人間を素体として生み出される戦略生体兵器の少女

人間を素体として生み出される戦略生体兵器の少女の話
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@akuochiken

「あなたに何が分かるというの、私の、私たちの苦しみが」 機械的装甲を身に纏っている目の前の幼い姿の少女は、機械故に感情の起伏は抑えられ、こちらを見る瞳も冷え切ってはいたが、人間らしい感情で言葉を投げ掛けてきたのは感じられた。 「私たちがどんな気持ちで戦ってきたのか……!」

2019-02-11 12:12:14
@akuochiken

「知ってる? 私たちのような戦略生体兵器がどうやって生まれてくるか?」 こちらに正対し直した彼女。 全身を覆う黒い装甲と、飛行翼といった装備は、彼女が人間と機械が融合した兵器であると実感するに相応しい見た目であった。 その全身が、彼女の感情に応えるように、僅かな光が明滅していた。

2019-02-11 12:18:08
@akuochiken

「文字通りよ、『人間』を素体にして生み出される……人間を改造して、こういう風な兵器に仕立て上げるの。いまはね、技術の進歩も倫理規定も改善されて、生まれながらにして生体兵器となる子もいるけど、昔はそうじゃなかった。志願するのよ、兵器に改造されることを!」

2019-02-11 12:22:27
@akuochiken

「私いくつに見える? 8歳くらい? もう少し上で12歳くらい? 違うわ、もう20も後半の大人のお姉さんよ。生体兵器に改造されたときから私の身体は成長しないの。それくらいの年月、私は戦い続けているの。そして、運命を同じくする子たちが生み出され、戦う兵器となっていくのを見続けてきた」

2019-02-11 12:29:31
@akuochiken

「……仕方なかった。私の人間としての過去も運命も変えられなかった。唯一変えられるのが、これに志願することだった。そんな結論に至るくらいにはませた子供だったと思う。だから後悔もした。歳を重ねるごとに、この身体が呪われたものだと憎悪に蝕まれることもあった。でも……」

2019-02-11 12:36:32
@akuochiken

淡々と言葉を紡ぐ彼女の顔は少し歪んだが、両目からこぼれ落ちるはずの涙が出せないのだと悟った。 「死ねないのよ。物理的に死ぬことじゃない。私と関係性を持った子たちが、戦場で果てていく中で、私に全てを託してくる。『お姉ちゃんなら私の無念を晴らしてくれる』と、兵器となった彼女たちが!」

2019-02-11 12:41:37
@akuochiken

「たぶんね、私だけが覚悟が薄かったんだと思う。兵器として戦う動機が不純。他の子は、覚悟があって……いや、兵器になる過程で、そういう感情は矯正されたのかもしれない。もう、あの頃生まれた兵器の中では、私が唯一かな、生き残りで、実際にどうだったかは振り返ることはできないけど」

2019-02-11 12:48:00
@akuochiken

「さっき、死んだ子が私に託してくる、って言ったじゃない。あれは比喩でもなんでもなくて、戦場から回収された私たちの残骸から、データを抽出して、私にフィードバックされるのよ。私を、私たちをより完全な戦闘兵器にするために。そんな残酷なことを、もう何年も十何年も繰り返してきた」

2019-02-11 12:52:44
@akuochiken

彼女は両手を自らの胸に当てて、そっと目を閉じた。彼女が人間の少女であったのなら、悲しみに胸の痛みを感じる仕草であろうそれも、おそらく彼女には胸の痛みも感じられないのであろう、感情ではなく、自らに積層されたデータの塊を過去に遡っているような、そんな“挙動”に見えた。

2019-02-11 12:58:01
@akuochiken

「戦場で果てていった子が、どういう考えで行動していたとか、どういう攻撃を受けたとか、またはどういう残酷な光景を最期に見たとか、そういう情報がダイレクトに私の中に流れ込んでくる。最初は抵抗した、気が狂いそうになった、なんで私が“彼女の死”を私のものとして受け入れないといけないのかと」

2019-02-11 13:03:48
@akuochiken

「でも、ある程度の数、流れ込んできて気付いた。彼女たちはネガティブな感情を持っていない。兵器になったこと、戦場で死んでいくこと、いわば彼女たちが戦略生体兵器になった事自体に後悔していない。それどころか、私に、彼女たちにとっての姉に、私の命が役に立つのならと託してくれている」

2019-02-11 13:07:19
@akuochiken

「だから、私はずっと彼女たちの姉で居続けようと思った。データのフィードバックがあるごとに、『おかえり』と彼女たちに言葉を投げ掛け、彼女たちの“死”という事実を、戦略生体兵器として受け入れる。それが、いまの私の役目」 再び目を開いてこちらを見ている瞳の奥に、彼女の心の安らぎが見えた。

