四月一日のホラ話『おれとうそつきの鬼』

四月馬鹿の、本当か嘘か分からぬ話。
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岩手大好丸 @IWATE_JASSO

「それで?おめえ、鬼んなりでえのか?」 「はい。ぼくはもう、家や、学校や、町に居場所がありません。 あなたがたの、仲間にしてください。」 「むう」 そのときの、困ったような、怒ったような、優しい顔を覚えている。 まだ、おれが人間を名乗っていたころの話だ。20年は前になる。

2020-04-01 08:46:45
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

「おめえには、角がなきゃあ、牙もねえがらなあ。 おらは構わねえども、仲間が何て言うかだなあ」 もっともな話だ。 いきなり十一歳かそこらの人間の子供を、『今日から鬼だ』なんて紹介できるはずがない。 我ながら無茶なお願いをしていたものだと、今は思う。

2020-04-01 08:50:53
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

「まあ、まだ朝だがらな。 腹、減ってらが?マンマ食うべ」 「いいの?」 「ええ、ええ。友達だべ?」 こうして、人間のおれが、鬼になるための、長い一日が始まった。

2020-04-01 08:53:23
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

「なして鬼になりでえのや?」 昼飯を食いながら、じーさんはおれに聞いた。 「だって、鬼のみんなのほうが、岩手のこと好きだもん。 みんな、岩手なんかどーでもいいんだ。だからおれ、鬼がいいんだ」 「おめえは岩手が大好きだなあ。 岩手大好丸だな」 「なにそれ」 笑ったが、素敵な名だと思った。

2020-04-01 13:18:31
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

岩手の鬼は、みんな人前に出ないという。 それは、遠い昔の約束を守っているからで、彼らは岩手という土地を大事にしている。 東京の話ばかりする両親や、仙台ばかり遊びに行く友達より、ずっとカッコイイし、立派だと思った。 いつしか、鬼になるのが夢になった。 岩手を愛する、鬼になりたい、と。

2020-04-01 13:23:13
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

じーさんと出会ったのは、山遊びをしていて、道に迷ったときだ。 たまたまじーさんの家にたどり着いたおれは、泣きながらドアを叩いたのだ。 ロゴを消した古い農協のツナギを着たじーさんは、帰り道を教えてくれた。 そして名前を聞くとこう名乗ったのだ。 「おらか?おらはなあ、鬼だ!」

2020-04-01 13:47:11
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

もちろん、じーさんは鬼などではない。 足腰を悪くしてあまり山を降りられず、子供やその家族も、遠くに引っ越してしまったという。 そのときに岩手を離れることを拒否したことで、家族とは折り合いが悪いらしい。もう、何十年も会ってないそうだ。 奥さんも早く亡くなり、ずっとひとりで住んでいた。

2020-04-01 13:50:07
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

じーさんは、もう不用意に山へ入らないよう、脅しのために鬼を名乗ったらしい。 が、鬼に憧れていたおれは逆に気に入ってしまい、入り浸るようになった。 じーさんは機械に明るく、おれはじーさんの家でインターネットに触れ、魅力に取り憑かれた。 じーさんとおれは、友達だったのだと思う。

2020-04-01 13:54:23
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

おれが『鬼になりたい』と言うと、じーさんは決まって、嬉しいような、悲しいような、わからない顔をした。 あのとき、じーさんがどんな気持ちだったのか、今も分からない。 きっと、簡単にこうだと言えるような気持ちではなかったんだろう。 おれはというと、じーさんの仲間になりたいだけだった。

2020-04-01 14:00:01
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

そうしてその日、おれは変わらずじーさんの家で過ごした。 インターネットをして、テレビを見て、おれにはよくわからないじーさんの昔話を聞いて。 いつも通り、夕方になるまでじーさんの家にいた。 ―――あの、夕方まで。

2020-04-01 14:02:03
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

―――ちょうど、このくらいの時間だったと思う。 おれは、トイレに行ったんだ。 パソコンのある居間とトイレはちょっとだけ離れてて、行って戻るまで1~2分くらいかかる。 そのくらいの間に。 じーさんは・・・居間で倒れた。 もう、呼吸もほとんどしてないように見えた。 慌てて救急車を呼んだ。

