【ミリマスSS】雨泥む窓#1 【すばゆり】

すばゆりの出会いあたりの話です。雨を探す物語。
0
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

百合子は真っ直ぐにオレを見ている。オレは聞き間違いかと思って、次の言葉を待つ。「最初は聞き間違いかと思いました。でも、面白い言葉だなと思って。私は雨を探したことがないので」「聞き間違いじゃないのか……」「あ、やっぱり聞き間違いじゃないんですね!」「ああ、いや、えと……」 26

2019-06-16 22:05:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「私も探してみたんです。雨って、なんなんでしょう」百合子はどこかうっとりとしていた。また視線が窓の外に戻っていた。オレは百合子の瞳に視線が吸い寄せられる。その瞳に流れる水滴に。「雨は好きです。街が静かになる。街が雨音に沈んでいく」百合子は、まるで歌うように言葉を並べていく。 27

2019-06-16 22:10:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「草木や葉にしたたり落ちる雨のマーチ。雨樋を伝い落ちる雨の鼓動。人々の靴が、車のタイヤが、鳥の羽が跳ね飛ばす水滴のワルツ。雨の街の主役。マーチングバンドのドラムメジャー。……苦しみのない水底に私は正座していて、音だけが私の中に入ってくる。それが気持ちよくて、溺れています」 28

2019-06-16 22:15:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

百合子は言い終えると息を短く吐いた。水底に沈んでいた人が水面に浮かび上がったみたいに。「昴さんは、どう思いますか?」「えっ、オレ!?」「はい!」百合子はオレを真正面から見る。思いっきり目が合っちゃって、オレは目線を少し逸らした。「昴さんの探した『雨』は、どんな雨なんですか?」 29

2019-06-16 22:20:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

答えに詰まる。窓の外ではまだ雨音がする。雨を探す。その言葉の意味はわからない。百合子の目は、声色は、すごく真剣で。百合子の求めている答えを、さっきの百合子の歌を、否定することができなくて。「まだ……探してる途中なんだ」オレはそんな、少し恥ずかしいセリフを言うしかなかった。 30

2019-06-16 22:25:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「じゃあ、探しませんか。私と一緒に」「一緒に?」「はい」百合子はうなずいた。オレは驚く。そんな返事がくるとは思ってなかったからだ。「探す、って、どうやって?」「え……?えと……今まではどうやって探してたんですか?」これまた想定外の返事だ。オレは雨を探したことなんてない。 31

2019-06-16 22:30:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

さっきまでの百合子の会話から、『雨を探す』っていうのがどういう意味なのか、必死に考える。「雨……について、考えて」一瞬の間。百合子は何かを考え、そして「そうですね。私も、それが一番の近道なんだと思います」またゆっくりとうなずいた。また、雨粒の垂れ落ちる速度で。 32

2019-06-16 22:35:01
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「雨は世界を変えます。人の記憶と結びついています。それぞれの人生の中に雨は佇んでいて、それはひとりひとり違うもののはずなんです」「うん」「それぞれの人生における雨を思い返す。それが『雨を探す』ってことなんだと思います。私は、そう解釈しました」うん。オレはそううなずくしかない。 33

2019-06-16 22:40:44
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「すごく面白いです。そんなふうに雨を考えたこと、私もなかった」オレもなかった。と言おうとして抑える。百合子の目は輝いている。この輝きをむやみに消すようなことはしたくなかった。それに……「こんな考えを持ってるひとがこのスクールにいたなんて。私、うれしいです」 34

2019-06-16 22:45:36
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

オレたちは、話す機会を窺ってた。お互いに。同い年のアイドル候補星。今回が、ちょうどいい機会なのかもしれない。互いのことを知るには、ちょうど。「私と一緒に雨を探しましょう。……昴さん」百合子はそう言って、手を差し出してきた。少しおぼつかない動きだった。「ああ」 35

2019-06-16 22:50:13
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

オレも手を差し出す。「よろしくな……百合子」握手をする。百合子の綺麗な手を見て、オレの手は汗で濡れてないだろうかと不安になったけど、百合子は嬉しそうに目を細めていた。窓の外からは雨音しか聞こえない。雨の降る世界に、オレたち二人だけがいる。そんな気持ちになった。 36

2019-06-16 22:55:51
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「雨の降る日に、ここで会いましょう。あの赤いベンチの上で」百合子は別れ際にそう言った。「雨のない日に雨のことを思い出すのは、難しいですから。……でも、ちょうどそろそろ梅雨の時期ですし、またすぐ、かもですね」「そうだな」「えーと……」百合子はスマホを取り出し、何かを調べている。 37

2019-06-16 23:00:23
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

スクールの入り口でオレたちは傘を広げる。偶然、二人とも青い傘だった。オレは紺色、百合子は水色。スマホを持ちながら傘を広げる百合子は、傘を落としそうになっていた。「じゃあな、気ぃつけろよ。また今度」オレは雨の降る道路に歩き出る。ぼつぼつぼつ、と雨が傘を叩く。 38

2019-06-16 23:06:23
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「あ、はい!お、おつかれさまです!」後ろから百合子の声。雨音に負けないよう声を張っているのか、ちょっと上ずっていた。「あ、ロコ忘れた……まあいいか」スマホを開く。とくに誰からも連絡はない。百合子と連絡先交換しとけばよかったなと思ったけど、それはまた今度でもいいだろう。 39

2019-06-16 23:10:11
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

ロコに「ごめん先帰る」と連絡する。アプリを閉じてスマホを直そうとしたとき、天気予報アプリが目に入った。そうか、とオレは腑に落ちる。百合子はきっとさっき、予報を調べようとしてたんだ。予報では、次の雨は次週だった。遠いような、近いような。……というのが……ここまでが、先週の話だ。 40

2019-06-16 23:13:21