日向倶楽部世界旅行編第73話「篠崎和枝は加賀になる」

激戦に次ぐ激戦の大会も終盤戦、全64チームはベスト4にまで絞られた。その中の一つデスメタルピースが、準決勝第一試合に臨む最上達の相手である。
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三隈グループ @Mikuma_company

「珍しい楽器だなぁ」 「血が出てるぞ…」 「流石です加賀さん!」 「加賀ちゃんの演奏にも注目がドッと集まってるって話よ」 「今日もよろしくお願いします」 「頼りにしてるわ」 「デスメタルピースとWヴィーストの試合を行います!」 日向倶楽部、この後21:00! pic.twitter.com/vw7Jjm4zSF

2019-02-12 20:45:31
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【前回の日向倶楽部】 扶桑です。 二回戦第4試合、ハラハラとしましたが流石は最上さんですね、足柄さんとの連携で華麗な逆転勝ちを果たしました。 そして大会はいよいよ準決勝、最上さん達の対戦相手はですめたるぴーす?という、艦載機を扱う人達だそうです。しかし、ここまだ勝ち上がって来た最上さ

2019-02-12 21:00:49
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【前回の日向倶楽部その2】 二回戦第4試合は、虎視眈々と布石を打っていたWヴィーストがナイツオブフラワーを打ち破って勝利した。 リリィレオンの語った一対一の決闘を無意味と断じた最上、その言葉に足柄は俯き、静かに水面を見つめるのだった。 そして迎える準決勝、その相手とは…

2019-02-12 21:01:52
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日向倶楽部 〜世界旅行編〜 第73話「篠崎和枝は加賀になる」

2019-02-12 21:02:45
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〜〜 決勝トーナメント二回戦が終了し、大会はベスト4まで絞り込まれた。 横須賀鎮守府より参戦、横須賀鎮守府親衛隊隊長「利根」と、妹にして副長「筑摩」の、「横須賀利根姉妹」 ここまで一切を寄せ付けぬ、まさに無双と言える戦いを見せて来たチーム。予選を含めた現在の戦績は9勝0敗。

2019-02-12 21:03:42
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伊勢型航空戦艦娘のコンビ、トラック泊地所属、重装備に身を固めた航空戦艦娘「日向」と、所属経歴共に不明、二本の刀を操る謎の航空戦艦娘「伊勢」の「なかよし伊勢型」 予選で一敗を喫したが、それ以降は危なげなく勝ちを重ねて来た手堅く戦うチーム。ここまでの戦績は8勝1敗。

2019-02-12 21:05:12
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「Wヴィースト」は、トラック泊地所属のベテラン艦娘二人組。甲板を盾や鈍器として扱う航空巡洋艦娘「最上」と、艤装すら引き裂く鋭利な爪の付いた主砲を扱う「足柄」のチーム。 機動力や火力のバランスが良く、総合力と対応力の高さを活かし、接戦を確実に制して来た。ここまで9勝0敗。

2019-02-12 21:06:27
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そして、「バルバトス加賀」と「バンドマン吉田」のチーム「デスメタルピース」 大会開始前は、インパクトだけの泡沫候補と軽んじられている面もあったチーム。しかしそれにも関わらず多くの有名艦娘を差し置いて勝ち進んできた、今大会屈指のダークホースである。 〜〜

2019-02-12 21:07:31
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〜〜 静かな港に、弦楽器の音が響く。白いフードを被って袈裟をかけた、まるで尼のような格好をした女性が、大きな弦楽器を弾いていた。 「珍しい楽器だなぁ、ギターとはまた違う音色だ。」 「ありゃあリュートだよ、ギターのご先祖みたいなもんさ。」

2019-02-12 21:08:52
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そう言って通りがかった男達は、立ち止まって演奏を聴き始める。 リュートは、ルネサンスの時代にヨーロッパで流行した弦楽器である。当時は王族までもが習おうとした楽器の王様とも言うべき代物だったが、時代の流れと共にギターやバイオリンに代わられ、現在は古典楽器のくくりである。

2019-02-12 21:10:17
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リュートの特徴は、ギターに比べ柔らかい弦にある。その為、弾くというよりは優しく撫でるような、繊細で柔らかな演奏技術を要求される。 女性はそんなリュートを、無言で静かに弾いていた。 「静かで落ち着くねぇ、海風が唄っているようだ。」 缶コーヒーを飲みながら、水夫の男が唸る。

2019-02-12 21:12:06
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彼の言うように、女性の演奏は静かであった。少し大きな声で話せばかき消えてしまいそうな、儚く、静かな音色。細い指でかき鳴らされるその音は、尼に似た彼女の背格好もあり、まるで鎮魂歌の様でもあった。 だが次第に、彼女の指先が鋭く動き始めた。 「なんだ…?急に音が大きくなったぞ?」

