貰いタバコ

47都道府県怪談1話
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小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

#都道府県怪談 その日は予ねてより計画をしていた、夏の大雪山を縦走するべく朝からロープウェイに乗り、旭岳に足を踏み入れていた。 夏とはいえ山には雪渓も残っていて、ある程度の防寒や装備を携行していないと、いざという時に危険であり荷物もそれなりの重量となる。 続く↓

2019-11-12 02:39:15
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

その重い装備の詰まった荷物を背負い、夏の日差しで汗をかきながら、傾斜を踏みしめて歩むのは中々にしんどい。それでも登山で天候に恵まれる事は何よりである。 なにより、心地の良い大自然の空気と景色を満喫しながらの行程は、疲れを感じない程に足取りが軽やかな気にさせてくれる。 続く↓

2019-11-12 02:39:16
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

順調な登山行程で正午には北海岳に到着し、ここで休憩をとる事にした。 昼食を済ませ、タバコの煙を吹かしながら景色を見渡すと、その美しさに感嘆してしまった。 山々は冬の名残である雪渓の白と、植物が染める緑に彩られ、そして空はまさに吸い込まれそうなる程の青。 最高のパノラマだ。 続く↓

2019-11-12 02:39:16
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

この素晴らしい風景を見て、大雪山が神々の遊ぶ庭『カムイミンタラ』と古くは呼ばれていた事に納得した。 今日は休暇を取ってまで来て本当に良かったと改めて思い、ここまでの疲労が吹き飛ぶような心地になったので、もう一踏ん張り頑張るかと腰を上げて再び歩みを進めた。 続く↓

2019-11-12 02:39:17
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

その後も景色を楽しみつつ行程をこなし、夕方までには今日の目標地点である白雲岳の山小屋に到着をして、この日は明日の登山に備えてゆっくりと体を休める事にした。 翌日は午前7時頃に山小屋を出発して、今日の目標地点であるヒサゴ沼を目指し歩を進める。 続く↓

2019-11-12 02:39:17
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

この日も昨日続て、絶好の日和に恵まれての登山となり、すこぶる気分も良く思わず鼻歌でも歌い出しそうになるところだった。 道すがら咲いている高山植物などに目を楽しませて貰いながら、心の中で牧歌的だなっと呟き、ご機嫌に行程をこなし、高根ヶ原を超えて忠別沼と到着した。 続く↓

2019-11-12 02:39:17
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

忠別沼でもその風景の美しさに息を飲んだ。 沼のほとりには絨毯のごとく花が敷き詰めるように咲いており、沼の湖面は鏡のように青々とした空を映し出していて、幻想的な物語の世界のように思えた。 その光景は今回の登山で一番と言っても過言でないほどの美しさだと断言しても良い気がする。 続く↓

2019-11-12 02:39:18
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

この場所に何時までも留まりたい気持ちになるが、この先の行程もあるので名残惜しくも先へ進むべく、沼を横切る木製の桟道を渡り忠別岳の山頂を目指した。 山頂が見えて来ようかという時だった、先程まで快晴であったのにガス(霧)が立ち籠め始めたのだ。 続く↓

2019-11-12 02:39:18
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

このまま登っても危険だろうしと、視界が晴れるまで休憩する事にした。 一時の事だろうと高を括っていたのとは裏腹に、ガスは更に濃さを増し、数メートル先もまともに見えなくなり、更には冷気が辺りを包み始め、きちんとした防寒では無いとはいえ、異様な寒さを感じるほど冷え込み始めた。 続く↓

2019-11-12 02:39:18
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

この異常な寒さは夏山のものではなく、厳冬期の山の冷気のそれに近いものであり、流石に身の危険を感じたので、すぐにザックから雨具を取り出して羽織、ツェルト(簡易テント)を張り中に入り込んで、少しでも体温を失わないように出来る限りの防寒を施して、なんとかやり過ごそうとする。 続く↓

2019-11-12 02:39:19
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

それでもガチガチと歯の根が合わないほどの寒さに襲われ、このまま凍死するかもしれないという考えが頭をよぎり始めた。 『さっきまで素晴らしいくらいに快晴だったのが、どうしてだ? これは夢じゃないのか?』 もしかしたら死ぬかもしれないという恐怖が湧き始め、思考が現実逃避をしだす。 続く↓

2019-11-12 02:39:19
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

そんな逃避する思考を現実に引き戻すように、ザッザッという地面を蹴る音がツェルトへと近づいてくる。 急な事に心臓が飛び出すかと思うほど驚くも、誰か来たのか、それが人かどうか正体を見極めねばと冷静に考え、ジッと静かにしながら布越しに外の様子を伺ってみる。 緊張が走り心音が増す。 続き↓

