クラウド・オン・ザ・ディープウォーター セグアム編#2】「排気島」

0
えみゅう提督 @emyuteitoku

ディープオーダーは北方の海を進む。ボトムレスの護衛に後左舷にスクトゥム、後右舷にチェルノボグ。そして、先頭には青いポリエチレン製の布をはためかせるブルーシート。青い影の先導で、ディープオーダーの航行速度は飛躍的に向上した。何せ、行く先に胡乱な群れがいないのだ。1

2019-01-27 03:25:51
えみゅう提督 @emyuteitoku

「チノ=リを活かせば実際有利、何て当たり前だがよ、土地勘ってすげぇな」スクトゥムはブルーシートの先導、ひいてはハーフフェイスの選んだ航路に感嘆を漏らす。ブルーシートの案内に従ってからというもの、文字通りに前が見えないほどひしめいていた深海棲艦の群れはどこにもない。2

2019-01-27 03:26:24
えみゅう提督 @emyuteitoku

「これがここの生き方なのだろうな」チェルノボグは生返事を返す。彼女の頭の中は、己のカラテの未熟さへの自責で一杯だった。腕がなまくらになるまでカラテを振るったというのに、単なる航路の選択で全てが覆された。彼女はこの海では、巨大な盤面に放り出された一つのポーンだった。3

2019-01-27 03:26:59
えみゅう提督 @emyuteitoku

チェルノボグは死を司る神と称されたカラテに自信を持っていた。単なる呼び名とは言え、彼女の実力を分かりやすく表した異名だった。それが今はどうだ、ただ前を歩くだけの言葉を解さない小型艦にも劣る力しか持たない。「道筋もまた、一つの大きな力、勉強になったな」4

2019-01-27 03:27:35
えみゅう提督 @emyuteitoku

「なあチェル。ところでよ、何人生きていると思う?」思い詰めるチェルノボグにスクトゥムが問いかけた。「全く謹慎がない問いだな」「ないからお前に聞くんだよ。今ならリンクスも聞いてねえさ。何人、残っていると思う」チェルノボグの気を紛らわすために、スクトゥムは重ねて問いかける。5

2019-01-27 03:28:20
えみゅう提督 @emyuteitoku

「良くて2、悪くて0だ」「ほー、俺は1か0かと思ってたぜ」意地の悪い返事だった。チェルノボグは冷静に応じる。「私たちが助けた友達で、確固たるエゴを持っているのは一人だけだった。彼女に副官を選ぶ資質があったなら二人。上に立つ覚悟がなければ、私達が助けた友達はセグアム島にいない」6

2019-01-27 03:29:11
えみゅう提督 @emyuteitoku

「おーおー、こりゃライオンハートには聞かせられないな」「そう思うなら口にチャックでも付けろ」「すまんすまん、俺も覚悟を決めたくてな。助けた奴らが一人もいなかった時に、どんな事を言えばいいのか考えておきたくってな」「そうか、それなら私の分も一緒に考えてくれ。杞憂ならいいんだがな」7

2019-01-27 03:29:36
えみゅう提督 @emyuteitoku

「まあ、それも大事だが、俺はあのハーフフェイスってのが気になってな。なんだか妙に物を知っているような感じでよ。何を話してんだろうなぁ」8

2019-01-27 03:29:53
えみゅう提督 @emyuteitoku

ボトムレスの船内では、ブルーシートから取り外されたバッジを中心に、ディープオーダーの面々が輪になって座っていた。皆、ハーフフェイスが話す北方海域の情勢に耳を傾け、各々が考えを巡らせる。「――つまりセグアム島は孤立しているのだな」率先して口を開くのはライオンハートだ。10

2019-01-27 03:30:40
えみゅう提督 @emyuteitoku

『無縁ではありません。けれど支援を受け難い立場にあります。今の北方海域には、極東のレムリアとウナラスカのバックマスター、二つの派閥に別れています。数だけならマスターを慕う島が多いですね。セグアム島はトモダチなる勢力を信じ、派閥に加わらないまま戦っています』11

2019-01-27 03:31:24
えみゅう提督 @emyuteitoku

ハーフフェイスの言葉を聞いてライオンハートは奥歯に力を込めた。トモダチになろう、その言葉が忌まわしき入江から助け出した友達の呪いになってしまった。けれど、同時に希望も芽生えた。「生きているんだな。私の友達が」『0ではない、と答えておきます。セグアムは…』12

2019-01-27 03:32:11
えみゅう提督 @emyuteitoku

ハーフフェイスの言葉が詰まった。返答を催促しようと乗り出したコールドレインを、ライオンハートの手が遮った。ディープオーダーはハーフフェイスの返答を待った。『――セグアム島は両陣営から威力偵察を受けたと聞いています。まず無事ではなかったでしょう』13

