空と踊る男のツイッター怪談その4：学生服のおじさん

空と踊る男 @dancewithsky

ではでは、予告通りに空と踊る男の #ツイッター怪談 第四弾の投稿を開始します！ タイトルは 「学生服のおじさん」 です。 家に帰るまでが遠足なのと同様、（完）と出るまでが怪談です。 それでは、どうぞごゆるりとゾッとしてくださいませ。

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あの子は朝からいないし、他に誰も来てないよ。 その全身黒づくめの服を着た痩せた女の人は、目を細めて僕の顔を凝視し、刺々しい口調でそう言った。 まさか。そんなはずがない。 今日は瀬戸くんのお誕生日会なのに。僕は彼から招待されてここを訪れたのに。 そもそも、この女の人は誰なのだろう……

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前に授業参観で見た瀬戸くんのお母さんは、もっと上品でお洒落で優しそうな人だった。 あの…… 僕はおそるおそる聞いてみる。 今日は……午後1時から英敏くんのお誕生日会ですよね…… 知らないよ。そんなことまであたしがいちいち把握してるわけないだろうが。 女の人は露骨に不機嫌そうに答えた。

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……この人は、瀬戸くんの親戚のおばさんか何かだろうか…… 入んなよ。そんなとこにボサッと突っ立たれても困るし。 では、お邪魔します…… 靴を脱ぎ、初めて瀬戸くんの家に上がった。微妙にふらつきながら歩く女の人の後へついてゆく。 そこに座ってな。女の人が居間のソファへ顎をしゃくる。

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はい…… 僕はそっとソファに腰かけた。 そのうち戻るだろ。冷蔵庫から何か出して飲んでな。 いえ、お構いなく…… 居間の壁時計に目をやる。開催予定時刻の1時ちょうどだった。 おかしい。仮に瀬戸くんがいないのは何か事情があってのことだとしても、他のクラスメイトも誰一人来ていないなんて……

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妙に淀んだ空気を感じる。ここは、本当に瀬戸くんの家なのだろうか。表札には間違いなく「瀬戸」と書かれていたけど…… 持参したプレゼントをどこに置いていいかわからず、自分の膝の上でぎゅっと掴んだ。 瀬戸くんが僕のクラスに転入してきたのは半年前、四年生に進級した最初の日のことだった。

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それから、僕の小学校での惨めな生活は劇的に変わった。 以前は仲が良かったのに、3年生の途中から急に僕をシカトし始めた伊坂くんと橋爪くんも、彼のおかげでふたたび親しく接してくれるようになった。 そして、ついに瀬戸くんのお誕生日会にまで呼んでもらえた。 それなのに…… あんたさぁ。

空と踊る男 @dancewithsky

ぼんやり考えごとをしていたらいきなりすぐ右隣から声をかけられ、僕は飛び上がりそうになった。 気づかぬうちにソファの真横に黒づくめの女の人が座り、嘲るような笑みを浮かべている。 間近で見ると、両目とも黒目の部分がやけに大きいのが判った。異様に顔が青白く、頬が病人のようにこけている。

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ヒデトシのこと、あんまり信用しない方がいいよ。母親に似てけっこう陰湿だから。 瀬戸くんが陰湿？ 何を言っているのか全然判らない。あんなに優しい友達は今までにいなかった。 トカゲや蛇を殺すのが大好きなんだよ、あいつ。このへんの猫も何匹か殺してるしね。 嘘だ。思わず耳を塞ぎたくなる。

空と踊る男 @dancewithsky

陰でこっそり同じクラスの子もいじめてそうだね。あんた、本当はヒデトシにいじめられてるんじゃないの？ そ、そんなことはありません…… うろたえながらも否定する。 へえ、そう。 女の人は急に興味を失ったように顔から厭な笑みを消すと、 喉が乾いたね。冷蔵庫から飲み物を二人分持ってきなよ。

空と踊る男 @dancewithsky

そう僕に命じた。 何でもいいよ。コップは適当に食器棚から出しな。 判りました…… 台所はあっち、と指を差され、僕はそちらへ向かった。 台所の左に大きな食器棚、右に古い型の冷蔵庫がある。 食器棚の扉を開けてコップを探していると、中段の棚板の左端に黄色い付箋が貼ってあることに気づいた。

空と踊る男 @dancewithsky

〈血眼の限界。炊飯器の中を見ろ〉 と書き殴られている。 面食らいつつ、僕は流し台の横に置かれた炊飯器の蓋を開けてみた。 空の鍋の底にまた付箋が貼ってある。 〈首が狂いつつある。冷蔵庫の扉の裏を見ろ〉 薄気味悪さを覚えながら、僕は冷蔵庫を開けた。 開けたとたん、強烈な異臭が鼻を刺す。

空と踊る男 @dancewithsky

この生モノが腐ったような匂いは一体…… 冷蔵庫の扉の裏側、卵ケースの真下のスペースに、やはり黄色い付箋が貼ってあった。 〈痙攣してついにおしまい。この冷蔵庫は、ヒデトシの家族全員分の頭を入れるのにちょうどいい〉 背筋がすっと冷たくなる。何なのだろう。この不気味な走り書きは……

