川上からどんぶらこっこと美少女メイドが流れてきて拾ったら一生つくしてくれる【後編】

もうちょっとだけ続くんじゃ
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前回の話

本編

帽子男 @alkali_acid

これまでのあらすじ ものすごく都合のいい話。 川上からどんぶらこっこどんぶらこっこと美少女メイドが流れてきて、拾ったら命の恩人なので一生おつくししますと言われる。 川のそばで暮らしてると良いことあるね!

2019-04-20 17:41:29
帽子男 @alkali_acid

この物語もずいぶん長くなった。 まるで川の流れのようにはてしがない。 けれど続けるとしよう。 いつか忘却の海にたどりつくまで。 さあ、記憶の泉の水をすくって。

2019-04-20 17:42:30
帽子男 @alkali_acid

川から水を引いた運河の町には、腕利きの仕立屋である老婆サンドーラと、孫の少年ヤンが暮らしていた。 ふたりがある日拾った年若い女中は、リッカと名をつけられ、徒弟のような召使のような身分で居候(いそうろう)の暮らしをするようになった。 リッカは川上にある滅びた公爵家と縁があるらしい。

2019-04-20 17:44:40
帽子男 @alkali_acid

しかし多くを語らぬ娘に、拾い主達はあえて詳しく尋ねようとはしない。 三人が日々の仕事に手習いにと忙しく過ごすうちに、大きな依頼がひとつ舞い込んだ。 これまた川上にある侯爵家のご令嬢の園遊服をしたててほしいとの頼みだが、城に参ってみると、本当は花嫁衣裳が欲しいという。

2019-04-20 17:47:10
帽子男 @alkali_acid

姫君は左右の足の長さが異なり、肩もまっすぐでないなど不具の身。 なまかなか依頼ではないと解ったが、熟練の縫匠(ほうしょう)であるサンドーラは臆せず引き受ける。国一番と自負する腕の見せ所。 一緒に注文を受けた若き靴工(かっこう)トムのこともある。 はるか大聖堂の街で店を営む人物だ。

2019-04-20 17:49:52
帽子男 @alkali_acid

代替わりしたばかりで、まだ少年の域を出たばかりの歳だが、妖精の靴屋と異名をとる職人で、貴族のあいだでも評判が高い。畑違いとはいえ老仕立屋は競争心を燃やす。

2019-04-20 17:51:13
帽子男 @alkali_acid

さてトムの方は、何倍も年嵩のサンドーラがずいぶん気に入ったようで、靴づくりのあいまを縫って足しげく仕立屋の店を訪れてはあれこれ話こんだり手伝いをしたりする。 老いた縫匠の方もあれこれ嫌味を言いながらも、若き靴工に一目置くそぶり。それだけではない、仕事仲間がやって来る日ともなると

2019-04-20 17:54:52
帽子男 @alkali_acid

しゃれっけのある服を着て軽く化粧をして出迎えるほどだ。 孫のヤンは、高価な白粉をはたいた祖母を見上げて尋ねる。 「おばあちゃま、トムのことが気に入ったの?」 「そうザマス。お前も少しは女心が解るようになったザマスね」 「うん!でもトムは伯爵か侍女と結婚するって…」

2019-04-20 17:58:40
帽子男 @alkali_acid

「伯爵?オルナンサ女伯ザマスか?身分違いもいいところザマス…あてにならない噂ザマス」 「そうなの?」 「女心は解っても男心はまだまだザマスね。仕立屋は客の気持ちを推し量るのも大切ザマスから、そろそろちょっとばかり教えておくザマス」 しわくちゃの師匠は、ちびの弟子を見下ろして語る。

2019-04-20 18:01:16
帽子男 @alkali_acid

「あのトムというのは、アヒルのヒナの類ザマス」 「アヒル?」 「卵からかえって初めて見そめた相手に死ぬまでとらわれるまぬけザマス」 「むずかしいよ」 「お前が手習いに行ってる教会の寺男なんかも同じザマス」

2019-04-20 18:03:41
帽子男 @alkali_acid

男児はしばらく口を結んで考え込むようだったが、頭から湯気を拭きそうになって、めちゃくちゃに飛び跳ねる。 「よくわかんない!でもさ!でもさ!はじめて好きになったひとと結婚すればいいでしょ!」 「もし結婚できなかったらどうするザマス」 「え…」

