整備兵(@seibihei)氏による、自衛隊の「理論」と「原理原則」の悩めるお話。またはちょっとした用語集
これは「理論」が実際と遊離しているかどうかが問われることはない。「遊離している」というのが検証の必要が無い事実として扱われている。我が社以外でもそうしたことはあるだろう。それが実情を反映しているかどうかに限らず
2011-05-02 01:40:11遊離するしない以前に、戦略・作戦・戦術に関する理論自体存在しないからだ。何故存在しないかといえば、「理論は当然現実と遊離するはずだ」という思い込みがあるためだろう
2011-05-02 01:49:59@bouninng 普通の人はそう考える。そして現実と理論とが互いに補完しあいつつより良いものを目指すのが当然だろう。しかしそれは望まれない
2011-05-02 01:54:23「自衛官は行動するのが任務であり、評論や考察は他に任せておけ」というのがこの商売でよく言われることである。まあ心情的には分かる。しかし専門的な行動の評価・考察は、少なくとも100%他に任せていいものではなかろう
2011-05-02 01:57:34実務者として考えるべきなのは原理原則ではなくて、「条件により変わるが、我が組織の通例としてはこうする」という目安だろう。これをドクトリンという
2011-05-02 02:03:08面白いのは、「我々は実務者である」と声高に主張する人ほど「原理原則」に拘って、その「原理原則」を実際に応用する方策には無頓着な事である。
2011-05-02 02:08:28そして例外なく、「仕事のできるできない」を持ち出す。平時の官僚業務の「できるできない」と戦時の作戦の「できるできない」とは全く別なのだが、その違いを考えることもない。
2011-05-02 02:13:46さらに一般的な歴史家が批判するような、通俗的な戦史研究がそれを後押しする。「この戦例は、これこれの原則を証明するものだ」という結論は、通常後知恵という
2011-05-02 02:20:50ポリシーと行動指針とクレドとドクトリンと原理原則と基本動作とプリンシプルとXXXXX WAYと、同じことをいっているような、違うことをいっているような
2011-05-02 02:23:31クレド:韓国語で「それでも」の意・・・だが、この場合はラテン語の「理念」で、戦略的な方針を決定するための、より高度の理想を表す
2011-05-02 02:36:25