その街のこども ⇔ マッドマックス考

まとめました。
映画
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新井英樹(職場から) @arai_h_official
自分の宿題『その街のこども劇場版』 阪神・淡路大震災から15年目の2010年。こどもの頃に震災を体験した 勇治(森山未來)と美夏(佐藤江梨子)。いまは東京に住むふたりが 「追悼の集い」前日に神戸・三宮で偶然、出会い、次の日の朝まで 話しながら歩き続けるはなし。
新井英樹(職場から) @arai_h_official
三宮から御影ってとこにある美夏のお婆ちゃんの家に荷物を置きに行き 追悼の集いがある三宮・東遊園地まで帰ってくる 「行って帰ってくるだけ」とは『マッドマックス フューリーロード』で よく目にした感想ですが・・・
新井英樹(職場から) @arai_h_official
『その街のこども』も「なぜ生きているのか、死なないのかわからない」 マックスと同じく、勇治には震災時の心の傷があり15年経った今も それを引きずり続けて、自分の仕事・生き方にも納得できずにいる。 先輩との出張で乗った新幹線、新神戸駅で、なぜか 彼は突然下車。この「なぜか」がいいんです。
新井英樹(職場から) @arai_h_official
美夏と出会い、恋に発展する訳でもなく、夜の街をひたすら歩き、話すふたり 美香にも震災の心の傷があることを知る勇治。彼は彼女に なにか出来るわけじゃないけど寄り添い、後押しだけする。 すると、自分の中の言葉にならない何かが動き始めたことに気付くのだった。
新井英樹(職場から) @arai_h_official
勇治と美夏の距離感も体温も物語の構造・展開 感情の動きもマックスとフィリオサなんですよ。 オレ、すみません、サトエリさん苦手だったんだけど、これ観て 「なんて!いい子なんだぁぁ!」ってボロ泣きで…
新井英樹(職場から) @arai_h_official
文字だけ頭だけの情報交換って、オレはですけど 「会話」だとは思えなくて。人と人がいっしょにいたら そこには気付きさへすれば、きっと「なにかが生まれる」し 「なにかが起きる」し「なにかが変わる」ってこと、 『その街』それを信じさせてくれる脚本・演技・演出です。
新井英樹(職場から) @arai_h_official
『マックス』はスタッフたちが映画の芯として テーマ「関与から癒しへ」を掲げていたそうです。 『その街のこども』も、まさに、そういう話でした。 ラストシーンなんか、ある意味まんまいっしょだから! でも、こっちが先!もちろん『マックス』も死ぬほど大好きですよ!
新井英樹(職場から) @arai_h_official
『その街のこども』はほんと、観る側が偶然、若いふたりに起きる 「小さな大きな出来事」という奇跡に遭遇してしまった! ような体感する物語。 観ることができるならぜひ、ご覧になってください。 こんなもん書ける渡辺あやさん、本当に凄いです!
新井英樹(職場から) @arai_h_official
大切なことは「目には見えないし数値化できないし言葉にはならない」 って、いまさら文章にすると恥ずかしいような人間の根っこのことを みんな、どっかに置いてきて忘れちゃったんじゃないかと 思う今日この頃。当たり前過ぎて、書くの恥ずかしいです。

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