『魔法少女まどか☆マギカ』は『エヴァ』を超えたか。超えたんじゃなかろうか、ただし『シムーン』と同じ意味で、というお話。

『まどか☆マギカ』はもはや『エヴァ』後ではないという時代認識で作られているアニメ、あるいはもはや『エヴァ』後ではないからこそ受けた、という話。
魔法少女まどか☆マギカ まどか☆マギカ
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ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
『魔法少女まどか☆マギカ』は『エヴァ』を超えたか。超えたんじゃなかろうか、ただし『シムーン』と同じ意味で、というお話。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
『エヴァ』を超える、というのは、良きにつけ悪しきにつけ『エヴァ』によるACGカルチャーへの甚大な影響を克服するということに他ならないだろう。違う言い方をすれば、『エヴァ』後とは異なるステージへと移る、ということ。つまり「もはや『エヴァ』後ではない」といえる状況を示すということ。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
「もはや戦後ではない」という有名なフレーズは、GNPが終戦前の水準に達したときに用いられた言葉だった。GNPの落ち込みという形での終戦の影響は、確かに終わったのだ。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
これを『エヴァ』に当てはめるのならば、『エヴァ』以前にあってその後忘れられていたような作品の良さを今によみがえらせるような作品が成功裡に製作されるるのならば、『エヴァ』の影響は終わっていたのだと言えるということになる。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
これを『エヴァ』に当てはめるのならば、『エヴァ』以前にあってその後忘れられていたような作品の良さを今によみがえらせるような作品が成功裡に製作されたのならば、『エヴァ』の影響は終わっていたのだと言えるということになる。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
では、その後忘れられた『エヴァ』前の傑作とは何か。それはまさまざまに存在するが、『新機動戦記ガンダムW』をその代表例と考えることはそう批判される筋の話でもなかろう。1年間の放映期間のうち、後半の半年は『エヴァ』とまったく重なっていた、まさに『エヴァ』寸前のアニメである。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
『エヴァ』は終盤に向けて個別具体的な碇シンジが個別具体的なエヴァンゲリオン初号機に乗って戦う理由、そうすることが状況の改善、少なくとも現状維持につながるという確信が作品の内外双方で失われていくというどん詰まりの物語だった。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
『エヴァ』直前の『ガンダムW』は、ここまでどん詰まりには至っていない。ただ、戦う理由の判然としなさについては『エヴァ』と踵を接する位置に立っていた、とは言える。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
『ガンダムW』において、人々が戦う理由は二つ。一つ目は、平和を得るための必要悪として。これはむしろ古典的な発想というべきだろう。もう一つは、それ自体が美しいから。これも戦争アニメではないバトルモノの主人公の動機としてはありふれていたが、『ガンダムW』では戦う兵士の美しさのために
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
戦争まで起こす人物がいる。トレーズ・クシュリナーダである。「私は敗者になりたい」と「ことはエレガントに」を信条とし、ただ美しく戦う兵士のためだけに世を混乱に導く。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
トレーズは私利私欲ですらない何かのために世に混乱をもたらす悪人、とも言い難いカリスマ的なトリックスターなのだが、その彼のカリスマ性の一部として、自らの巻き起こした戦乱の中で命を落としたものたちの名前をすべて覚えている、というものがある。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
兵士たちの戦う姿の美しさを称揚し、その死を引き受け、悼む。マッチポンプではあるが、しかし真摯ではあるし、彼のために命を懸けた兵士たちが実際にいるのだから、これはこれで機能しているシステムと言わねばならないだろう。トレーズはまた、自らを一兵士として扱わないということもなかった。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
戦いを称揚し、その死を悼み続けるカリスマ。そして自らを兵士の例外とはしなかった。これはまるで鹿目まどかそのものではないか。魔法少女になること、魔法少女になって敵と戦うことを、まどかは最初から最後まで否定はしなかった。さやかの戦い方に文句はつけたが、それは根本的な批判ではなかった。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
そう、「ことはエレガントに、さやか」とそういうことなのである。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
『まどか☆マギカ』は戦う姿の美しさを肯定し、戦いの果ての消滅を寿ぐ。まどかの論理はトレーズの論理にほぼ等しい。ただ、戦いの美しさにまどかのほうがより強く動機に由来する部分を求めているだけだ。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
トレーズは放映当時からただの狂人として扱われる機会の多い人物ではあった(『ガンダムW』はそうではないキャラを探すほうが難しい特殊アニメではあるのだが……)。『エヴァ』直前のトレーズの狂気をやや薄味にして現代に甦らせたという意味で、『まどか☆マギカ』は『エヴァ』後を超えている。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