2019-11-12 02:39:20
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

ここまで警戒するのは、外にいるのが人ではなくヒグマである可能性もゼロではないからだ、もしそうならば迂闊に刺激して怒らせてしまえば死に直結してしまう。 なんとか正体を確認したいが、ガスのせいで全く外の様子が解らない状態だ。 そんな状況で、音だけがどんどん此方へと近づいてくる。 続き↓

2019-11-12 02:39:20
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

ついにはツェルトの布越しに近づいてくるモノの影が映り込んだ。 デカイ! 大きいなにかが立ち上がってこっちに近づいてくるのが視界へと入る。 ヤバイと思いかじかむ手で必死にザックを開けて、中から熊撃退スプレーを取り出し、持ち迎え打つべく震える手でそれを持ち構えた。 続く↓

2019-11-12 02:39:20
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

緊張がピークを迎え心臓が早鐘のように打つのが解る。 とうとうツェルト越しにその影が目の前に立った。 『来るなら来い! 刺し違えてやる!』 覚悟を決めて身構えていると、不意に外の影から何かしらの言葉をかけられ体が跳ね上がるほど驚いた。 続く↓

2019-11-12 02:39:21
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

人なのかと思いながらも、体が強張りまったく動けずにいると、また外から何か話しかけてくるが、まったく言葉が解らない。 「すみません、もう一度お願いします。」 そう外にいる人物に寒くて震える声で話しかけると、もう一度なにかを話かけてこられるが、やはり全く解らない。 続く↓

2019-11-12 02:39:21
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

このままでは埒が明かない上に、今も気温が下がっていっているのだろうか、ますます寒さが増していく。 何より自分がこの状況に耐えられないと思い、意を決して外の人物の姿を直に確認する事にした。 寒さからなのか、恐怖からなのか小刻みに手が震えてしまう。 続く↓

2019-11-12 02:39:22
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

ファスナーのスライダーが下ろされるにつれ、ゆっくりとその口が開いていく様子が、異世界の扉を開ける事のように思えてしまい不安でしようがない。 それでも腹を括った以上、その勢いのままにツェルトの口を広げると、そこにとてつもなく大きな人間が立っていた。 続く↓

2019-11-12 02:39:22
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

驚愕で身動ぎ一つ取れずにいると、目の前の巨人は体を屈めて長いざんばら髪を垂らした髭面をぐいっと寄せ、こちらを覗き込んできた。 屈んではいたがデカイ事が解る、自分の身長が180センチはあるのだが、相手はそれよりも遥かに大きい、恐らくは2メートル半以上は優に超えるであろうか。 続く↓

2019-11-12 02:39:22
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

そんな大男が生気のない虚ろな目でジッと自分の顔を見つめるのだから、怖くない訳がない、 それにもまして、この極寒の中でTシャツに短パンと出で立ちが異様さを更に増加させ、一体なにが目的なのだろうか? 何をしてくるのだろうか? そう思うと心の底から恐怖が湧いてくるのを自覚した。 続く↓

2019-11-12 02:39:23
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

目の前の男が人を喰う鬼だと言われれば、なんの疑いもなく信じてしまうだろう。 そんな恐怖の対象が自分へと手を差し出し、意味不明な言葉で話かけてくる状況に今にも発狂寸前となっていた。 いっそ血迷ってコイツに飛びかかろうかと思った瞬間である。 「タバコ……タバコ……」 続く↓

2019-11-12 02:39:23
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

大男は『タバコ』という自分にもはっきりと解る言葉を繰り返し呟いた。 そう言われたものの、どうしていいのか解らないで呆然としまっていると、男は更に手を突き出し「タバコ」と繰り返してきたので、慌ててザックに入れていたタバコの箱を取り出しそれを見せると、大男はコクコクと頷いた。 続く↓

2019-11-12 02:39:24
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

ここで初めて相手と意思疎通が出来た気がして、そう思うと急に安心感が湧いてきた。 それでも機嫌を損ねないようにしなくてはと、急ぎ箱からタバコを一本抜き取ろうとするも、寒さで上手く指が動かず中々取れずに手間取ってしまう。 続く↓

2019-11-12 02:39:24
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

焦りながらも何とかタバコを一本抜き取り、男の大きな手の平に乗せてやると、器用に太い指の間にタバコ挟むと、それを口に運んで咥えると今度は顔を目の前まで差し出してきた。 続く↓

2019-11-12 02:39:24
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

ああ、火かと思いジッポでタバコに火をつけてやると旨そうにㇷ゚カリと煙をくぐらせると立ち上がり、踵を返し大男が立ち去っていくと、ガスが見る見る晴れていき、立ち込めていた冷気も潮が引くように消えていった。 続く↓

2019-11-12 02:39:25