佐藤正美Tweet_20110412_30

0
佐藤正美 @satou_masami

「英語」を学ぶとは、どういうことであろうか。「西洋」の考えかた(思考法)を学ぶことではないか。日本が上代において「東洋」を学んだときには儒教と仏教と向きあった。「西洋」を学ぶには、キリスト教とギリシア精神と向きあわなければならないだろう。「聖書」を再読したい。

2011-04-12 06:26:32
佐藤正美 @satou_masami

「英語」を学習して「西洋」の思想に無関係でいられるというのは妙な現象だと思う。そういう態度では、「日本語」も疎かになるのではないか──ついには、identity crisis に陥るのではないか。「小説家を目指すなら外国語も学習しなさい」と菊池寛が言ったとか。蓋し、名言ですね。

2011-04-12 06:41:57
佐藤正美 @satou_masami

ニセモノ(紛い物)のほうが化粧は上手に決まっている。なぜなら、そうしないと──他人(ひと)を化(ば)かさないと──他人を惹きつけられないから。そして、人々は、この媚態に弱い。しかも、顔の化粧が濃厚になるにつれて、厚顔(鉄面皮)になる──「ビジネスとは そういうもんだ」と悧巧ぶる。

2011-04-12 17:32:10
佐藤正美 @satou_masami

マニュアルどおりにやっていれば、たとえ失敗しても、言い逃れはできる──「規則を順守していた」と。規則に束縛されているほうが security を感じるというのは人性なのかもしれない。しかし、そこに奴隷の本質があるのではないか。たとえ、自分では奴隷だと思っていなくても。

2011-04-12 17:40:44
佐藤正美 @satou_masami

技術そのものに対する懐疑も必要である。技術は、そういう懐疑を必ず内包している。自分の技術に酔うようなエンジニアなどニセモノに決まっている──「私の恋人が一番に綺麗だ」という逆上(のぼ)せと同態だ。「私の技術」だって?「私の」という形容詞を消去したまえ、もし科学的技術であるなら。

2011-04-12 17:55:18
佐藤正美 @satou_masami

技術の敵は、技術に対する懐疑ではなくて、技術に対する軽信ではないか。

2011-04-12 17:59:04
佐藤正美 @satou_masami

技術の「進歩」を私は無条件で信じることができない。「放射能漏れ」のことを言っているのではなくて、IT 業界の態を言っている。新しい技術がでるたびに、キーワードの「様々なる意匠」が飛び交い、技術が空転している。そして、現場では、1970年代からの惰性が蔓延ったままに終わっている。

2011-04-12 20:56:19
佐藤正美 @satou_masami

業務分析・要件定義を専門にしていながら、ロジック(モデル)に無関心でいられるというのは奇妙な現象である。それらを芸事のように思い込んでいる──三文文士にも及ぶまい。コンピュータ・サイエンスという意識がないから、我流を芸事と思い違いしている。汝 虚妄の証拠(あかし)を立つる勿れ。

2011-04-12 21:23:33
佐藤正美 @satou_masami

事業過程を対象にしたモデルの技術は、離散数学の基本技術を実地に適用しているにすぎない──すなわち、{集合、写像、関係、ブール代数、有向グラフ}。「私(私見)」など入る隙間はない。尤も、ロジックなど無用と言うのなら、話はべつになるが、ロジックなど無用というのは阿房と同値ではないか。

2011-04-12 22:00:20
佐藤正美 @satou_masami

「業務分析において、どうして数学が要(い)るんだ? そんなもの要らない」と言っていたモデル専門家(?)が居たが、数学が要るんじゃなくて、ロジックが要るということがわからないらしい。:-( 「ロジックが要らない」ということこそ私にはわからない──でたらめ でもいいということかしら。

2011-04-12 22:10:39
佐藤正美 @satou_masami

モデルでは、ひとつの公理系の前提として いかなる公理を選ぶかは自由だけれど、論理法則を破る自由は、いかなる天才であっても認められていない。「意味論」というのは、現実的事態に勝手な理屈を擦(なす)ることじゃない。

2011-04-12 22:30:51
佐藤正美 @satou_masami

オブジェクト指向を謳っているひとが「分析と設計では それぞれのモデルが要る。1つのモデルで同時にそれらを実施することはできない。ER モデルは必要だ」と言っているそうだが、彼は「抽象型モデル」を ほんとうに知っているのかしら :-( 鈍(なま)ったオブジェクト指向だなあ。