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冷蔵庫の下の段には大きな黒いビニール袋の塊が詰め込まれている。 この凄まじい異臭は、あの袋から漂ってくるとしか思えない…… よく冷えた麦茶の入ったボトルを見つけたが、とても飲む気になれず、食器棚から出したコップひとつにだけ注ぎ、居間へ戻る。 黒づくめの女の人は居間にいなかった。

空と踊る男 @dancewithsky

自分の部屋へ戻ったのだろうか。コップを居間のテーブルに置いた。にわかに不安が高まる。 何もかもがおかしい。瀬戸くんやお母さんが家にいないのも。他に誰も来ないのも。あの黒づくめの女の人も。キッチンの付箋に書かれた言葉も。そして冷蔵庫の中のあの異臭。黒いビニール袋に包まれた何か……

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ピンポーン 玄関のチャイムが鳴った。 ……良かった。やっと瀬戸くんか他のクラスメイトが来たんだ…… ピンポーン でも、僕が勝手に出てしまっていいのだろうか…… ピンポーン なぜあの女の人は出て来ようとしないのだろう…… ピンポーン 宙吊りの状況に耐えられなくなり、僕は玄関へと向かった。

空と踊る男 @dancewithsky

ピンポーン はやる気持ちで玄関のドアを開ける。 外には若い男性の制服警官が立っていた。とても整った顔立ちをしている。大きな黒いクーラーボックスらしきものを両手に抱えている。 こんにちは。お父さんかお母さんはいるかな？ 警官は爽やかな声で僕に聞いた。 いえ、僕は、ここの家の人じゃ……

空と踊る男 @dancewithsky

大変な事件が起きたんだ。警官は平然と僕の言葉を遮って話し始めた。 〈雑木林の首斬り魔〉のことは君も知っているね？ は、はい…… その正体は〈学生服のおじさん〉だったんだ。奴がまた子供を殺して、この近辺をうろつき回っている。恐ろしい事態なんだよ。 話が唐突すぎて頭がついていかない。

空と踊る男 @dancewithsky

〈雑木林の首斬り魔〉はこのM町では僕が生まれる前から有名だった。 惨たらしく殺された子供の首の無い死体が町外れの雑木林の中に放置されていた事件が、ここ15年間で三件も発生している。 当然警察が犯人逮捕のため捜査を継続しているが、未だに容疑者候補すら一人も挙がっていないらしい。

空と踊る男 @dancewithsky

一方、〈学生服のおじさん〉は僕が通う小学校の生徒たちのあいだでは笑い話のネタになっている。 「〈学生服のおじさん〉が来るぞー」とふざけて囃し立てる子がよくいる。 でも、僕にとってのあの人は…… 二つの存在が、頭の中でどうしても結びつかない。〈学生服のおじさん〉が子供を殺した？

空と踊る男 @dancewithsky

今、この地域はとても危険なんだ。一刻も早く親御さんに伝えなくちゃいけない。僕、判るね？ ですから、僕はここの住人ではなくて…… 警官が、くじゃっ、と笑った。 整った顔全体が一瞬で真ん中へと折り畳まれたように奇妙な形に変わり、すぐまた元に戻った。 その顔の動きに全身が総毛立つ。

空と踊る男 @dancewithsky

まるで顔の皮膚全体がゴムで出来ているかのような…… 怖い。このお巡りさんは、怖い。 仕方ないな。説明しても駄目なら、これを見てもらうしかないね。 そう言うと、警官は両手に抱えていたクーラーボックスをいきなり玄関の床にドサッと落とした。 この中に入っているんだよ。殺人の証拠が。

空と踊る男 @dancewithsky

〈学生服のおじさん〉がついさっき殺したばかりの子供の首が。三つもね。 警官の言っていることが全く理解できない。 いや、この人は本当に警官なのか…… それはぜひ見たいね。 いつのまにか黒づくめの女の人が背後に立っており、僕は凍りついた。 お母さん。ああ助かりました。 警官は敬礼した。

空と踊る男 @dancewithsky

ご苦労様。また〈学生服のおじさん〉が子供を殺したんだって？ ええ。今ちょうど、証拠の遺体の一部をお子さんにも見てもらおうと。 ほら、見せてもらいなよ。 女の人が、にぇり、と笑いかける。 両目とも黒目だけになっている。 僕、ちょっと待ってておくれよ。 警官が、くじゃっ、と笑いかける。

空と踊る男 @dancewithsky

目や鼻や口が顔の真ん中に折り畳まれ、一瞬完全に見えなくなった。 警官がクーラーボックスの蓋に手をかける。 嫌だ。絶対に見たくない…… 僕は警官の横を全速力ですり抜け、裸足のまま玄関の扉を開け外へ飛び出した。 はははははは 警官の笑い声と、 あらヒデトシ、ついに首だけになっちまったね。