2020-04-01 16:23:49
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

救急車が到着するまで、実際にはほんの数分だったんだろうけど、おれには何時間も経ったように感じた。 病院の人に、じーさんの近くに家族がいないことを説明した。 『友達だ』って言ったら、一緒に乗せてくれた。 何度も何度も声をかけた 起きなかった。 特別な別れもできす、じーさんは死んだ。

2020-04-01 16:27:50
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

あまりに突然すぎて、涙が出てこない。 どうしても、これが現実だとハッキリ思えない。 そんな時間がしばらく過ぎて・・・そして、じーさんの家族が、病院に来たんだ。 家族は、泣いてた。 ―――それが・・・・・・・・・どうしても許せなくて。 おれは、お互いの顔も知らない家族に掴みかかった。

2020-04-01 16:29:38
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

「なんでだ! おまえら、なんでだ!! なんで、いま来たんだ! なんで、いま泣いてんだ! じーさんは鬼じゃなかったんだ! じーさんは人間だったんだ! おれとちがって、ほんとは人間がよかったんだ!! どうしてじーさんを山奥の鬼にしたんだ!! どうして鬼のまま死んじゃったんだ!!」

2020-04-01 16:31:20
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

腹のところにすがりついて、ぐしゃぐしゃに服を引っ張って、力の入らない拳でめいっぱい、乱暴になぐりつけた。何回も。何回も。 その男の人は・・・顔も事情も知らないおれのことを、優しく抱きしめてくれた。 本当は分かってたんだ。 誰も悪くなかった。 おれはそれでも、そうするしかなかった。

2020-04-01 16:35:27
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

こうして。 おれの憧れの、うそつきの人間は。 鬼のまま、おれの前から姿を消したのだった。

2020-04-01 16:36:43
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

―――じーさんの葬式が終わって、少し経った日だった。 おれはじーさんの家に私物を少し置いていた。マンガとか、CDとか。 なので、家族のひとが整理に入るタイミングで、それを引き取りに行った。 そこで、息子さんから呼ばれて、離れの小屋に行った。 じーさんが趣味の工作をしてた小屋だ。

2020-04-01 17:25:42
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

「きみの名前が添えてあった。」 手渡されたのは、箱だった。 大きめのプラモデルくらいの、両手で持つような木箱。 確かにそこには、おれの名前が書いてあった。 箱を開けると―――そこにあったのは、角だった。 金色の、あからさまな鬼の角。 『せめて付けてけろ』と書いた紙が、一緒に入っていた。

2020-04-01 17:28:19
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

思わず笑ってしまった。 鬼といえば三角のツノ、なんて今日び流行らないのに。 しかも、角しかなかった。付けるための仕組みがない。 「・・・・これだけじゃ付けられないだろ」 思わず笑ってしまった。 おれは笑って、泣いた。

2020-04-01 17:30:34
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

―――そうして、20年ほど。 おれは、『おら』になった。 おらは、『鬼』になった。 帽子に付けた、あからさまな金の角。 じーさんと同じ、ロゴを消した農協ジャージ。 あの頃じーさんに教わったインターネットでは、今、自分の名前と肉体を決められる。 見た目は決まった。 名前は何にしようか?

2020-04-01 17:33:53
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

そうだ、あれがいいな。 じーさんが言ってた、変な名前。 『おめえは岩手が好きだなあ。 ―――――――――だな』 『なにそれ』 変だけど、おらはいい名前だと思ったんだ。 おらはじーさんと同じ鬼になる。 ホントかウソかなんて分かりゃあしねえさ。 4月1日は、そういう日だからさ。

2020-04-01 17:35:37
岩手大好丸 @IWATE_JASSO

ジャッソー! バーチャル岩手県民の、岩手大好丸でがーんす! おらはなあ、鬼だ! 信じでも、信じねぐっても、どっちゃでもええ! エイプリルフールだがらな!

2020-04-01 17:38:32