編集部イチオシ

時をかける忠臣蔵

@AwacsSierraAlfaさんの投稿を中心に、季節外れの「忠臣蔵」アレンジに至る経緯を簡単に併せて収録。
19
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

ところが、そうはならなかった。時間は巻き戻らず、戦闘は続いた。 そして、さらに一人が切られたとき、そこで時間が巻き戻った。 今のは何だったんだ。門の前で赤穂浪士たちが顔を見合わせる。 驚きはまだ続く。 一番先に切られた若衆が、仲間のざわつきを奇妙な顔で聞いていた。 そして、言った。

2020-06-16 19:45:34
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

何かあったんですか? 一同は呆気にとられた。何かあったどころの騒ぎではない、というのは全員が知るところのはずなのだ。 この男は、この奇妙な一連の騒動の中で初めて時間が巻き戻らなかった――ということの重大さを分かっていないのか。 皆が彼を非難し、なおも彼は戸惑い続けた。

2020-06-16 19:45:34
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

やがて、一つの事実が判明した。 彼は、時間が巻き戻る騒動のことを”知らなかった”。彼は、他の赤穂浪士と一緒に拠点を出発し、吉良邸の前についたばかり、そういう記憶を持っていたのだ。 その経緯はどうあれ、ひとまず騒動は一段落したようである。 彼らは改めて、討ち入りを実施した。

2020-06-16 19:45:34
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

やはり邸内の人間を切り殺し、今度は前回と違う赤穂浪士が切られ、そしてまた時間が戻った。 今度は、例の若衆もこのことをしっかりと”忘れていなかった”。 赤穂浪士たちの間にはいい加減に、何かすさまじい出来事が、単なる悪戯や勘違いでは済まされないような、

2020-06-16 19:47:15
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

妖術と呼ぶのがふさわしいようなことに巻き込まれていることが分かってきていた。 それでも、彼らの中には主君の無念を晴らすという大きな思いが、岩のようにがっしりとそびえたっていた。それほどまでに、彼らの恩義は厚かった。

2020-06-16 19:47:15
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

したがって、彼らにできるのは時間が巻き戻らないことを祈りつつ、討ち入りを何度も繰り返すことだけだった。 赤穂浪士はそれを忠実に実行した。 執念に突き動かされるように吉良邸に押し入り、中の人間を切り殺し、誰かが切られ、そして時間が巻き戻った。

2020-06-16 19:47:15
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

時間が巻き戻った時、稀に誰かが記憶を失くすことがあった。一人の時もあれば二人、多い時は五人というときもあった。 そのうち、大石は奇妙なことに気がついた。記憶を失くす人間は毎回同じ人物であり、特に例の若衆は絶対にそうなる運命にあった。

2020-06-16 19:47:16
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

そしてさらに討ち入りを繰り返す中で、大石の頭の片隅にある疑惑が生まれた。 それは巻き戻しを重ねるほどに大きくなり、やがて一人では抱えきれなくなったそれは他の浪士へと漏れた。 全員にその疑惑が共有された状態でさらに三回の討ち入りを繰り返してから、赤穂浪士たちは二つの結論を得た。

2020-06-16 19:47:16
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

まず、赤穂浪士の中で”殺されるべき順番”というものが存在し、それにしたがって殺されるうちは何も起きないが、その順番から外れて誰かが死んだ瞬間に時間の巻き戻しが発生すること。 次に、時間の巻き戻しが起きた時、その順番にのっとって死んでいた者は記憶を失うが、

2020-06-16 19:47:16
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

そうでないものは(順番から外れて死んだ者も含めて)記憶を引き継ぐこと。 にわかに信じられないことではある。 なにしろ、時間の巻き戻しを起こさないためには、赤穂浪士が正しい順番で死んでいく必要があるのだ。しかも、それが赤穂浪士全員に波及している、

