ギア・ウィッチクラフト #2
コルヴェットが慣れた手つきで火打石を打ち合わせると、すぐに火口(ほくち)は緑白色の火を灯した。鬱蒼としたこの森にあって、魔術仕込みの超自然の火は不気味だ。彼とフェイタルが座るこの樹洞も、見ようによっては魔女があけた大きな口じみている。「これで、ひとまずはよし」「ひとまず?」1
2019-04-24 21:57:31「妖精の魔術よ」「ふうん。笑えるな」フェイタルは外の闇を見た。「レーザーサイトやらナノカーボンやらが互いに殺し合うEURO戦闘領域で、妖精と来たか」「その通り」コルヴェットは旅人帽のつばの陰からフェイタルを真顔で見る。「文明の強い光が強い影を作る。尚更危険が増しているともいえる」 2
2019-04-24 22:02:22「私の部隊をやったのはその手のナンセンスな怪異ではなく、面白くもない鉛弾だがな」フェイタルは左腕の裂傷の痕を確かめた。既に傷は塞がり、白く浮き上がっている。「そのとき作った傷か?」コルヴェットは尋ねる。「ああそうだ」「治りが早いのだな」「そう、お前の魔術の煎じ薬は要らない」 3
2019-04-24 22:07:45「なんでも魔術で解決できると思うなよ」「多少はできるのか?」「……」コルヴェットは火に草を足しながら、フェイタルのパーソナリティをはかろうとする。二人はこの森で先刻鉢合わせたばかりだ。戦う必要がない事は交した言葉でわかった。どちらも消耗しており、どちらもカタナ社ではなかった。4
2019-04-24 22:11:59フェイタルはヤナマンチ社の傭兵として、この戦闘領域に入った。この地はカタナ社の占有ポイントからはある程度離れており、カタナ社の作戦行動が多く目撃される現状をヤナマンチの上層部は快く思っていなかった。戦闘行動は視聴者市民の利便性の為に通常は日中行うが、今回は夜戦。深刻さがある。 5
2019-04-24 22:16:34ヤナマンチは暗黒メガコーポとしてカタナやオムラのような最先端技術は持たない。メンツ意識のないヤナマンチは、開発競争にかけるべきコストを切り詰め、一世代前の他社プロダクトをリバースエンジニアリングしてコストダウン、最適化する方向に費やしている。そして数の利を得る。 6
2019-04-24 22:21:45モーターガシラの新世代機がリリースされてしばらくすると、ヤナマンチは「プロタゴラス」をリリースする。プロタゴラスは逆関節型のロボニンジャであり、モーターガシラによく似ている。実際、モーターガシラを鹵獲・分解・データ採取しているので、似ていて当然だ。 7
2019-04-24 22:27:55一触即発の敵対関係をさほど作らないヤナマンチであるが、各社から嫌われているのはそういう点にある。しかし彼らが抱えるニンジャは一流だ。他社プロダクトの設計図や工場情報等を奪取するには激しい戦闘に生き残るカラテが必須となるからだ。正社員、傭兵、ヤナマンチのニンジャは層が厚い。 8
2019-04-24 22:32:46フェイタルもそうしたニンジャの一人だ。彼女は社員ではなく傭兵だが、この時代においてニンジャの傭兵は大抵、カイシャの契約でがんじがらめだ。ほぼヤナマンチ社の専属と言ってよい立場だった。「それで?あんた以外の部隊は皆、死んだと?どの辺りで寝ておる」「近いさ。回収は後だ」 9
2019-04-24 22:37:16「カタナとの交戦かね?」「ああそうだ」フェイタルは揺らめく炎を見る。美しい顔に緑の光が照る。「私だけ生き残った」「敵は?」「だから、私だけ、だ」フェイタルは微笑んだ。「アワレなものだ。カタナのニンジャは見た目ばかり大仰だが、腹を裂いてやれば泣き叫ぶ」「俺とて、それは泣くだろう」10
2019-04-24 22:42:43「ははは!」フェイタルは笑った。笑うと八重歯が艶めかしく、微かにライラックめいた香りがする。コルヴェットはスキットルの酒を口に含んだ。「戦場でサケか?臆病なくせに大胆な奴だ。お前、カラテはからきしだろ。見ればわかる」「ま、その通りよ。叩けば折れる細腕だ。ゆえに命懸けよ」 11
2019-04-24 22:46:55「その命懸けでカタナに何の用だ」フェイタルは闇に注目し、ふんふんと鼻を鳴らす。「それはあんたも同様だ。大人しくヤナマンチの兵営に帰還せんのは何故かね?」「隊の連中を失って、手ぶらで帰れるか。まだニンジャを一人しか殺していない。もう少し手土産がほしいところだ」「ふむ……」 12
