日向倶楽部世界旅行編第73話「篠崎和枝は加賀になる」

激戦に次ぐ激戦の大会も終盤戦、全64チームはベスト4にまで絞られた。その中の一つデスメタルピースが、準決勝第一試合に臨む最上達の相手である。
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三隈グループ @Mikuma_company

しかし、人の才能というのは意外な場所で花開くもの。艦娘となった和枝は類稀なるセンスを発揮し始め、なんと深海棲艦と戦う戦士として頭角を現し始めたのだ。 艦娘の艤装を扱う感覚は、楽器のそれに似ていると言われる。その感覚を和枝はあっという間に掴み、使いこなしていった。

2019-02-12 21:40:04
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篠崎和枝、音楽家としての人生は鳴かず飛ばずだったが、艦娘としての人生は順風満帆と言えた。 やがて艦娘名「加賀」を与えられると、多くの仲間に慕われ、深海棲艦を狩るエースとして前線に立ち続ける事となった。 その時間は、他人から見れば彼女にとって最も充実した時間であっただろう。

2019-02-12 21:41:51
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「流石です加賀さん!」 「加賀さんと共に戦えるなんて光栄です!」 「また加賀さんが敵を殲滅したぞ!」 航空母艦娘「加賀」を、人々は讃えた。音楽をしている間はする事のなかった、成功という体験。それを繰り返すうち、篠崎和枝はいつしか優秀な艦娘「加賀」となっていった。

2019-02-12 21:43:28
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だが、和枝がなりたかったのは、したかったのは音楽だった。ギターをかき鳴らし、魂を叫ぶ、そういうもの。 しかし深海棲艦との戦いと、彼女自身の持つ艦娘としての才能は、そうなる事を、貧乏な音楽家に戻る事を許さなかった。 彼女は加賀として、成功者としてあり続ける事になった。

2019-02-12 21:45:13
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周囲に押され、加賀として戦い続ける日々。最後にギターを弾いたのがいつなのか、思い出せなくなるのは早かった。 海の上で声を張り上げ、潮風に喉をやられる事が増えると、次第に口数も減っていった。 戦場では熱く、それ以外は寡黙な人。加賀はそんな風に言われるようになった。

2019-02-12 21:47:19
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「これで良いのかもしれない」 加賀として、成功者としての暮らしは、彼女の心にそんな想いを映し出していた。食うには困らず、周囲からは尊敬され、借金はおろか貯金まで出来た、何一つ不自由のない加賀としての人生。 いつしか安物のギターは、埃を被るようになっていた。

2019-02-12 21:48:27
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やがて、反攻作戦も大詰めに差し掛かった頃。艦娘も増え、設備や装備も洗練され、艦娘に一騎当千の活躍が求められなくなった頃。 第一世代の艦娘として大成し、すっかり大ベテランとなった加賀も、その頃になると余暇を過ごす余裕が出てきた。

2019-02-12 21:50:27
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ある日、加賀は部屋で音楽を聴いていた。大きなオーディオコンポで、リラックス出来るからと勧められた、よく聴く落ち着いたクラシック曲を聴いていた。 茶を飲み、騒がしい戦場を離れてゆったりと過ごす時間。忙しく疲れていた彼女の、よくある休日だった。

2019-02-12 21:51:44
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そんな時、ふとした弾みか機械の不調か、普段は聴かない曲が流れ始めた。 それはけたたましいボーカル、激しいドラム、耳をつんざくようなギターの音が入り混じる騒音だった。 加賀は騒がしいその音を、すぐに切ろうとした。だが不思議と切れなかった、自分の中で何かが動いていたのだ。

2019-02-12 21:53:15
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ふと気付いた時には、彼女は部屋を探し回っていた。部屋中をひっくり返して、あるものを探し続けた。 そして、それは見つかった。厚く埃を被った、優秀な艦娘加賀には似つかわしくない安物のギター。何故か分からないが、そのギターに彼女は惹かれ、手に取った。

2019-02-12 21:54:37
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だが、そこで終わった。手に取って、終わった。 何も起こらないのだ、何も、起こらない。 加賀の中に何かが蠢き、湧きあがろうとしていた。でも何も起きない、ギターは音を鳴らさず、魂は呻き声すら上げようとしない。 思い出そうとしても、何も起こらなかった。部屋はしんと静まり返っていた。

2019-02-12 21:55:29
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加賀の中で、何かが壊れた。埃にまみれたギターを持ったまま、その場を動けなくなった。何かを思い出そうとして、思い出せなくて、動く事も何も出来ず、そして。 その日、彼女は声を失った。 〜〜