2019-02-12 21:13:23
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聞き入り始めていた聴衆達の前で、女性は弦を強く弾き始める。リュートの演奏が次第に大きくなり、激しくかき鳴らすそれは叫び声に変わっていく。 柔らかな弦は千切れ飛んでしまいそうな程強く揺れ、激しく嵐が吹きすさぶ。港に咆哮の様な演奏が鳴り響き、聴衆の心を釘付けにする。

2019-02-12 21:14:49
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やがてその音が、何よりも激しい叫び声に変わった頃。 ぷつり という音と共に、演奏が終わった。 「お、おい…見ろ…」 彼女のかき鳴らしたリュートの弦が、全て千切れていたのだ。 「おいあんた、血が出てるぞ…」 聴衆の男が、真っ赤な血を付けて垂れ下がった弦を指差す。

2019-02-12 21:16:15
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リュートをかき鳴らしていた女性の指先には、夥しいほどの血が付いていた。その様はとても痛々しかったが、彼女は一言も発することなく、俯いていた。 「な、なあ行こうぜ、気味が悪りぃよ」 「あ、ああ…。あんた、いい演奏だったぜ」

2019-02-12 21:17:58
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電池の切れてしまった人形の様な姿を不気味に思い、聴衆達は散り散りになっていく。すると聴衆達をかき分け、一人の男が女性に近寄っていった。 「加賀ちゃん、こんなとこにいたのか」 加賀、男は女性をそう呼んだ。だが女性は反応せず、下を向いている。

2019-02-12 21:19:25
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「ああ…指が切れちゃってるじゃん、手貸して。」 男は加賀の手を取ると、指先をハンカチで拭い、傷をガーゼで丁寧に巻いた。その間も、加賀は無言であった。 「…よし、戻ろう」 手当を終えると、男は加賀の手を揺すって言った。すると加賀は、無言でそれに従い、男の後を歩き始める。 〜〜

2019-02-12 21:21:05
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〜〜 篠崎和枝は、夢見る少女であった。小さい頃から音楽が好きで、買った音楽プレーヤーを何度使い潰したか分からない。 中学も、高校も、社会人デビューを先延ばす為の二流大学でも、いつだって音楽に没頭していた。バイト代をつぎ込んだ安いギターをかき鳴らし、湧き上がる声を歌にしていた。

2019-02-12 21:22:29
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食べるものに困ろうとも、音楽だけは何一つ妥協しなかった。友人に土下座をして金を借りてでも、好きなバンドのコンサートには必ず出かけた。音楽が好きだった。 それ程に彼女は音楽へ情熱をかけていたが、才能には恵まれなかった。駅前で歌う彼女の前では、いつだって閑古鳥が鳴いていた。

2019-02-12 21:24:07
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当然、周囲はそんな彼女を馬鹿にする事も多かった。何枚かの10円玉が放られた古い缶ケースを前に、平々凡々なギターをかき鳴らす。常にヘッドホンを付けて、現実を遠ざける様に荒々しい音楽を聴く。 多くの者達にとって和枝の姿はどこまでも滑稽で、逃避で、興味をそそられないものだった。

2019-02-12 21:25:34
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それでも、和枝は音楽が好きだった。誰に愛想を尽かされても、手入れのされた安物のギターにしがみついていた。 だが、時の流れは夜を明けさせ、夢を覚ます。 大学を出て、何とか就職できた小さな会社。夢を見る余裕など無い、くたびれきった者達の世界で、和枝の新たな生活が始まった。

2019-02-12 21:27:45
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新しい生活は、とても窮屈だった。必死に仕事を終わらせ、作った僅かな時間でギターを弾いた。 夜の遅い時間、缶にはほとんど何も入らない、それでも弾いた。翌朝、駅前で歌っていた事を知った社長に怒鳴り散らされても、音楽に妥協はしなかった。 それでも、それでも、夢はどんどん遠ざかる。

2019-02-12 21:29:45
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運命が変わったのは、和枝が25歳の時であった。 海に現れた深海棲艦、その襲撃のあおりを受けて、彼女の勤め先は倒産した。 残された奨学金や借金、ネットカフェで見つけた貼り紙、それを前に和枝は一つの決意をする。 彼女は夢の為に、当時最も危険な仕事を選んだ。

2019-02-12 21:31:59
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艦娘、それは無尽蔵に現れる深海棲艦に対抗する為、集められた戦士達。 やる事は、未知の化け物と戦う事。 集ったのは、様々な事情や想いを抱えた若者達。 今と違い、当時の艦娘というのはただならぬ仕事であった。慣れない武器を持ち、命を懸けて未知の化け物と戦うのだから。

2019-02-12 21:33:37
三隈グループ @Mikuma_company

だが当然、報酬も破格だった。命より夢を、夢の為に金を、そういう貪欲な活力に溢れた者達が集ったのだ。 そして和枝も、そんな者達の一人であった。夢と命を懸け、海原へ飛び出した。 それは危険な事だった。 でも、止める者は殆ど居なかった、家族すら止めなかった。皆、彼女の事など忘れていた。

2019-02-12 21:37:59