2019-02-11 13:09:55
@akuochiken

「さっきは感情的になってしまってごめんなさい。改めてようこそ、私たち戦略生体兵器の研究所へ。そしてはじめまして、私の新しいパートナー、でしょ?」 彼女は、彼女ができるであろう最大の表情で、こちらの手を向けて微笑んだ。 「あら、そんな顔して不安にならなくていいのよ」

2019-02-11 19:47:41
@akuochiken

「さっきも話したように、見た目はこんな少女だけれども、中身はそこそこのお姉さんだから、歳の離れた兄妹というよりは、歳の近い姉弟と表現したほうがあってるかと……でも、くすくす、あなたのこと、『お兄ちゃん』って呼んでみるのも面白いかもね」

2019-02-11 20:24:20
@akuochiken

兵器として長年洗練されてきた彼女であっても、考えていること、そしてその人間の少女らしい挙動は変わらないのだと思った。 「ま、それは冗談よ。私も、私たちも、見た目はそんなに重要視していない。それと、経てきた年月……年齢もね。知識なんてのはデータベースにアクセスすればすぐに手に入る」

2019-02-11 20:28:22
@akuochiken

「だからこそ、私たちは人間であり、人間の姿であることに拘るのよ。過去から現在に掛けて、どんな膨大なデータを得られたとしても、それをどう解釈して、どう活用するか、それは人間にしかできない。多くの同胞の死を物理的に受け入れて来た私がそれをよく知っているし、上の人間はそれを私に求める」

2019-02-11 20:33:38
@akuochiken

「あなたを、人間を私のパートナーとして受け入れるのは、私が人間という形を失わないため。それが表向きの理由。人間と直に触れ合うことで、物理的なフィードバックを私の身体に掛けて、私を、私たちの『お姉ちゃん』であり続けさせるため」 表向きの理由ということは、裏の理由は? と聞いた。

2019-02-11 20:36:17
@akuochiken

「あら、鈍いのね、あなたも。私があなたに興味がある、と言ったらどうかしら、『お兄ちゃん』?」 再び機械らしい冷たい表情、冷たい目で、こちらを見てくる。 少したじろいだ。 俺に、このような妹がいたことはないし、懇意にしてきた年下の女性なんて……いや、記憶が曖昧なだけでもしかしたら……

2019-02-11 20:45:10
@akuochiken

「……冗談よ。ほら、あなたがこの研究所のことを深く知っておくことは、あなたのためになるし、私たちのためになる。私がそう考えたから、あなたをここに呼び寄せるように上に依頼したの」 再び緩んだ顔は、先程の少女と違わない、機械ながらも柔らかい印象を受け、少しだけ安堵した。

2019-02-11 20:46:47
@akuochiken

「そうだ、あなたに会わせたい子がいたんだった。真っ先には難しいと思ってたんだけど、ちょうどここに帰ってきたタイミングだったのよ。ほら、ここの正門から入ってくるときに、白い軍服に身を包んだ長身の子とすれ違ったでしょ? あなたもよく知ってる子、私たちの至高にして最強の戦略生体兵器」

2019-02-11 20:53:14
@akuochiken

「さっき、昔は私たちは人間を素体にして生み出されたって説明したでしょ。“人間だった人間”を素体にするのは彼女の代でそれが最後。そして、最後にして最高傑作が生まれたってわけ。私も手塩に掛けて育てた子だものね。私を含むこのシリーズは、生き残りがもう少ないから希少な体験になるわよ」

2019-02-11 21:04:20
@akuochiken

さっきすれ違った際、少女と表現するにはかなり大型だが、それでも大人の女性と呼ぶには少しだけ幼いような、そんな曖昧な印象を受けたが、その目を見た瞬間に表現できない恐怖で少し震えてしまった。 それが、今目の前にいる少女たちの中で最高の性能を持つ兵器なのだとしたら……と身構えた。

2019-02-11 21:08:34
@akuochiken

「あはっ、はっ、そんなに身構えないでよ。怖かったの? 大丈夫大丈夫、彼女は見た目はそっけないけど、きちんと話し合えば普通の女の子なんだから。それに、彼女は私に絶対に逆らえない。従順な子なんだから、彼女とあなたの間の問題は私が解消するから、安心して私についてきてよ」

2019-02-11 21:16:22
@akuochiken

よくよく考えたら、目の前にいる少女は、今では彼女たち戦略生体兵器の中で最も年長者なのである。後から生み出される兵器の方がより高性能なのであろうが、機械、もっと言えばデジタルであるが故に先行機の方が権限的に強いのかもしれない。

2019-02-11 21:23:23
@akuochiken

そういう自信が彼女には垣間見えるし、それ故に再び目の前の少女を怖いと思ってしまった。 でも、その「怖い」は身体の奥底から震え上がる生物が感じるような恐怖ではなく、「このババァ怖いこと考えてんな」くらいの一笑に付すことができるようなポジティブな感情であった。 「……聞こえてるわよ?」

2019-02-11 21:25:39