怪談百物語（後）

cha_bo @cha_bo39

@YouTube 極端な唯物主義というか、幽霊だの妖怪だの、そんなものは無いと強固に信じている節はあったが、ヤクザみたいな強面にも怖じることはなかったな。 見た目も体格も普通の男だったけれど、怖がりな僕も彼といると無敵な気がして、わざわざ心霊スポットと言われるところに一緒に行ったりした。

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@YouTube 山中の廃屋、廃道、廃トンネルなど。 廃墟の写真を撮るという口実に付き合ってもらっていたのだ。 ある時に廃村を訪れようという事になった。 そこは、夏に行こうとしたのだがヤマビルに集られて引き返したところだった。 帰りに寄った温泉が気に入ってたんだろう、怖いもの知らずの友人も快諾した。

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@YouTube 紅葉シーズンも終わっており、山に向かう道も閑散としていた。 車で行けるところまで行き、あとは山道を踏み分けて歩く。 崩れた祠や石灯篭が木々に埋もれて、かつてここに集落があった気配がする。 小一時間ほど歩くと、崩れた家屋の集まる一帯に到着。

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@YouTube 柱が倒れて屋根が落ちた建物が多い。この辺は雪が積もるからなぁ。 写真を撮りながら進んでいくと、石垣に囲まれた大きな建物に突き当たった。よほど頑丈な作りなのか屋根も落ちていない。 庄屋とか名主の家なのかな？ 家の周りをぐるりと回って見ていると、同行の友人がいない。

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@YouTube 家の正面に戻ってみると、ここだ、と声がする。 家の中にいるようだ。 そぉーっと玄関を潜り抜けてみると、奥の方で音がする。 表座敷は廃屋にしては片付いており、荒らされた気配もない。 「こっちだ。こっち来いよ。面白いものがあるぞ」 友人の呼ぶ声がする。

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@YouTube 土足で座敷に上がる事に後ろめたさを感じながら、おっかなびっくり中に入っていくと。 奥座敷に友人が背中を向けて立っていて、その向こうには大小の人形がビッシリと。何十体あるんだろうか。 伝統的な市松人形ばかりではなく、ビニル製の人形もある。 なんの為にここにこんなに？

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@YouTube ここは早く立ち去った方が良さそうだ。 友人に「もう行こう」と急かすが、なかなかその場を動こうとしない。 先に外に出て深呼吸していると、ようやく彼も外に出てきた。 コートの前で腕を回している。じっとしていて冷えたんだろう。 日が暮れる前に帰ろう。

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@YouTube 車のあるところに戻り、乗り込む。 友人がコートの前をはだけると、そこには人形が。 持ってきちゃったの!? 怖いもの知らずではあるが、廃屋を荒らしたりするような奴では無かった筈。 どうして？なんで？と問うと、何でだろうと首を傾げている。何故か手に取っちゃったんだよなぁと不思議がっていた。

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@YouTube この件以来、友人との探検旅行は途絶えた。 僕が怖くなったからだ。 その人形、古びた市松人形は、僕が然るべきところでお祓いしてもらえと言うのを聞かず、友人が持ち帰った。 何故その人形を持って帰ろうと言う謎を解明したいと言って。 翌年、引っ越しした事、忙しくなった事で彼と疎遠になった。

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友人の訃報が届いたのは、廃村を訪れてから一年後の事。 不規則な食生活の末の疾患による突然死だったそうだ。 葬儀に赴いた際、あの人形の事をちらっと聞いてみたが、遺品の中にそんなものは無かったと聞いた。 元の場所に帰してこようと思ったのだが。

cha_bo @cha_bo39

死は呪いだったような気がしてならない。 グリム童話に、怖いという事を知らない若者が呪われた城で三日過ごし呪いを解くという話があるが、彼の場合はそうならなかったのか。 恐怖心が無いという事は危険を察知する能力に欠けているのと同義ではないか。 そう思い至らなかった事に責任を感じている。

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80年代後半から90年代は、キャンバスに描くのはダサいという風潮があったな。

