ウォルフラム一味脱獄話

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矢口@ @YaguchiSumi

男の物腰は拘置所に現れたときから終始穏やかだった、ソキルが抵抗しなかったからかそもそも傷つける気はないのか。ソキルは床に、男は木箱の腰掛けている「君が大人しく付いてきてくれるとは思わなかった」男が口を開く「アンタのおかげで俺は毎時間サツと追いかけっこする羽目になったってのにな」

2019-03-13 17:11:10
矢口@ @YaguchiSumi

「だが私と一緒なら逃げるのも隠れるのも簡単だ」さっき見せたろう?と男は細い指先を宙に彷徨わせる。身ぶり手ぶりが大きいのは癖のようだ「ありゃ一体どんな個性なんだ?」ーカメレオンは他人に変身する個性じゃなく見ている人間の視覚を惑わすものだ。私はここにいるが、パチンと男が指を鳴らす。

2019-03-13 17:26:11
矢口@ @YaguchiSumi

「消えたいと思えば見えなくなる」ソキルからは箱の上にいた男は一瞬で消えたように見えている。もちろん他の人間に見せることもできる。有効範囲が私の触れているものに限定されるのがネックだが、それでも私の仕事には十分だった。「他人に化けて金と”ツレ”ごとドロンってわけか」「ツレ?」

2019-03-13 17:26:11
矢口@ @YaguchiSumi

「とぼけんな、お前の元相棒だよ。ソキルってのがまさか父親の名前だとは俺も驚いたぜ」「父親の話はお母さんから?」「いや、母親からはなにも。あのジッポの意味を知ったのもつい昨日だ」ゴミの散乱した部屋の窓辺の椅子でジッポを眺めながら煙草を吸う母親を思い出すソキル。

2019-03-13 17:26:11
矢口@ @YaguchiSumi

仲間に機械に強い奴がいてな、古い情報も手に入れられたわけだ。30年前お前と俺の親父は大層悪党だったそうじゃねぇか。懸賞金までかけられたヴィランてな珍しいな。だがそれも俺の親父と母親が出会うまで。なにせ警察署長の娘と大悪党だ、引き裂かれるのはそれこそ運命ってやつだろうな。

2019-03-13 17:39:12
矢口@ @YaguchiSumi

(黙っていた男が奥歯を噛みしめる音がする)そう、あいつはあろうことかあの女と仕事を天秤にかけたんだ。私たちは上手くやってた、敵なしだった。それをあのアバズレが禿鷹のごとく掻っ攫ったんだ。「だから…」「殺したってのか」

2019-03-13 17:39:12
矢口@ @YaguchiSumi

「分からねぇな、なんで女じゃなくて親父の方を殺したんだ?その後で女も殺すつもりだったのか?」「なんで?簡単なことだ、あの女にソキルのいない世界がどれだけ辛いものなのか分からせるためさ。俺はすぐ後を追うつもりだった…」「なのに逮捕されちまった」「ソキルのいない私なんてそんなものさ」

2019-03-13 17:45:14
矢口@ @YaguchiSumi

「爺さんに化け続けたってことはいずれ脱獄するつもりだったのか?」「いや…本当の姿を誰にも見られたくなかったのさ。とても凶悪犯には見えなかっただろう?リンチで死ぬのも吝かではなかったがあいにく特別房に入れられてしまってね」自殺も止められ続け諦めかけた私の耳にある情報が入ってきた。

2019-03-13 17:51:55
矢口@ @YaguchiSumi

自殺企図なしとみなされ一般牢に移された時にはソキルと分かれてから25年の年月が流れていた。敵も随分様変わりした。聞いたのは君のボスの名前さ、その部下に腕を刃に変える子どもがいるともね。個性を聞いてすぐピンときた。あの女がどうなろうと知ったことではなかったが子どもがいるなら話は別だ。

2019-03-13 18:00:21
矢口@ @YaguchiSumi

ソキルの子どもならいずれ大きな悪事を成すだろうと確信していたよ。そしていつか二人でまたやり直したいとも。「昔話をどーも。つまりあんたはソキル&カメレオンのコンビを復活させたいってわけか。それだけであんなに大暴れするか?ストレス溜まってただけじゃねぇの?解消できたろ、自首しろよ」

