「ローマ式敬礼に執拗にこだわる宇宙人が地球にやってきたことから始まる異文化コミュニケーションの話」 ぷりめ文書

「なんだかよくわからないけど面白い」「面白いけどなにコレ」と評判です。
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@ぷりめ @prime46502218

地球人類と人型宇宙人とのファーストコンタクト。握手を求めた地球人代表に、宇宙人は右手をまっすぐ伸ばし高く掲げて答えた! 宇宙人の親愛のポーズは、あろうことかローマ式敬礼と同じだったのだ! 固まる各国首脳。自分も右手を上げた方がいいのか一瞬迷う地球人代表。急遽中継を止めるテレビ局。

2020-05-20 19:17:57
@ぷりめ @prime46502218

担当者は宇宙人にそのポーズはとらないでくれと頼むが、それまで温厚だった宇宙人が激怒した。『母の手』を見せあわないのは彼らの文化では最悪の侮辱なのだ。 宇宙人は世界各国に来賓として招かれ、アメリカでも仏でもロシアでも右手を掲げ、各国のテレビ局は中継した。しないと宇宙人が怒るのだ。

2020-05-20 19:24:16
@ぷりめ @prime46502218

連邦議会で侃々諤々の議論の末、ドイツ政府は宇宙人特措法を制定して、宇宙人の『母の手』はナチスと無関係であると結論付けた。こうして大統領官邸に招かれた宇宙人は、戦後ドイツで初の、公的な場で合法的に右手を高く掲げた知的生命体となったのである。 しかし、イスラエル訪問問題が残った。

2020-05-20 19:28:10
@ぷりめ @prime46502218

宇宙人を招こうと主張する一派と、断固反対する一派の間で、イスラエル世論は二つに割れた。しかし宇宙人パレスチナ訪問の衝撃で、招待派が勝った。 なぜそんな政治的に微妙な土地に行ったのか、尋ねられて宇宙人は「頼まれたから」と答えた。ナチス式敬礼に執拗にこだわる以外は気のいいやつなのだ。

2020-05-20 19:36:06
@ぷりめ @prime46502218

この事態に、かねてより宇宙人歴訪に抗議していたアメリカ、ドイツ、イスラエルの人権団体が激怒した。彼らは欧米のユダヤ系富裕層や上院議員、大手メディアを味方につけ、イスラエル政府と宇宙人を提訴したのだ。 こうして人類初の宇宙法廷闘争が始まったのである。

2020-05-20 19:41:51
@ぷりめ @prime46502218

異なる政府の法の下で暮らす、それも文化も生態も思考様式も異なる知的生命体をどう扱うべきか。エルサレムの裁判所に設けられた特別法廷の傍聴席は、将来のハンナ・アーレントを自任する世界各国の一流の研究者で埋め尽くされた。 入廷した宇宙人はさっそく敬礼して裁判長に注意された。

2020-05-20 19:50:40
@ぷりめ @prime46502218

侃々諤々の議論が四十日四十夜繰り返された。人権団体側の弁護士はNYの弁護士事務所に所属する超一流の弁護士であったし、宇宙人側の弁護士はイスラエル政府がこっそり用意したボストンの一流弁護士であった。しかし、あいにくどちらも宇宙人世界の法体系を知らなかった。 宇宙人も知らなかった。

2020-05-20 20:02:48
@ぷりめ @prime46502218

何故なら宇宙人はもともと宇宙船のパイロットで、しかも専門は通信なのである。彼が知っていたのは通信関係の法律だけだったのだ。 弁護士たちはお互いに、何をどう弁護し、何をどう切り崩せばいいのか、闇夜でお互いに切り結ぶかのように話し続け、だんだん話は法学部の討論会の様相を呈してきた。

2020-05-20 20:06:02
@ぷりめ @prime46502218

傍聴人のはずの研究者たちも、お互いの囁きから、いつしか討論に加わるようになってきた。裁判長は初めのうち制止していたが、次第に議論に聞き入るようになった。自分も何をどう裁定を下して良いかわからなかったので、参考になると思ったのだ。 皆は議論した。彼は地球の法で裁かれべきか否か、

