楕円関数論とは?

ベルヌーイ兄弟のレムニスケート曲線の発見から、ファニャノ、オイラー、アーベル等を経て楕円関数論へ至る数学史のtweetまとめ
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高瀬正仁 @M_Takase_imfo

・楕円関数論とは(1) 楕円関数論誕生の契機となったのはレムニスケート曲線の発見です。発見したのはベルヌーイ兄弟。発見の端緒は側心等時曲線の探索で、この問題を提示したのはライプニッツでした。楕円の弧長を表す積分は楕円積分ですが、そこから楕円関数論が生れたわけではありません。

2019-06-28 03:15:28
高瀬正仁 @M_Takase_imfo

・楕円関数論とは(2) 曲線を探索するには、まずはじめに接線の方程式を書き下すのが、ライプニッツ の無限解析の流儀です。接線の方程式はdxとdyを連繋する1階微分方程式の形で現れます。そこで逆接線法という名の積分法を適用して、曲線の方程式を求めるという手順で進みます。

2019-06-28 04:55:19
高瀬正仁 @M_Takase_imfo

・楕円関数論とは(3) まず側心等時曲線の接線の方程式が書き下されました。変数変換を繰り返して接線の方程式を変形していって、到達した微分式を何らかの曲線の線素ではと洞察したところに、ベルヌーイ兄弟の慧眼が光っています。まず兄のヤコビがその曲線を発見しました。

2019-06-28 05:02:22
高瀬正仁 @M_Takase_imfo

・楕円関数論とは(4) ベルヌーイ兄弟に続いてイタリアにファニャノ伯爵が現れて、レムニスケート曲線の幾何学的2等分、3等分、5等分の方法を発見しました。それをオイラーが見ると、微分方程式dx/√(1-x^4)+dy/√(1-y^4)=0の1個の代数的特殊積分がそこに書かれていました。1851年の年末の出来事です。

2019-06-29 02:46:47
高瀬正仁 @M_Takase_imfo

・楕円関数論とは(5) ファニャノの意図はもともとレムニスケート曲線の作図を2次曲線(楕円、放物線、双曲線)の作図に帰着させることにあり、等分理論の発見は偶然の産物でした。ところがそれを見たオイラーはたちまち一般の代数的積分の発見に成功しました。これが今日の楕円関数論のはじまりです。

2019-06-29 02:51:10
高瀬正仁 @M_Takase_imfo

・楕円関数論とは(6) 楕円関数論の泉が微分方程式であることは忘れられません。しかもオイラーが発見した一般代数的積分には加法定理が秘められていました。一般に楕円積分の加法定理も見つかり、楕円関数論を支える柱になりました。

2019-06-29 03:14:06
高瀬正仁 @M_Takase_imfo

・楕円関数論とは(7) アーベルの論文「楕円関数研究」(1827-28年)が開いた新たな楕円関数論。 等分方程式論。ここからアーベル方程式が発見され、虚数乗法論の糸口が見つかりました。どちらもレムニスケート関数がモデルです。変換理論はオイラー以来の微分方程式論の系譜に属しています。

2019-06-29 19:31:36
高瀬正仁 @M_Takase_imfo

・楕円関数論とは(8) 楕円関数論数論との関係をはっきり認識したのはガウスです。ガウスはレムニスケート関数と4次剰余の理論との連繋を語っていて、アイゼンシュタインがこれを確認しました。不定方程式論とも関係があり、ヤコビにその方面の論文があります。

2019-06-29 20:31:37
高瀬正仁 @M_Takase_imfo

楕円関数論とは(9) 代数方程式論、数論、微分方程式論が一体となって楕円関数論の世界を作っています。レムニスケート曲線の発見に始まる大きな物語です。

2019-06-29 20:46:42
高瀬正仁 @M_Takase_imfo

ガウスの遺稿より 『全集』第10巻所収 レムニスケート曲線の等分方程式論の試み。遺稿ですから、アーベルはこれを知りませんでした。 pic.twitter.com/ImNDalYNBD

2019-06-29 21:00:01
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