2019-03-13 18:55:35
矢口@ @YaguchiSumi

「ソキル、全部君のためだ。あの頃の栄光を取り戻そう」「残念だが今のボスに気に入られてるんでな、手放さねぇよ」「あぁ、ソキルなんで分かってくれないんだ」いつの間にかソキルの目の前に立っていた男が、静かに腕を振り上げる。「そこまでだ」天井の窓から影が落ちる。

2019-03-13 19:14:15
矢口@ @YaguchiSumi

「ボス!!」「ソキル、待て解除だ」「待ってましたッ!」声と共に振り上げられた腕を刃で払う。ガシャンと音を立て壊れたアーマーが床に落ち男が消えかかるところにソキルがしがみつく「ボス!ここです!!」「ちゃんと"見えてる"」パァンと発砲音が響き男が悲鳴を上げ姿が現れる。

2019-03-13 19:14:15
矢口@ @YaguchiSumi

天窓からボスが着地し、発砲音を合図に入口の扉が派手な音をたて壊れ手下3,4が倉庫に入ってくる。血だまりの中呻く男は「君が、ソキルのボスか…なかなか悪そうな顔つきだ…」「アンタには負けるさ。伝説の悪党の最期に立ち会えてよかったぜ」男に銃を突きつけるボスをソキルが制する。

2019-03-13 19:28:17
矢口@ @YaguchiSumi

「なんだ?情でも湧いたか?」「違います。こいつにとっては、生きてる方が辛いらしいんで」そんなことより、来てくれないかと思いましたよ「俺が部下を見捨てる男だと思うか?」「この前見捨てたでしょ」軽口を叩いていると入口に車が停まりルーカスが窓から顔を出して言う「ボス!サツです!」

2019-03-13 19:28:17
矢口@ @YaguchiSumi

「今回はお前にも無茶をさせたからな、お願いは聞いておいてやる。行くぞ」と踵を返すボスと続く手下3,4。ソキルも後を追おうとすると「ソキル…」と呼び止められる「んだよ。遺言なら聞かねぇぞ」「忘れ、ものだ…」と男はポケットからジッポを取り出す。血の付いたジッポを受け取るソキル

2019-03-13 19:37:10
矢口@ @YaguchiSumi

「私は…」なおも言い募ろうとする男を見下ろして言う「そういうのは、本人に言えよ」「ソキル早く来い!」「じゃあな」パトカーのサイレンが迫っている。ソキルが乗り込むと車は乱暴なアクセルで出発した。

2019-03-13 19:37:10
矢口@ @YaguchiSumi

最寄のセーフハウスまで国境を越える道のり。海沿いを南下するバン。運転はルーカス、助手席にはソキル。他の3人は後部座席か床で雑魚寝している。「災難だったな」「まぁな」カメレオンが逮捕されてから1週間が経していた。警察は一連の犯人をカメレオンと断定。

2019-03-13 20:41:14
矢口@ @YaguchiSumi

ワイドショーではソキルという名前のヴィランがいたことを親子関係などの憶測を垂れ流していたが詳しいことは分からず世間の興味は他へ移りつつあった。「オイル切れたか」と着火部をいじるソキル「ルカ、火」「禁煙中だ」渋々煙草を箱に戻しジッポを見つめるソキル。沈黙。潮騒が耳に付く。

2019-03-13 20:41:14
矢口@ @YaguchiSumi

徐に窓を開け大きく振りかぶるソキル「おいっ…」ルーカスが制止した時には水飛沫ははるか後方に過ぎ去っていた。「いいのか?」「もういらねぇんだ」ありゃ俺の大切なものじゃなかった、肘をついて外を見ながらひとりごちる。「お前さ、叔父さんとかいねぇの?」「は?」「待った今のなし」

2019-03-13 21:35:33
矢口@ @YaguchiSumi

黙りこむソキルを横目にルーカスが口を開く「…昔、親に聞いたことがあった。血液型がおかしいって、俺はAB型で母親はB型、父親はO型だった。そういうこともあると言ってほしかったのかもな。だが俺が父親だと思ってたのは実は叔父だった、本当の父親は遠いところにいるって」あんぐり口を開けるソキル

2019-03-13 21:48:37
矢口@ @YaguchiSumi

「それって…」「さぁな。俺が無個性なことと関係あるのかもな。自分の個性の使い方を知らないだけで、異形型でもサイコメトリーでもない、本当の個性があったから…」「…」「…なんてな」「は?」「どこまでバカ、正直なんだお前は。冗談に決まってるだろ」「はぁぁ?!!」「煩いボスが起きる」

2019-03-13 21:48:38