※閲覧注意! 頭を割った日、帽子とTシャツはこんなだったらしい。 家族撮影。 お気に入りなのに、救急隊の人は捨てようとしてたらしい。 pic.twitter.com/dB9ucgxwB7
2019-05-10 19:18:12咳が止まらなくて苦しい。 (咳どめもらえなかった) 点滴の針が痛くなってきた。 多分微熱がある。 お隣さんのイビキがうるさい。 今夜はコンディションが悪い。
2019-05-07 02:29:57頭からジャージャー血を流していたのに、怪我したときのことを覚えていないというのは、それなりに重症なんだと思う。 死ななくてよかった。
2019-05-08 17:55:06入院してお金がなくなってしまったので、欲しいものリストを掲載してみました。 もしよかったら、見るだけでも見ていってください。 bit.ly/2JNVmnt
2019-05-18 10:33:354月29日、入院した日、何があったかは断片的にしか覚えていない。 覚えているのは、電車のシートに座っていたら、駅員さんが3人くらい来て、頭から血が流れていますよ、って言われたことだ。 そのあとは救急車に乗せられて、氏名や生年月日、連絡先を聞かれた。
2019-05-24 09:02:16私はとにかくのどが渇いていて、リュックにお茶が入っているので取ってほしいと何度もお願いした。 よく分からないけど、腕を拘束されていて、私はそれを無理やり引き抜いた。 頭を縫われているときはちょっと痛くて、痛いですって言ったら、痛み止めの注射をしてくれた。
2019-05-19 20:59:24家族によると、処置中に2回てんかんの発作を起こしたらしい。 帽子も服もリュックも、財布もカードケースも、何もかもが血まみれだったらしい。 自分ではそんなに血を流しているなんて全然気づいていなかった。
2019-05-19 21:01:11あの日、絶対に酒は飲んでいなかった。 誰かとケンカをしたわけでもない。 おそらく、急にてんかんの発作を起こして、階段の上とかから転落して、頭と右胸を強打したのだ。 もし、ホームから転落して、電車にひかれていたら、今頃は遺骨だっただろう。
2019-05-19 21:02:53なぜ入院が2週間と長引いたかというと、血液のCPKという値が高かったからだ。 基準値が50~230なのに対し、5月4日の段階で、7076もあった。 これが5月11日には145まで下がり、めでたく退院となったのだ。
2019-05-19 21:07:32処置室で処置されているとき、氏名や生年月日を何度も聞かれた。 「ここはどこだか分りますか?」という質問には答えられなかった。 だって教えてもらっていないもの。 「病院」と答えればよかったのかな?
2019-05-19 21:14:39入院当日、深夜だったにもかかわらず、家族が車で駆けつけてくれた。 病院から入院に必要なものの説明を受け、全部持ってきてくれた。 財布からカード類が全部抜かれていて、数枚の千円札だけ入っていたのには少し驚いた。
2019-05-19 21:38:54iPhoneは血まみれだったうえにバッテリーが完全に切れていて、家族は壊れたと思ったらしい。 試しに充電してみたら電源が入ったらしく、入院から数日たってから持ってきてくれた。 暇で仕方なかった私にとっては、とてもありがたい救援物資だった。
2019-05-19 21:41:15点滴は時々刺す場所を変えた。 血管が逃げるらしく、右腕に刺そうとして2度連続で失敗だったときは二重の意味で痛かった。 点滴は漏れてしまうことがあり、この時も痛い。 写真の輸血ポンプという機械があり、点滴の流量制限をしてくれる。 しょっちゅう閉塞を起こしてピーピー鳴る。 pic.twitter.com/Wv6GGX4xX0
2019-05-19 21:46:29心電図・呼吸・SpO2のモニターはポケットに入るほど小型で、ナースセンターでリアルタイムにモニターしているっぽい。 リハビリのエアロバイクのところには、小型のモニター画面が置いてあって、自転車を漕ぎながら理学療法士さんと一緒に見ることができた。 pic.twitter.com/WYotULAzyK
2019-05-19 22:02:56点滴が漏れるとこんな感じになる。 痛い。 22Gは22ゲージで針の太さのことだそうだ。 pic.twitter.com/x2yxZfY7E1
2019-05-19 22:11:29