2020-05-20 20:09:58
@ぷりめ @prime46502218

故郷の、同胞たちの考えた法でさばかれるべきか。しかし故郷の法がわからない。母星から法学者が来るのを待つか。そもそも法とは。 当代一流の知識人たちが広場を囲んで議論する。ソクラテスの時代への、それは回帰であった。 その空間は「決闘裁判を求める」という宇宙人の言葉で一気に蛮族化した。

2020-05-20 20:12:54
@ぷりめ @prime46502218

宇宙人によると、彼の母星では『母の手』ほどではないが決闘が重視されているという。理由を問われて、片方が死ぬまで戦えば勝敗が一目でわかる、と宇宙人は答えた。どうやら母星の同胞たちは、みんな彼と同じようなシンプルな価値観の持ち主らしい。 打つ手が他になかったので、一応皆は検討した。

2020-05-20 20:16:55
@ぷりめ @prime46502218

「しかし、体格が違いすぎる」と誰ともなしに呟いた。 今までに人型宇宙人としか書いていなかったため、身長も人類と同じくらいだろうと思われたなら筆者の落ち度である。宇宙人は身長三メートル半、体重二五〇キロ、こぶしやひじやひざは恐竜のように高質化し、全身これ凶器といった姿なのである。

2020-05-20 20:20:23
@ぷりめ @prime46502218

彼と決闘して勝てる者が地球人類にいるだろうか、居るいないは別として、誰が相手にふさわしいのであろう。 訴訟した人権団体の理事たちは、大学教授や引退した弁護士、NGO代表、元国連職員、欧米のセレブリティなどである。その平均年齢は54歳であった。女性も混じっている。少し無理がある。

2020-05-20 20:25:14
@ぷりめ @prime46502218

病人や老人などは代理闘者を立てることもある、と宇宙人が言うので、一応理事たちの意向を確認したところ、全員が代理人を望んだ。 各国の軍人、警察官、格闘家などにイスラエル当局を通して打診した所、宇宙人が相手と聞いて皆断った。SASの軍曹は理由を聞かれて一言、死ぬからだ、といった。

2020-05-20 20:31:07
@ぷりめ @prime46502218

法廷の皆が困り果てている中に、「おれがやる!」との勇ましい声がした。傍聴席にいたモスクワ大学法学部の教授であった。 法廷の人々は、彼の姿を見て、いけるのではないかと思った。先ほどこの法廷をソクラテス時代と言ったが、レスリングの達人・プラトンに例えた方が正確だったかもしれない。

2020-05-20 20:36:56
@ぷりめ @prime46502218

教授は肩幅あくまで広く、肩をいからせて歩き、並の拳銃では貫けもしないだろう分厚い胸板に赤いあご髭を垂らしていた。彼は当代随一の法学者であったが、法など存在しない時代でも、戦斧でもって名を高めただろう。実際彼は、モスクワ大学レスリング部の元主将で、今でも法学研究の傍ら指導していた。

2020-05-20 20:42:32
@ぷりめ @prime46502218

歩み出た教授と宇宙人が相対し、皆が感銘を受けた。彼らは四十日四十夜も複雑な議論を続けて少し頭が参っていたのである。 皆が歓声を贈る中、唯一正気だった裁判長は必死に止めたが、教授は止めてくれるなと言った。自分はこれまで各時代の裁判を研究してきたが、決闘裁判だけはしたことがない。

2020-05-20 20:46:46
@ぷりめ @prime46502218

今の時代に許されないことを実体験できる、人生で一度きりの機会なのだ、と言って上着を脱ぎ、ネクタイを緩め、腕時計を外した。 裁判長が呼んだ廷吏と警察が総出で宇宙人と教授を止めたとき、まだ教授には息があった。身長二メートル、体重一五〇キロのハンデはかくも重かったのである。

2020-05-20 20:50:35
@ぷりめ @prime46502218

こうして初人類初の宇宙戦争は人類の敗北に終わり、宇宙人は晴れて無罪となった。人類ー宇宙人間で決闘裁判が適用されるという判例ができてしまったので、もう誰も宇宙人を提訴できない。死ぬからである。 こうして、テルアビブの大統領官邸、エルサレムを訪れた宇宙人は高々と右手を掲げたのである。

2020-05-20 20:56:43
@ぷりめ @prime46502218

終了。なんだこれ(正気に戻る

2020-05-20 20:57:01