『そしていつかを求める棺』

タイトルはタイトルスロットで決めました。
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黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

命令は単純だった。対象を殺せ。証拠は残さず。しかし、報復だと分かる形で。だから私はそれを実行した。対象は、とある議員の家族。議員は我々を裏切った。ならば制裁を加えねばならない。

2019-03-29 22:29:34
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

命令だ。完遂するのが私の仕事。議員の自宅は二階建てだ。深夜に壁を伝い、バルコニーから侵入する。情報によればこの家に住んでいるのは、母親と子供、それから使用人が一人。最初に黙らせるべきなのは使用人だろう。次が母親。非力な子供は後回しだ。

2019-03-29 22:35:37
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

明りがほのかにともる部屋を覗き込むと、使用人はまだ起きていた。ご苦労なことだ。ドアに背を向けて座る使用人に駆け寄り、抱え込むような姿勢で頭を撃ち抜く。使用人は脱力し、私は彼女を床にそっと横たえる。

2019-03-29 22:41:27
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

音は最小限に抑えなければ。だが上の注文は『報復だと分かるように』だ。私は銃を構え、頭にもう一発、胸に二発銃弾を撃ち込んだ。弾の無駄だという感傷は思考の隅に押し込んだ。そんなものは今の私には不要。今の私は『師匠の弟子』ではなく、『一人の暗殺者』なのだから。

2019-03-29 22:46:30
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

残りは二人。楽なものだ。鼻歌でも歌いだしそうな気分で私は振り向いた。油断するなとあれほど師匠に言われたのに。

2019-03-29 22:57:59
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

半分だけ開いたドアの隙間から、幼いまなこが二つこちらを覗き込んでいた。後ろを取られた?曲りなりにも暗殺者の私が?慌てて銃を構えなおし、彼女に向ける。引き金を引く前に、少女は廊下へと逃げ去っていった。

2019-03-29 23:34:04
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

「待っ……!」声に出しかけて寸前で止める。馬鹿か私は。冷静になれ。たまたま子供が目撃しただけだ。私は銃を握りなおし、廊下へと走り出た。だがそんな私を襲ったのは、頭上から降ってきた体重だった。

2019-03-29 23:36:29
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

頭を床に打ち付けられる。混乱で動けないでいるうちに、私の握っていた銃は蹴り飛ばされ、手の届かない位置まで転がっていってしまった。「……おんなのこ」降ってきた言葉は、直前に見た通りの幼い少女の声だった。

2019-03-29 23:37:18
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

だがなんでこんな子供に私は組み伏せられている。確かに私も少女の部類には入るが、こんな――十六歳の自分よりも五つは下に見える少女に、どうして。

2019-03-29 23:38:09
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

「おんなのこだ」くすくすと嗤う声がする。「わたしと、おんなじ」意識がもうろうとしている頭を思い切り蹴られ、私は無理やり彼女の顔と対面する。髪は金色でふわふわと跳ね回り、深い海のようなまなこは愉悦に細められている。

2019-03-29 23:39:07
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

こいつは何だ。何なんだ。この家にいるのは議員の家族だけだったのではなかったのか。まるで悪魔を目の前にしたかのように戦慄く唇で、必死に言葉を紡ごうとする。しかし、彼女はそんな私の顎に指をやってそっと撫でてきた。「わたしのものにならない?」

2019-03-29 23:39:45
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

次に目を覚ますと、見知らぬ部屋に寝かされていた。目だけを動かし、状況を把握する。天井は白い。壁は天井と同じ色だ。窓はあるが、はめ込み式だ。背中にはベッドの感触がある。両手は――前で拘束されているようだ。私はなぜここにいるのかを思い出そうとしながら体を起こした。

2019-04-03 21:03:38
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

手の拘束は手錠だった。側頭部に疼痛がある。急に記憶がよみがえる。そうだ。私はあの少女に。

2019-04-03 21:21:10
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

ベッドから飛び起き、あたりを見回す。ベッドが一つ。枕が二つ。小さな机が一つ。椅子は二つ。ビジネスホテルのような内装だ。それも二人用のダブル。誰が、何のために私をここに。

2019-04-03 21:28:36
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

ぐるりと部屋を回ると、トイレとシャワーも併設されていた。ホテルと唯一違うのは、窓がはめ込み式なことだ。私は室内のどこにも人間がいないことを確認すると、この部屋唯一の出口であるドアへと向かった。

2019-04-03 21:32:12
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

ドアはホテルにあるような金属製で、しかし内側からかけるべき鍵は存在していなかった。ドアノブを握ってひねるも、案の定鍵がかかっている。閉じ込められた。犯人は、おそらく敵対するなんらかの組織だ。

2019-04-03 21:37:02
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

生きて戻れるとは思えない。私は私の力量を正しく把握できていた。素人相手であれば正確に暗殺者としての刃を振るえるが、プロが相手となれば私は中の下。気絶寸前にたった十歳ほどの少女に制圧されたことがその証拠だ。

2019-04-03 21:40:12
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

私はドアに背を預けると、息を長く吐いた。ここまでか。先生に師事して二年。付け焼刃の技術で組織に入り、のし上がるために功を焦った私のミスだ。先生が見ていたならきっと大笑いしていただろう。

2019-04-03 21:44:58
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

再びため息をつくと、背中をどんっと押される感覚があった。正確にはドアごと体を押されたのだ。「あっ。おねえさん、おきたんだ」どこか幼い口調の声には聞き覚えがあった。慌てて振り向くと、ドアをぱたんと閉めながらにこにこと笑うあの少女の姿があった。

2019-04-03 21:51:13
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

「うれしいなあ、しんじゃったかとおもったもの」両手にトレーを持ったまま、彼女は私に顔を寄せようとする。「まえのこは、かげんをまちがえてしんじゃったから」「あなた、何?」

2019-04-03 21:54:21
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

端的な問いに、少女は不思議そうな表情で首を傾げた。「わたしはわたしよ? ほかになにかあるの?」「そうじゃなくて……!」そこまで言って、私は自分の全身が震えていることに気がついた。怖い。この少女が怖い。死ぬのが怖い!

2019-04-03 21:57:34
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

「おねえさん、あさごはんたべよ?」「……え」緊張の只中にあった私を解きほぐしたのは、能天気な彼女の言葉だった。見下ろすと、彼女が持つトレーには、皿とその上に乗るいくつかの錠剤とカプセルがあった。

2019-04-03 22:01:10
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

「朝ごはん……?」「うん、あさごはん。おいしいよ?」少女はカプセルを一つ口に含むと、がりがりと奥歯で噛み砕き始めた。これではカプセルの意味がない。 そんな当たり前で場違いな思考を押し込め、私は彼女とまっすぐに向かい合った。

2019-04-03 22:05:23
黄鱗きいろ@12/15富士見L新刊発売 @osana0

「あなたは誰。何のために私を連れてきたの」「おともだちになるためよ? なまえは……おともだちになってからおしえるね」彼女は大きなまなこを薄く細める。「だいじょうぶ。ちゃんとおねえさんのおうちには、ごれんらくしたもの。しんぱいはいらないわ」

2019-04-03 22:09:11