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歴史研究の話

まとめました。
史料 歴史学 ガリレオ
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
ちょいと歴史研究の話を。 「歴史って、研究者の解釈によって内容が変わったり、二度と再現されない過去の物事を扱うだけだし、精々雑学でしょ?」というように昨今は思われているかもしれない。さて、どういう例で応答すべきか。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
科学史で有名なガリレオの宗教裁判。この事件を巡っては、それこそ世界中の歴史家が膨大な研究を今も積み重ねている。この裁判の判決文を取り上げて、例にしよう。以下で必要な情報は、ガリレオに対する判決文には10名の枢機卿が関わっていたのに最終的には7名しか署名しなかったことである。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
これに対してある研究者は (A)「この判決には七名の署名しかなく、他の三名の委員が署名を拒んだことは重要である。ガリレオを擁護する人びとがまだ……[教会側に]存在していたということと、この裁判の変則性を示しているからである」 と評価する。一方、次のような評価もある。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
(B)「判決文については、出席していた枢機卿の全員が準備されていた書類の末尾に署名し、欠席者は署名することができなかった。それだけのことである。三名の署名がないことに深い意味を見つけようとしても、徒労に終わるだろう。」 両者は正反対どころか、(B)は(A)を全否定している。 実は……
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
(A)も(B)も同じ研究者によって書かれた文章である。出典は、 (A)田中一郎『ガリレオ』(中公新書、1995年)200頁 (B)田中一郎『ガリレオ裁判』(岩波新書、2015年)190頁 である。一体なぜ、このようなことになったのか?両書が刊行されるのに10年の開きがあるが、この間に大事件が起きていたのである。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
それは2009年にヴァチカン秘密文書庫のガリレオ裁判関係史料が資料集として公開されたことである。(前段階として1992年にガリレオ事件調査委員会の報告が出されている。)この公開史料によって、署名の無い3名は単に欠席していたこと、裁判そのものは普通に行われていたことが分かったのである……
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
この報告書が出るまでの間、世界中の研究者たちはガリレオ本人の書簡や関係者の証言記録に基づき、裁判の推移を幾つかの仮説として立ててきた。その1つが(A)である。ところが2009年以後、完全ではないものの裁判の記録そのものが明らかになったことで、結局仮説(A)は棄却されてしまうことになった。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
だからといって、仮説(A)を立ててきた歴史学研究は無駄だったのであろうか。この点は、歴史学と古生物学の行っていることがかなり類似している。古生物学では新しい化石の発見によって、通説が一変することはよくある。その点で、古生物学における通説は常に「仮説」でしかない。歴史学も同様である。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
ある時点で利用可能な情報(史料/化石)を全て参照して、合理的な推論を積み重ねて両学とも仮説を構築する。もしかしたらその仮説は永遠に仮説のままかもしれない。ガリレオ裁判記録のように、運良く新しい情報が得られれば、仮説は更新される。(なお、仮説構築が妄想によるものでないことは大事。)
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
より確度の高い新しい仮説が出た時、古い仮説を固執せずに棄却するのは、研究者ならば普通にしていること。(もちろん、その過程でしばしば論争が起きる。)だから田中さんが(A)から(B)に主張を変えたのは特に問題は無く、むしろ2009年以後はそれが必然であると言ってよい。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
歴史研究の現場では、史料の情報量がわずかで、単一の仮説に収束せず複数の仮説が提唱されて論争が起きることがしばしばある。より確度の高い仮説を得るために様々な方法論が模索される。例えば、文字情報だけではなく放射性炭素による年代測定、写本の系統分析、同時代の遺物等々から情報を得る。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
まとめると ・妄想によれば幾らでも「学説」はできてしまう(陰謀論とかですね) ・史料に基づく合理的な推論によって仮説は更新される(研究による仮説並立と陰謀論の乱立は区別が必要) ・矛盾の生じない仮説の体系を構築することが歴史研究の営みの1つである(歴史哲学としては素朴な言い方ですが……)
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
もう一つの問題、二度と再現されない過去を語る意味について。これは多分、前提を変えねばいけないかもしれない。過去の物事が未来に再現されることなどあり得ない。これは認めてよいだろう。むしろ歴史学の社会的意味は、過去の情報を利用する基盤を与える点にもあるのではないか、というのが私見。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
人間個人が記憶に頼って判断するように、人間社会も過去に作られた情報に基づいて営みを継続する。そこで歴史研究は社会の外部記憶の基盤と言うべき史料を保存し、解釈していく作業を行っている。(それらの情報をどのように利用するかは社会それぞれで多様であるが。)
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
そんなことをつらつら考えていると、記録の保存の重要性という社会的問題にどうしても言及せざるを得ない。先に挙げたガリレオの裁判記録は、実はナポレオンがローマを制圧した際にヴァチカンから持ち出され、かなりの点数が散逸してしまい、永遠に失われてしまった。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
それでも残された情報が現在に至るまで保存されてきたことで、公開が可能となった。これは歴史学と言うよりもアーカイブの話題になってしまうが、恣意的な情報操作を未然に防ぐためにも公文書管理の徹底がやはり大事という、月並みな結論に辿り着いしまう。 おしまい

コメント

mikunitmr @mikunitmr 2020年1月26日
なんか下の方、順番が前後してますよ。
石部統久 @mototchen 2020年1月26日
mikunitmr 指摘ありがとうございます。修正しました。
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