2019-04-24 22:50:02「……で、見ての通り、私はただの傭兵。単なる哨戒任務だ。だがお前は違う。魔術師殿」フェイタルはニヤリと笑い、コルヴェットの顔を覗き込んだ。「特別な確信なり目的がなければ、シュヴァルツヴァルトに一般市民が足を踏み入れたりしないだろう。私は興味があるんだ。だから殺さなかった」 13
2019-04-24 22:54:32「賢明な判断だ」コルヴェットは苦笑した。「俺を殺めたところで何のイサオシにもなりゃせんからな。野蛮な行いだ」「私は野蛮だぞ?」「……さて、そして実際、俺も単独でカタナの懐をさぐるに難儀しておったというのが正直なところ。幸い利害は一致する。どちらもカタナが相手ゆえに」 14
2019-04-24 22:58:39二人は地図を照らし合わせ、現在地点の確認を行った。コルヴェットは注意深くギンカクへの言及を避けた。どちらにせよ、傭兵ニンジャの理解の及ぶ話でもなければ、興味のある内容でもない。「とにかく、鎧の騎士が現れれば、貴殿のカラテの出番だ」コルヴェットは先程の体験を再度述べた。 15
2019-04-24 23:04:47「ああ、ああ、そうだな。任せておけ」傷の治癒を確かめたフェイタルはほとんど生返事で頷き、緑の焚火を払い消した。コルヴェットは嘆息した。「信じておらんだろうな」「まさか。お前の妖精魔術に付き合ってやっただろ?お前の探索の重大さもな。私は私で、久々の戦果ボーナスでも狙うとしよう」 16
2019-04-24 23:08:57少し憮然としながら、コルヴェットは歩き出した。懐から魔術ドローンが飛び出し、淡い光を放って肩の上を追随する。「ガイストは実在する。この森にな。今もこうして……耳をすませば……風の音のなかに……」「コワイ、コワイ」「構わん、直接目にすれば考えも変わろう」 17
2019-04-24 23:12:10「耳なのか目なのかはっきりしろ」「耳、そして目だ。そして感じるがよい」「今度は第六感が追加された」「そうだ。どんどん増やすぞ。俺は雄弁ゆえに」樹木に手をかけ、先に進む。フェイタルが横に並ぶ。「単身こんな場所に挑んだ動機を知りたいな、魔術師殿。目的ではなく動機」「動機?」「そう」18
2019-04-24 23:16:17「そうだな……言わば……」コルヴェットは遠い目になった。フェイタルは彼の肩をぐいと掴み、強引にしゃがませた。唇に指を当て、黙るよう促す。魔術ドローンが消灯する。フェイタルの目は夜の狼めいている。彼女は無言で上を示した。木から木へ、何かが渡ってゆく。黒い、大きな影。蜘蛛めいて。 19
2019-04-24 23:20:04「……!」「カタナの哨戒攻撃機だ。『鉄蜘蛛』」フェイタルは囁いた。実際、それは巨大な蜘蛛である。胴体は3メートルほどあろうか。長く不気味な逆関節脚部を木の高枝から高枝へ伸ばし、器用に高所を進んでゆく。「鋭敏だぞ。静かに進め」「……」二人は慎重に前進する。 20
2019-04-24 23:23:58「アイエエエエエ!」その二秒後、彼らの努力は無に帰した。狂おしい悲鳴を上げ、振り返りながら走り来た者があった。負傷したカタナ・トルーパーだった。「誰か助け……アッ!?」身構えるコルヴェットを見て、兵士はすぐに正気を取り戻した。「ち……畜生!カタナじゃないな貴様!」構えるは銃! 21
2019-04-24 23:28:55鉢合わせだ!だが不審な点が多かった。コルヴェットは手を上げた。「待て貴公!」「モンドムヨー!死……」「イヤーッ!」「アバーッ!」横から飛び出したフェイタルが鮮やかなカラテキックで兵士の首を折り、即死させた!ナムアミダブツ!倒れながら兵士は引き金を指で押さえていた。BRATATA! 22
2019-04-24 23:31:52「イヤーッ!」フェイタルは死んだ兵士から銃を蹴り払った。だが遅い。「やれやれ!こうなる」フェイタルがコルヴェットに頭上を警戒させる。キュイイイ!キュイイイイ!奇怪な走査音とともに赤いレーザーが地面を撫でた。「鉄蜘蛛の鳴き声だ。仕方ない。対処するぞ」「ふうむ……!」 23
2019-04-24 23:33:37