いっぽうで『シムーン』が何をしたのかについては昔 http://bit.ly/Zy8V8 書いたので詳しくはそちらを。さっくりまとめれば、「『ガンダムW』風な特殊作戦チームを舞台に、『マクロス7』的な祈りのモチーフを突き詰めた」。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
『エヴァ』直前の名作のもう一方の雄である『マクロス7』と『ガンダムW』を架橋した『シムーン』こそ、トレーズを現代に甦らせただけの『まどか☆マギカ』よりも深く『エヴァ』前を甦らせたエポックメーキングな作品というべきではあるだろう。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
ただ、『エヴァ』がもうあるんだからこの手は古いかな、というような発想に縛られる必要はもうおそらくないということではあるだろう。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
個人的には『エヴァ』の呪縛は『シムーン』で「あ、『W』って面白かったって言っていいんだ」、『XENOGLOSSIA』で「うん。ロボットアニメ、うん」、『破』で「ああ、ただすっごく面白いアニメの一つだ!」、『オカ学』で「あの時の俺たちは赦された……」という感じで解けた気がする。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
『エヴァ』に、ありがとう 『エヴァ』にさよなら そして 全ての『エヴァ』に おめでとう
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s
以上、長々とおつきあいいただきありがとうございました。

コメント

ド杉浦 @hugu100 2011年5月4日
比べるのが間違ってる気がしないでもない。エヴァと目指す方向も違うし。
じゃばおき @jabberokkie 2011年5月4日
シムーンてなに?話数はとりあえず越えてないよね。Wの話でてきてるしなにいってんだと思った。中学生なら仕方ないと思うけどそれ以上ならまとめ削除してもらった方がき吉。
karedo @susumu_karedo 2011年5月5日
「まどかはエヴァを超えた」って言ってる人って、比較する条件の無理矢理感が強すぎる気がするなぁ。エヴァとまどかの何を比較して超えたのかの論点が薄すぎる。出直して欲しい。
エターナル艦艦 @ss11223 2011年5月5日
アッコにさんに知られてやっとエヴァと同じ土俵に立てるんだよ。まどマギはまだエヴァの足元にも及んでない。ガンダムWは・・・なんでこの話に出したのか分からない。イケメンが自分勝手な理由でモブキャラ相手に無双するだけじゃないか
九郎政宗 @claw2003 2011年5月5日
(@∀@)実はシムーンはいま見ている途中なんでそれについてコメントはさけるけど、この論考のポイントは「エヴァというスタンダードから自由になった作品」というものを評価することにある。面白いのでぜひつづき希望。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s 2011年5月5日
わかりにくい気がするので補足。『まどか☆マギカ』はムーブメントとしては『エヴァ』を超えていないし作品の達成は単純には比較できないが超えていると言えるような基準の設定自体が難しい。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s 2011年5月5日
普通の意味では、だから『エヴァ』を超えてはいないんだけど、ここ何年か、「なんかもう『エヴァ』にこだわる時代でもないかな」という空気は出てきていて、その空気を『まどか☆マギカ』はそれなりに体現している、ということ。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s 2011年5月5日
そういう空気を体現した作品はしかし『まどか☆マギカ』だけではない。『シムーン』のほうが先行するし体現っぷりも上回っている。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s 2011年5月5日
で、その空気が体現されているなあと見ていて思えるポイントが、『エヴァ』のせいで忘れられた『エヴァ』前にやられていたようなことをやっているなあと思える点であるということ。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s 2011年5月5日
.@claw2003 さんのおっしゃる「エヴァというスタンダードから自由になった作品」というのはそういうことを言ってくださってるのかなあと思います。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s 2011年5月5日
で、俺はああ、そういやよかったのかと膝ポンしているわけです。マヌケ。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
自分の中では『エヴァ』は最初の劇場版三部作が終わった辺りで一区切りしてるので、呪縛云々という論旨には違和感がある。前世紀最後のメガヒットでその後大小の影響を残したのは事実だけど、ビジネスモデルでという意味だろう。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
だからその後の路線はキャラ物にぐっと集約されていく。売れる萌えキャラ物に。いかに宣伝して広めて儲けるか。だから『エヴァ』的な物は『エヴァ』以外売れないせいで、ロボ物など早々に駆逐されてしまった。ロボストーリー物が前世紀末から下降の一途をたどる。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
だから『まどか』が『エヴァ』を越えたか論争にはすごい違和感があって、コンテンツビジネスで言えば『まどか』はがんばってるけど、越えるのは難しい。でも作品としては好きだ。『シムーン』も好きなの。『W』も忘れられてない。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
自分の読解力に難があるのかもしれないけど、『エヴァ』という作品からはとっくに自由だ、と言いたいです。やっぱり論旨ちょっとわからない……。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s 2011年5月5日
そしてネタバラシすれば『まどか☆マギカ』って『ガンダムW』だよなってのだけが本当にイイタイコトであって『エヴァ』云々は半ば釣り! 事後釣り宣言かっこ悪い! gdgdでごめんなさい!