2011-04-12 23:00:58
佐藤正美 @satou_masami

ER 図 を描くなら DFD(データフロー図)も描くのは当然である。ER 図は「半順序」の構造を、DFD は「全順序」の構造を記述する。そして、現実的事態は、全順序・半順序の混成である。しかし、記法の異(ちが)う図(ER 図、DFD)を併用して事態を正確に把握できるのかしら。

2011-04-12 23:15:26
佐藤正美 @satou_masami

「抽象データ型」モデルの勝負点は、1つのモデルのなかで、いかにして全順序・半順序を構成するかという点にある。その点さえ配慮していれば、モデルの他の技術は、簡単なロジック(論理法則)[ AND, OR, NOT ] とクラス概念(あるいは、セット概念)で組み立てることができる。

2011-04-12 23:34:46
佐藤正美 @satou_masami

「T 字形 ER 法」の呼称を TM に変更した理由は、ER 図と同類にされたくなかったから。TM という略称は、数学では、Turing Machine を指す。Turing Machine はコンピュータの故郷である。業務分析も科学であることを示すために、TM に変更した。

2011-04-13 14:36:10
佐藤正美 @satou_masami

ユーザ同士でやりとりしている「情報」が事業を記述している。この事実を了承するには難しい理屈などいらない。「事業もコンピュータも知っている」という生意気な顔をして事業を観なければいいだけのことである。責任もって事業経営をやったことのない SE に「TO-BE」など書ける訳もない。

2011-04-13 20:19:16
佐藤正美 @satou_masami

「昔から このやりかたをしてきているので、変えることはできない」──こういう呑気な護身を英語では次のように言う、harbor a false sense of security。

2011-04-13 20:24:50
佐藤正美 @satou_masami

データモデルの狙いは単純明白である──ユーザが使っている言語を変形しないで、「意味」の構造を できるかぎり機械的に形式化するということ。それを外して SE の憶測で描かれた ER 図などは、SE の酔心の産物にすぎない。酔っぱらいが まともである訳がない。

2011-04-13 20:34:55
佐藤正美 @satou_masami

じぶんのわかる範囲で 大雑把な ER 図(あるいは、クラス図)を描いていれば、気持ちいいにちがいない。でも、それが「分析」でないことは確かである。「現状を忘れて、TO-BE を描きましょう」──現状を正確に記述することに較べたら、夢を語るほうが楽に決まっている。

2011-04-13 20:47:30
佐藤正美 @satou_masami

SE が業務を自分の眼で観て記述するだって!? その眼が怪しい──ユーザの眼には見透せない対象を SE は観ることができるって!?。そういうふうにうそぶく SE は、きっと、「無限」の怖さを味わったことがないのでしょうね──「延長の無限」と「切断の無限」を。

2011-04-13 20:58:28
佐藤正美 @satou_masami

私は、いわゆる「DOA」派とされることが多い。確かに、私は、1980年代に「DOA」を謳っていた。しかし、ここ数年のあいだ、「私は DOA 派じゃない」と公言している。私はDOA 派と明らかに握手できない。私の立場は、敢えて言うならば、「論理的意味論」派である。

2011-04-14 12:58:40
佐藤正美 @satou_masami

モデルの正しさとは、「妥当な構造」と「真とされる値」の2つを実現していることである。「妥当な構造」はロジックを前提とする──そして、ロジックを使う限りにおいて難しい技術ではない。難しい点は、「『真とされる値』を担保する」はずの「制約・束縛」を いかに網羅するかという点である。

2011-04-14 13:34:24
佐藤正美 @satou_masami

「事業には『商品』と『組織』が存在して、云々」──そういう ER 図を経営者の前で説明してみればいい。笑い飛ばされるに決まっている。「組織」を経営者が変更しようとして なかなか変更できない理由は、事業の中で網の目のように張り巡らされた制約・束縛を なかなか変更できないからである。

2011-04-14 13:59:43
佐藤正美 @satou_masami

モデルは、その性質として普遍性を実現していなければならないが、その適用として個々の事態を対象としている。モデルは、あらゆる事業に通じる真実を語ろうと狙った技術ではない。ただ、個々の事態を正確に記述しようと狙っただけである。「特殊事態に対する誠実主義」、それがモデルの思想である。

2011-04-15 08:36:33
佐藤正美 @satou_masami

モデル作りの難しい点は、できるかぎり数少ない公理で豊富な記述を実現することにある。公理を増やせば記述は豊富になるが、モデルが使いにくい。公理の数を減らして記述の豊富性が損なわれるのであれば、モデルは使い物にならない。モデルの生成規則を作るエンジニアは、つねに この点に悩まされる。

2011-04-15 08:41:52
1 ・・ 4 次へ