2019-04-20 18:05:49
帽子男 @alkali_acid

仕立屋は手巾で口元をおおって目を細める。 「そうなったらアヒルはいつまでも空を見上げて暮らすだけザマス。それに、あとになって、例えほかの誰かが慕ったところで見向きもしない、薄情な人間になるザマス」 「うええ」 「ヤン。お前の母親もそうだったザマス。まったく一途で頑固で」

2019-04-20 18:08:02
帽子男 @alkali_acid

祖母は、すっかり混乱した孫にくぎを刺す。 「お前はもう少し大きくなったら、アタクシを見習って、百も二百も恋をして、浮名を流す方がましザマス。強い男や強い女は、一度、恋を失ってもまた新しい恋ができるザマス。アヒルより不死鳥になるザマス」 「ふしちょー」

2019-04-20 18:10:25
帽子男 @alkali_acid

ヤンはまばたきしてから、我に返って反駁する。 「だめ!俺はリッカと結婚するんだから!」 「んまっ!またそんなこと言って。さあ無駄口をたたきすぎたザマス。働くザマス」 「えー…」

2019-04-20 18:12:02
帽子男 @alkali_acid

ともあれ仕立屋のサンドーラは靴屋のトムがやってくると機嫌がよく、背はいつにもましてしゃんとして、立ち居振る舞いもはつらつとしているのだった。 「お前んとこのばあちゃん、女中さんの血吸ってんじゃないの」 ヤンと一緒に手習い所に通う船頭の息子が、そんな風に軽口をたたくほど元気だ。

2019-04-20 18:15:34
帽子男 @alkali_acid

「吸ってない」 「川上の魔女の親戚かも」 「ちがう!」 ついとっくみあいのけんかになりかけるのを、手習い所の先生役である寺男が咳払いして引き離す。

2019-04-20 18:16:12
帽子男 @alkali_acid

髭もじゃのしかしまだ若い青年の落ち着いた眼差しを受け、少年達は恥ずかしそうに縮こまった。ややあってヤンが上目遣いしつつ問う。 「寺男さんてアヒル…じゃないよね」 「アヒル?」 「な、なんでもない…そうだ!トムがまた来るよ」 「はあ。では何か甘いものを手に入れておきますね」

2019-04-20 18:19:07
帽子男 @alkali_acid

靴屋のトムはどういう訳か甘いものが好きだ。 以前に仕立屋がこっそり隠していた苔桃の蜜漬を壺ひとつ平らげてしまったことがある。 「なんであんなに甘いものが好きなの?」 そう少年は、訪ねてきた若者に訊いたこともある。 「え…あれは…僕じゃなくて…いや、僕です…」 「なにそれ?」

2019-04-20 18:20:47
帽子男 @alkali_acid

かくの如く奇癖はあるが靴職人はすばらしい働きものだ。 加えてどういう手段を使うのか、国境を超えて距離の離れた運河の町と大聖堂の街、侯爵の城をたやすく行き来できる。おかげで仮縫いなども非常に助かる。 サンドーラが裁断し、しつけ糸を通した生地を受け取り、たった一晩で客先に届ける。

2019-04-20 18:25:18
帽子男 @alkali_acid

城ではお抱えのお針子頭になっているサンドーラの弟子が令嬢にそれを見せ、具合を確かめる。細かな注文もいちいち聴き取って、靴職人に伝えると、それをそのまままた一晩で持ち帰る。 「トムって風みたいだ」 仕立屋の徒弟が感心して告げる。 「そ、そうかな」 思はゆげに若き靴工は応じた。

2019-04-20 18:27:40
帽子男 @alkali_acid

花嫁衣装はおかげもあって順調に仕上がった。 サンドーラはリッカをそばに置いて猛烈に働いたが、夜なべだけはしない。 「寝ぼけて動かした針なんぞに職人の技は宿らないザマス。リッカ。お前はアタクシの見てないところで働くクセをおやめ!疲れた手でつけた縫い目はすぐ解るザマス」

2019-04-20 18:29:42
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