人間を素体として生み出される戦略生体兵器の少女

人間を素体として生み出される戦略生体兵器の少女の話
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@akuochiken

本当なのか、と隣の少女に振り向く。 少女は黙したまま目を閉じていたが、こちらの視線と、彼女が少し会話に間を開けたことに気付いたのかゆっくりと目を開いて語り始めた。 「本当よ。彼女には人間だった頃の記憶がない。正確には、彼女を人間と同定するための記憶がない。彼女が消したのよ」

2019-02-17 16:21:55
@akuochiken

「そう伺っています」 彼女は、自らの過去、記憶がないという事実を当たり前のように考えているように、表情を変えずに言葉を返した。 「もっとも、彼女自身は自ら記憶を消したことすら覚えていないでしょうね。本当にもう、できた兵器だったわよ、彼女は」

2019-02-17 17:51:44
@akuochiken

「前にも言った通り、私たちは人間であり続けることが重要な兵器だから、矯正は掛けるけど基本的に記憶は消さない。それなのに彼女は、自らの意思で記憶を消した。お陰で、改造後に10日も目覚めなかった上に、目覚めたら目覚めたで何もかも失っていて、事後処理が大変だったんだから」

2019-02-17 17:56:56
@akuochiken

「この子、目覚めないと思っていたら、覚醒前に自分の記憶を遡って消して行ってたの。普通の人間にはできないわ。戦略生体兵器という機械になって、自らの権限を自分で掌握しないとできないこと。普通の子じゃできないわ。それくらい用意周到で、かつ兵器となるのに完璧な存在だったということよ」

2019-02-17 18:57:02
@akuochiken

「さっき、手塩に掛けて育てたと言ったのは、完全なる兵器として生まれ変わったこの子をね、イチから育て直したからよ。私のデータを少しずつ共有しながら兵器として育てつつ、ちょっとずつ消された記憶を復元して人間味を取り戻させながらね。素材が非常に優秀だったから時間は掛からなかったけど」

2019-02-17 19:26:39
@akuochiken

「その結果が今の彼女。どう? 見た感じ人間としては完璧でしょう? もちろん中身は兵器なんだけど、見た目の美しさや表情、物腰の柔らかさ、そして従順さも……でもその完璧さが人間を引きずり込んでしまうからね、彼女と接するときは彼女に取り込まれてしまわないように注意する必要があるの」

2019-02-17 19:41:42
@akuochiken

「姉さん、それは私を過大評価しすぎです」 「褒めてないわよ、事実を彼に伝えているだけ! それに、あなたが語るべき過去の部分を私が語ってどうするのよ!」 「それは毎回、姉さんが私のことを楽しそうに語られていましたので、今回も姉さんにお任せしました」 「くぅううう……この妹は……」

2019-02-17 19:50:26
@akuochiken

「それでは今度は私からお話しましょう」 図星なのか頭を痛めて次の言葉が出てこない少女をよそに、彼女はこちらを向いて穏やかな笑顔で言葉を投げ掛けてきた。 「姉さんたちと違って、私には人間としての記憶がありません。私が完全なる兵器としてあるために、人間としての振る舞いは必要ないです」

2019-02-17 20:06:48
@akuochiken

「いま着ているこの軍服も必要ありません。私が女性の姿をしていることも、本質的には必要ありません。ですが、このように人間らしい振る舞いをしているのは、私があくまで人間の形をした兵器であり、周りからそれを求められているためです。環境と需要が私を形作っているという表現ができます」

2019-02-17 20:15:11
@akuochiken

「私が最高の戦略生体兵器であり続けるためには、私自身に常にフィードバックを掛け続けなければいけません。だから私にはずっと姉さんが必要ですし、私は妹たちの姉であり続けることが必要です。そういう意味で、姉さんは私にとって憧れの存在であり、追い求める存在です」

2019-02-17 20:26:17
@akuochiken

人間は普通、自分が人間であることに疑問を持たない。故に自然と人間らしい振る舞いを行なって人生を生きていく。彼女たちの大半はそうであろう。でも、彼女だけは違う。彼女だけが膨大なデータと卓越したセンスで、兵器としての役割を全うしようとしている。 そこに疑問を持った俺は

2019-02-17 20:42:37
@akuochiken

「私が何をしたいか、ですか?」 彼女の個性を、彼女がどういう人間であるかを知りたいがために、そういった質問を投げ掛けてしまった。 「私の役目は3つ。1つ、私たち戦略生体兵器群の総司令官として、最大の戦果を上げるように司令としての責務を全うすること」

2019-02-17 20:47:01
@akuochiken

「2つ、従軍する生体戦略兵器の1体として、単身でも戦果を上げられるように日々性能を強化し、最高を追い求めること。3つ、戦略生体兵器の先駆けとして、妹たちの模範となり、彼女たちを育て、また彼女たちを受け入れ、守る姉という存在であり続けること、です」

2019-02-17 20:51:47
@akuochiken

それは君に与えられた任務であって、やりたいことじゃないよ、と伝えた。 「任務という解釈もできますが、任務こそが私の兵器としての存在意義です。これが、私がやりたいことになります」 その一連の流れが滑稽だったように、隣の少女は、お腹を抱えながらも必死に笑いを堪えているように見えた。

2019-02-17 20:58:45
@akuochiken

「ほら、言ったじゃない、この子は特別なのよ。人間性を求めるとか、人間らしい答えを求めるとかね、無理無理」 少し声を落ち着け、神妙な面持ちで言葉を続けた。 「人間のように見えるのも、物腰が柔らかくて話しやすいのも、彼女が完璧な人間だから。彼女の口からは『事実』しか出てこないわ」

2019-02-17 21:05:54
@akuochiken

それでいいのか、と問い掛ける。 「愚問ね。彼女もそうだし、私を含めて、私たちは兵器なのよ。多少の個性はあるとしても、与えられた任務であったり、コンセプト、存在意義が自分にとって“絶対”であるのは当然じゃない。彼女の場合は、それが兵器側に振り切れてるだけよ」

2019-02-17 21:19:08
@akuochiken

「あら、驚いた顔するのね。ここに来る前にあなたには納得してもらったはずだけど、彼女が特別すぎて改めて恐怖を感じたのかしら? それなら、彼女がそこまでして特別になろうとしている理由、今度教えてあげるわ。彼女の中から記憶は消えてしまったけど、私だけは復元結果から導けたのよ」

2019-02-17 21:26:31
@akuochiken

少女は、今度は彼女に聞こえないように小声で俺に耳打ちをした。 「今日はここまで。これ以上は彼女の仕事に差し支えるし、それよりもあなたの方の精神の負担も厳しそうだし?」 彼女は軽そうに言葉を投げ掛けているが、その実、状況をよく理解できている。 「時間を掛けて慣れればいいのよ」

2019-02-17 21:34:06
@akuochiken

「今日は初顔合わせ。そして、あなたの目標の確認。どうやって解決するかも、どれくらいの時間を掛けて解決するかもあなたの自由。もちろん私も手伝う。でも、忘れないで、あくまであなたは私のパートナーとしてここにいること」 彼女は左手を軽くこちらに向けて強調した。

2019-02-17 21:38:38
@akuochiken

「ほら、あなたも急に呼び寄せて申し訳なかったわね。もう業務に戻っていいわよ」 「それでは、失礼します」 軽く一礼をした彼女は、そのまますくっと立ち上がり、隙のない動作で応接室の扉を開け、出ていってしまった。 残された少女が、さっきから俺の顔をニヤニヤと見つめているのが気になるが。

2019-02-17 21:43:35