2019-01-27 03:32:45
えみゅう提督 @emyuteitoku

ライオンハートの顔に影が差す。確かに彼は囚われていた深海棲艦達を救った、解放しただけだった。その結果が既存勢力との板挟みだ。虐げられ、荒野に解き放たれる、それは彼が望んでいたことではない。[半面よ、いくつか問う]押し黙るライオンハートに代わって、フッドが弁を振るう。14

2019-01-27 03:33:25
えみゅう提督 @emyuteitoku

[アルフォンシーノ列島が二つの国家に分かたれていることは承知した。しかして、流浪の我らに厚意を献上する貴様は、レムリアとバックマスター、いずれに属する者ぞ]王剣の振動が荘厳に響く。心臓を鷲掴みにする、魂を縛る響きにハーフフェイスは軽い咳払いで声を整えた。15

2019-01-27 03:33:48
えみゅう提督 @emyuteitoku

『私はレムリア陣営に寄る者にございます。証はブルーシートが持つバッヂ、流れ星の標章はレムリアに属する証。されど、ウナラスカに従う身でもあります』[両国がそれほどの価値を見出す智栄を持つか。ならば貴様の艦級、及びダブルフックが許される己が価値を示せ、発言を許す]16

2019-01-27 03:34:54
えみゅう提督 @emyuteitoku

『鬼級装甲空母です』「んなっ?!」リンクスが驚嘆を漏らした。デーモンクラス、艦級だけでも恐るべき強者、その上艦種は装甲空母。深海式の装甲空母は、艦娘の装甲空母とは全く別物。航空、砲撃、雷撃、全ての戦局に対応できる万能艦だ。旧式なれど最前線に配置される傑作艦。17

2019-01-27 03:35:26
えみゅう提督 @emyuteitoku

「なぜ、装甲空母鬼が、一地方軍のシーソーの上?!この海には、何が――」[黙れ。見苦しいぞリンクス]フッドの威圧、ハーフフェイスへの疑念、二つに挟まれリンクスはビビったアフリカコノハズクめいて身を細した。『話を続けて構いませんか?』沈黙よりも前にハーフフェイスが船内の空気を震わす。18

2019-01-27 03:37:30
えみゅう提督 @emyuteitoku

[許す。好きに言葉を紡げ]『有難く頂戴します』バッヂの向こうでハーフフェイスが首を垂れた。敵わぬ者への平伏を弁えた振舞い、強者の在り方。『では、順序を整えるために名を知らぬ潜水艦の疑問に答えましょう』「あ、ドーモ、リンクスです」『よろしくリンクス。話し、続けるね』19

2019-01-27 03:38:15
えみゅう提督 @emyuteitoku

声質だけで艦種を特定された、だがその疑問は重要ではない。皆ハーフフェイスの次の言葉を待った。『私は遠くない過去に、北方を平定できないマスターに代わり、本営から派遣された代替品の一つでした。アルフォンシーノ列島とキリルアイランドを支配することが、命令でした』20

2019-01-27 03:39:40
えみゅう提督 @emyuteitoku

『残念ながら任務は失敗。私が選りすぐった部下十一隻は全滅、私も右目から顎下に掛けて半身消失。そして、レムリアへの隷属を条件に生かされました。右半身の傷が気圧によって痛むので天候の変化が予測できるんです。その能力を買われ、マスターの庇護下に入り、今に至ります』21

2019-01-27 03:44:26
えみゅう提督 @emyuteitoku

『今日は傷が痛む日です。こういう日は海底から抜け殻が――私たちがシーカーと呼ぶ深海棲艦が多く這い上がるのです。けれど、貴方達は運がいい、今日レムリアの陣営はアルフォンシーノに来ない日程なんです。もしも、あの魔人の手先に出会っていたら、半分を失っていたでしょう。私のようにね』22

2019-01-27 03:46:04
えみゅう提督 @emyuteitoku

デーモンクラスを含む連合艦隊が全滅、ライオンハートの脳裏にいつかの日に出会った重巡の左目に宿った煌めきが過る。(あの時、機嫌は損ねたが、遺恨はないと信じたいな)ディープオーダーは過去に幌筵島に混乱をもたらしたが、殺戮は行わなかった。情けは人の為ならず、巡って己を助く。23

2019-01-27 03:47:15
えみゅう提督 @emyuteitoku

ライオンハートの腹案は固まった。しかし、交渉のテーブルに立つはハーフフェイスとフッドの二人。ライオンハートは横やりを入れぬように唇に力を込めた。フッドが剣だけの身を震わせ言の葉を紡ぐ。[砕けた身で饒舌だな、褒めて遣わす。己が身を憩え、無理に働く要はないぞ“グナイゼナウ”]24

2019-01-27 03:48:15
えみゅう提督 @emyuteitoku

突如飛び出した名、返答は沈黙。「知り合いか?」ライオンハートが問う。[まあな、在りし日の我が玉座を目にした者よ。通信感度が良いからか、声色でピンとな]『ハハ…』ハーフフェイスは――グナイゼナウは笑った、『流石としか形容できません、マイティ・フッド。討ち取られようとも王は王か』25

2019-01-27 03:48:51