@Answ_Qt 2011年5月5日
これはアニメの面白さとか経済効果なんかで比較している話ではありません。あえて言うなら、「思想的な」もしくは「社会学的な」話。たぶん純粋にアニメが好きな方はあんまりご存知ないと思いますが、エヴァというアニメは学術的な論文の対象にもなっているようなものでして、そういう文脈の話です。と自分なりに補足してみます。
九郎政宗 @claw2003 2011年5月5日
話してるうちに書いているうちにまとまる話もあると思うのでしばらく様子見(@∀@)/「いったいどこからが『エヴァ後』だったか」というのも意見がわかれそう。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s 2011年5月5日
『まどか☆マギカ』は『エヴァ』を超えた言説に冷や水をぶっかけたい、とまどかってまるでトレーズ様だよなあと言いたい、を同時にやろうとしてこんがらがりました。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s 2011年5月5日
それはさておき、『エヴァ』を主たる模範にしているわけではないアニメというのは5年くらい前から出てきていて、『まどか☆マギカ』もそのひとつであり、そしてそういう状況を『エヴァ』が超えられたということは無理筋でもない。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
アニメ年表とかあればやりやすいのですけど。「思想的な」とか「社会学的な」というとこで、言ってみれば「エヴァ」は「新興宗教的な」とこはあったと思います。けれど10年経過してその片鱗は残っていないような気がするのです。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
TV当時はなんというかとちくるった部分にはまりましたが、今の「エヴァ」はすごく面白いけど、普通というか。かつてムーブメントがあったことは認めます。
ますたあ陽太郎4s @kaolu4s 2011年5月5日
主たる模範にしているわけではない大友向けアニメ、というべきか。子供向けはそこまでみんなエヴァエヴァしくなったわけではなかった。
@Answ_Qt 2011年5月5日
@mugitya30 ですので、これは面白い面白くない、という話ではなくて、そのアニメが(そのときの社会の)何を表しているのか、また後のアニメにどういった影響を与えたのか、という意味での、アニメの「強度」の話と言いますか…とりあえず「ポストモダン」「エヴァ」でググっていただけると大まかな文脈はわかるかと思います。内容の正誤は別として。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
購買力のある大人向けコンテンツは、バブルの頃から積極的に制作されているのです。『エヴァ』はバブル末期。
karedo @susumu_karedo 2011年5月5日
それなら何故エヴァをまどかと比較するのか。エヴァの何を超克したのか。俺の考えでは「自己とエヴァ(主にシンジくん)をつなぐ何か」があり「物語としてのエヴァと物語の外の世界をつなぐ何か」があったからこそ、皆必死になってこの二つの接点をあきらかにして、自分-エヴァ-世界というつながりを得ようとした。そうしなきゃいけないほどの切羽詰まった感を出すのが上手かった、というのが、エヴァが「他のアニメを超えた」理由だと思ってた。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
ちょうど強度というお話が出たので、「まどか」は震災を挟んで放送していて、制作の方でも危ぶまれている状況で放映に自信を見せていて、実際に見てすごい強度あるなと感じました。「まどか」と「エヴァ」を比較する人は、なにか共通するひらめきみたいなのを感じたんでしょうか。
@Answ_Qt 2011年5月5日
上の方の言うようにそもそも「超えた」というのが曖昧で、それに「エヴァの影響から解放される」ことと「エヴァを超える」というのは違いますよね。それがさらに適切な議論を難しくさせているのでは。個人的には、(根拠も何もないなんとなしの感覚だけですが)エヴァは超えていないと思っています。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