2019-02-12 21:56:54
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〜〜 「加賀ちゃ〜ん、そろそろ時間だゼ」 準決勝第一試合は、デスメタルピースとWヴィーストの対戦。控え室で吉田は時計を確認すると、無言の加賀に声をかける。 「スタジアムは今日も人が沢山だゼ、加賀ちゃんの演奏にも注目がドッと集まってるって話よ、バリスゲェよな!」

2019-02-12 21:57:55
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吉田は明るい調子で言った。彼の言う通り、スタジアムは人で埋め尽くされている。予選から動員数は増え続け、準決勝となった今では立ち見すらも埋まりかけている。 「ここで演奏したらさ、武道館なんて目じゃねーってハナシよ!アゲアゲでさ…!」 吉田は熱く語る。

2019-02-12 21:59:12
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しかし、彼とは正反対に加賀は沈黙のまま。まるで人形の様に、自分のリュートを抱えていた。 「バルバトス加賀さん、バンドマン吉田さん、出撃ドックまでお願いします。」 「おう、今行くぜ」 スタッフの催促に答えると、吉田は加賀の手を取って立ち上がらせる。

2019-02-12 22:00:20
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「…行こうぜ加賀ちゃん、聴いてくれる人が待ってる」 背中を押すような吉田の言葉に、加賀は何も言わない。吉田は唇を震わせながら、沈黙する加賀の手を取って歩き、控え室を後にした。 〜〜

2019-02-12 22:01:51
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〜〜 「さあ、大会も残すところあと三試合となりました!」 外から大きなアナウンスと、割れんばかりの歓声が聞こえて来る。それを聞きながら、足柄は静かに目を閉じていた。 彼女と最上のWヴィーストは、予選を含めてもここまで全勝、圧倒的な成績を収めている。

2019-02-12 22:03:17
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対戦相手のデスメタルピース、そして準決勝進出を果たしているなかよし伊勢型は予選で一敗。Wヴィースト以外で無敗を守っているのは、優勝候補と名高い横須賀利根姉妹だけだ。 横須賀利根姉妹と肩を並べる成績、艦娘に詳しい者なら、その意味をよく理解出来るだろう。

2019-02-12 22:04:14
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だからと言って、いくら持て囃されたところで、足柄に慢心は無い。そもそも周りの評価など、彼女の中では何の意味も無かった。 「相手は艦載機が主体ですね、早めに距離を詰めます?それとも待ちますか?」 そんな彼女に、主砲を摩りながら最上は軽い調子で訊ねる。

2019-02-12 22:05:19
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最上もまた、周囲の評価に対する執着は無かった、カッコいいとかカッコ悪いとか、その程度の認識で終わっていた。そういう部分があるから、躊躇いなくクレバーに勝とうとするのだろう。 その点で足柄は彼女と気が合った、熟練の艦娘同士という部分を差し引いても、お互い合わせやすかった。

2019-02-12 22:06:29
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「そうね…相手は艦載機一本でここまで勝ち上がってるのだから、当然腕は立つはず。待ちに対する回答は間違いなく用意してるでしょうし、待ったところでジリ貧になるでしょうね。」 彼女は共に戦う仲間として、勝つ為の言葉を送る。すると、最上はふむふむと頷いた。

2019-02-12 22:08:14
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「じゃあ攻める方針ですね」 「ええ、相手に何か奥の手があるにせよ、こちらの攻撃が届かなければ話にならないわ。とにかく距離は詰めましょう、そうすれば、貴女の瑞雲も有効打になる。」 なんだかんだどの試合も攻める展開になっているのは、彼等の中にある自信や性格の表れと言えるかもしれない。

2019-02-12 22:09:05
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「そうですね…じゃ攻めましょう。今日もよろしくお願いします。」 「ええ、頼りにしてるわ。」 二人はそう言い合い、口を閉じた。対戦相手の情報はお互いリサーチ済み、作戦会議はこの程度のコミュニケーションで十分だった。ここまでの試合も、概ねこんな調子で勝って来た。

2019-02-12 22:11:07
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間も無く試合が始まる、とうに準備の終わっている二人は、ジッと前を見据えた。 「ただいまより、準決勝第一試合…デスメタルピースとWヴィーストの試合を行います!」 外からのアナウンスが鳴ると、歓声も沸き起こる。それに呼応する様に、出撃ドックの中で機械が蠢き出した。 準決勝が始まる…

2019-02-12 22:11:55
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第73話 「篠崎和枝は加賀になる」 おしまい

2019-02-12 22:13:02