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だから僕らは、発泡スチロールやウレタンシートや流木、石などを素材にしたし、挙句は真っ暗な部屋で街中で録ったノイズや陶器の破片や枯葉を踏み敷く音を流し、視覚的なイメージを喚起してもらう試みなどもした。 まぁジャンクアートの一種という事になるんだろう。

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いまだ、印象派の時代と変わんないような絵なんて描いてたらダサいじゃん？ でもさ、絵の具を叩きつけたような抽象画も古い、100年か50年かの違いで焼き直しなのは一緒だよ、と。 少なくとも僕らの周りでは、そんな気分が漂っていた。支持体にも絵の具にも依らない表現を。若気の至り、だね。

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ある時、誰が言い出したか、廃墟美をテーマに作品を作ろうという事になった。 室内を打ち捨てられた廃物で埋めた、クルト・シュヴィッターズのメルツ絵画の拡大版。 参加メンバーそれぞれが、古物商や青空市などから相応しいものを集め、降り積もった積年の埃を表現する為、石膏の粉を振り撒いた。

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観賞は天井から低く吊るしたゴンドラ上の板を歩くようにした。足場を不安定にし、臨場感を高めるつもりだった。 我々も白装束でセットの中に潜んだり、バックヤードで物音を立てたりした。 概ね評判は良かったが、来場者に書いてもらった感想ノートを見ると、お化け屋敷としての評価だなと思った。

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メンバーが集めてきた様々なジャンク品、古い型のテレビだったり陶器だったり、そうしたものの中に、古い写真の束があった。和装の家族写真や軍服姿の青年の写真など。昭和初期のものだろう。 メンバーの中でも、これは!?と思う迫力のある古物を集めてきた奴が持ち込んだ、その中の一つだった。

cha_bo @cha_bo39

そのままなら、ただの黄ばんだ古い写真だったんだが、それらの写真の中の人物、どれも顔の目の部分が、引っ掻かれて、かき消されていたんだ。経年が見てとれて近年つけた傷には見えなかった。 これヤバい。けど凄い。 写真のうちの何点かは額に入れ、ジャンク品の中で一際目立つ様に展示したのだった。

cha_bo @cha_bo39

この展示は、40平米くらいのガレージのようなスペースで、会期は一週間足らずだったかな。みんなお金は無かったから、それが精一杯だった。 なのでわーっと設営して撤収という感じで慌ただしく、あまり細かい事は覚えていない。会期中にも色々あったし。

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この展示を舞台に、パフォーマンスというか無言劇というか、を演じようという計画もあった。 が、出演予定のメンバーが来ない。 件の写真を持ち込んだ人物だ。 代わりに僕が出演する事になってしまった。 pic.twitter.com/n2oAjm8Vk1

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いま写真を見ると、ありがちなアングラ演劇みたいだ。僕ら、当時でも周回遅れを感じてはいたけれど、それでも真剣にやってたんだ。黒歴史といえばまぁねぇ。白塗りだけど。僕の演技については触れないでおく。 それはそうと、来るはずだった役者の話だが。

cha_bo @cha_bo39

会期中は連絡が取れず、漸く撤収日になって現れた。酷くやつれた姿で。 体調を崩し、その日も来るのがやっとだったらしい。 各々が持ってきた品、終わってしまえば殆どゴミだが、を片付けていると、その彼は自分が持ってきた写真を丁寧に集めている。 その写真は？ 何処で手に入れたものかと訊くと、

cha_bo @cha_bo39

古い廃屋から持ち帰ってきたものだと答えた。 コレは作品になるとつい持ってきてしまったのだが、設営の翌日から身体が酷く怠く、しまいには立っている事も出来なくなった。 仕方なく横になっていると、写真の、顔のない人たちが自分を見下ろしている気がする。

cha_bo @cha_bo39

朦朧としてきて、視界がぼんやりとしてくると、自分がいまいるのは、自分の部屋ではなく、廃屋の座敷にいるような気がしてきた。悪い夢を見ているのだと思っても、雨漏りの染みが目立つ板張りの天井が見える。自分の部屋は普通のモルタル天井のはずなのに。