あの世紀末を体験するにはまた80年以上またないといけないわけで、そういう意味で「エヴァ」は特別だったと思います。「越えた」と言っている人は、なんでしょう。「エヴァ」と戦争でもしたいのでしょうか。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
「まどか」なら「エヴァ」と闘って勝てると思ってる。
karedo @susumu_karedo 2011年5月5日
でも、まどかにはそんな構図は無いと思うよ。作り手は視聴者を物語に導入させる気はあっても、あくまで「物語を楽しませる」認識しかない気がする。まどかたちを通じて何かを語りたいわけではない。まどかたちを救済したい思いはあっても、成長とか挫折と言った時間軸の話には流れない。つまりは「救いようのない発端」と「救済」を、「誰も触らなくてもよい物語」にしたと言えばいいのか。
karedo @susumu_karedo 2011年5月5日
だからこそ、視聴者は自我と作品とを結びつけなくて良いから、その救済を見て安心できるし、感動もしたんだろう。そういう意味では超えるも何も、普遍的な物語の枠組み、筋書きからは何ら超えてないと思うのだが。(じゃあそうなると、今度は何故一部特定の人たちはまどかを語りたがるのだろう、エヴァと比較したがるのだろう、という事にも触れないといけないと思うが)
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
良くできた物語は視聴者につけいる隙を与えない事が確かにあります。ただ「まどか」はもうちょっと身につまされる物語だったと思います。構造で言えば、「エヴァ」が受動から能動に、書を捨て町へ出ようとしたのに対して、「まどか」は頭っから能動でした。よく一般にもある、責任の所在や責任感に対する意識に、いろいろ訴えかけるところがあったと思います。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
ラストで世界に一定の変化がありつつ、新たに別の問題が発生しているところも、名を閉じて閉塞を受け入れるか、それとも傷つきながら先に進むかを問うている気がします。
karedo @susumu_karedo 2011年5月5日
でも、その「責任の所在」や「責任の意識」って、実際にはあるようで無い、曖昧で不可思議なものなわけで、もしそこに共感している人がいるのなら、「?」と思っちゃうんですけどね、俺は。
@Answ_Qt 2011年5月5日
そうですね。「超えた」云々の前に、「まどか」はなぜここまで語られるか、「まどか」は何が凄かったのか、何を表していたのか、という「まどか」に対する充分な批評が先な気もします。それまで、このまとめもひとつの意見として頭に留めておけばよいのではないでしょうか。
karedo @susumu_karedo 2011年5月5日
とても大事な意見だと思います。俺も、「まどか」を支持する人は、まず、「まどか」が何が面白いのかをまず語って欲しい。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
共感の部分というのは、例えば率先して何かを変えようとしたとき、袋叩きされたことがあるっていうような経験だと思います。それはあまり共有されないのかもしれませんが、ぼこぼこにされたことがあると、「まどか」に泣ける。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
「まどか」を最後までみて、私は「風の谷のナウシカ」を思い出しました。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
ナウシカ「その朝がくるなら私たちはその朝に向かって生きよう。私たちは血を吐きつつ繰り返し繰り返しその朝をこえてとぶ鳥だ!!」
三毛招き @mikemaneki 2011年5月5日
超えるの超えないのって言う比較自体が馬鹿らしいと思う。商業的にはともかく。「もはやエヴァ後ではない」的な意味では同意。
魔怒魔神 @mugitya30 2011年5月5日
なので「まどか」は非常にコンパクトなのに、葛藤をとてもわかりやすく描いているのが、すごいと思うわけです。
アニメ大好きハゲおじさん @Crimson_Apple 2011年5月10日
エヴァとまどかを比べることは出来ないと思うけど、シムーンとまどかを比べるってのは面白い。あれも魔法少女といえば魔法少女か。