろうが、マンションの一室を完全に物置として借りてる中年の女だった。女の家自体は普通の戸建で旦那もまだ生きており、マンションの荷物の処分が俺への依頼だった。

2018-12-14 15:45:52
川井俊夫 @toshiokawai1122

もう少し細かく状況を説明すると、マンションの一室にあったものは20年くらい前に女の実家を解体したとき、母屋や蔵にあった古いものと上等な建具をその頃まだ生きていた女の父親が選んで運び入れたものだ。父親はもうとっくに死んでおり、マンションは中身ごと女が相続した。

2018-12-14 15:50:18
川井俊夫 @toshiokawai1122

最初の依頼は俺じゃない。元ヤクザの道具屋に古美術品の買取りを頼み、彼はあまりにも荷物の量が膨大なので、簡単に金になりそうな品だけをちょこちょこと選び「まあこんなところですわ」と女に金を払った。残った大半のガラクタはどうするのか? だがそんなことは俺にも元ヤクザにも関係がない。

2018-12-14 15:53:59
川井俊夫 @toshiokawai1122

話を持ってきたのは元ヤクザだ。 「もうたいしたものは残っていないと思うが、なにしろ凄い荷物の量で建具の古材も山ほど積んであったし、正直俺もちゃんと見ていない。まだ何か残ってるかも知れん。ちょっとおかしなオバさんなんだよ。一度俺の紹介だって電話してくれ。俺はもう関わりたくない」

2018-12-14 15:58:46
川井俊夫 @toshiokawai1122

彼には怖いものなどない。だがヤクザだし、道具屋でもあるから、ゲンは担ぐ。暴力や死を恐れはしないが、気色悪いものや得体の知れないもの、不吉なものは少し嫌がる。その女の何がおかしいのか尋ねると、彼は少しふざけたように笑って「お前さん向けだ」と言った。電話して直接本人と話すしかない。

2018-12-14 16:04:31
川井俊夫 @toshiokawai1122

女にはすぐに連絡がついた。元ヤクザから同業者として俺を紹介する話はしてあったようだった。話は簡単だ。残りのものも引き取ってほしい。俺は現場を見ていないが、建具の材や、もうすでに骨董屋が値を付けなかったものを今さら買うのは難しいと簡単に告げた。片付け屋を頼む方が現実的では?

2018-12-14 16:09:15
川井俊夫 @toshiokawai1122

女はタダで構わないと言った。それも全部を処分してくれなくてもいいと。どういう意味だ? 「花瓶だけ。他の大きなものなんかは構いません。とにかく花瓶だけでも全部引き取ってもらえませんか?」 はて、やっぱり意味がわからない。だが花瓶は邪魔だ。売れない陶磁器シリーズの中でも一番ウザい。

2018-12-14 16:12:54
川井俊夫 @toshiokawai1122

どの程度の量かわからないが、花瓶ってやつは箱があってもデカくて場所を取るし、箱がなければ重ねることもできない最悪の道具だ。タダとは言っても何か一つでも当たりがあればいいが、そうでなければ捨て方に困るのは俺だ。 「なぜ花瓶だけ?」 「怖いんです」 「花瓶が?」 「おかしいと思います?」

2018-12-14 16:16:42
川井俊夫 @toshiokawai1122

よくわからない。いや、よくわからなかった。だが実際に女に合って、マンションの一室に案内され、現場を見て少し理解できた。確かに陶磁器の花瓶は、箱に入ったやつを両手で抱えて持ってみると、骨壷を抱えてる火葬場帰りの遺族みたいだし、デカいやつなら生首でも入っていそうな大きさと重さだ。

2018-12-14 16:21:27
川井俊夫 @toshiokawai1122

それから、口から覗く小さな闇。小ぶりなやつも細長いやつも、大きなのも丸いのも同じだ。ライトで中を照らしでもしない限り、その上部の口からは、吸い込まれそうな真っ暗闇しか見えない。こいつが怖いのか。極端すぎる気もするが、何かそんなふうに精神の偏る理由があるのだろう。俺には関係ない。

2018-12-14 16:25:10
川井俊夫 @toshiokawai1122

銅の薄端を指して、こいつも花入だけど、やっぱり怖いのかい? そう尋ねると、女は怖くないと答えた。不思議なものだ。袋になって口の狭まっている、不透明なものが怖い。そいつが怖いから、箱に入っていると余計に怖い。だが他に女に聞くべきことはもうなかった。花瓶は全部持って帰ることにした。

2018-12-14 16:29:24
川井俊夫 @toshiokawai1122

花瓶は売れたものもあるし、売れなかったものもある。今も倉庫や店に置いてあるが、べつに口から何か飛び出してくるわけでも、覗くと引きずり込まれるわけでもない。箱のあるやつはどれも古い作家の個展で買ったらしい感じだから、箱も立派だ。生首ではなく、青磁や鉄釉の花入が入っている。

2018-12-14 16:33:13
川井俊夫 @toshiokawai1122

世の中には花瓶やそれの入った箱の怖い女がいる。一番不気味なのはその事実だ。そいつだけが本当のことだ。他の様々な想像や解釈に意味があるとは思えない。世の中には花瓶の怖い女がいる。少なくとも一人は。俺に世界を嫌悪させるには一人で充分だ。

2018-12-14 16:38:02