2020-06-16 19:47:16
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

つまり全員死ぬまで時間が巻き戻り続ける可能性もあった。 しかし、これまでの情報をすべて整理すると、大石たちにはこれが正しいとしか考えられなかった。 加えて、大石にはこれが吉良の仕業であると確信する理由があった。 もう遠い昔の話に思えるが、最初の討ち入りで吉良を追い詰めた時、

2020-06-16 19:47:17
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

彼は確かに何か妖しげなことを行っていたのだ。 ひょっとしたら、最初の討ち入りで死んだ順番を遵守しなければいけないのかもしれない。 赤穂浪士を絶望が襲った。彼らは全部で四十七名。正しい順序を総当たりで探すには、全部で10の59乗以上のパターンを試さなければいけないのだ。

2020-06-16 19:47:17
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

間違ったパターンを引いた場合、彼らには自分が死んだときの感触が残る。 まだ何十回程度しか討ち入りを繰り返していない彼らですら、既に記憶している自らの死は相当なストレスになっていた。 それを、気の遠くなるような回数だけ繰り返したとして、それまでに発狂してしまうだろうことは

2020-06-16 19:47:17
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

想像に難くない。 では、諦めるのか。 否、この期に及んでも、彼らの頭にその選択肢は存在しなかった。 幾度となく繰り返される殺しと死の体験が積み重なった結果、当初彼らが持っていたはずの仁義だとか忠義だとか、そういったものからくる吉良に対する敵意は醜い変貌を遂げていた。

2020-06-16 19:47:17
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

今や、彼らを動かすのは吉良に対する恨みだった。地獄より辛い思いをするハメになった(おそらく)下手人であるはずの吉良に対する復讐心。自らの生死をぐちゃぐちゃにもてあそばれたこと、主君への忠義を良い様に利用されたことへの怒り。

2020-06-16 19:49:19
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

しかし、このまま討ち入りを繰り返すのでは、ただ生死を再度ひとめぐりするだけである。 かといって討ち入りを取りやめる気はさらさら無い。 はて、どうしたものか―― ここで、一人の浪士が声をあげた。 誰かが死んで時間が巻き戻るなら、誰も死ななければ良い。一人の死者も出ないうちに吉良を捕らえて

2020-06-16 19:49:20
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

呪術を解かせれば良い。 それを聞いた浪士たちはウンウンと頷いた。 なるほど、たしかにそれはそうだ。間違ってはいない。 問題は、そんなことが可能なのかどうかである。 我らよりも数の多い手勢に対して、一人の死者も出さずに首領を捕まえられるものだろうか。

2020-06-16 19:49:20
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

何はともあれ、こうして何度目か分からない討ち入りが実施された。 ただし、今度の目的は人殺しではない。生存である。 そして、懸念は杞憂に終わった。 なにしろ、吉良邸には数えきれないほどに何度も押し入っているのだ。屋敷の構造、敵の数、強さ、配置。

2020-06-16 19:49:20
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

これらを、赤穂浪士の全員が文字通り死んで覚えていた。 赤穂浪士たちは、それまでは屋敷の中の人間をすべて切り殺すつもりだったからこそ邸内の人間に真正面から戦闘を挑んでいた。 そのために耐えきれない出欠のために死ぬことこそあった。 しかし、あくまでも生き残ることを最優先にした結果、

2020-06-16 19:49:21
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

炭焼き小屋の前にあっさりと全員が無事に終結できてしまった。 炭焼き小屋から引きずり出されてもなお、吉良の顔には嫌らしい笑いが残っていた。 ここでおれを殺したって、また”戻る”だけだぞ。時間が戻るたびにそれを数えていたが、もう百回は越えているはずだ。そろそろ諦めたらどうだ。

2020-06-16 19:49:21
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

その言葉を聞いた大石は、例の死ぬ順番に関する規約には吉良も含まれていることを察した。 おそらく、四十七士が全員死んだ後で吉良が死ぬ必要があるのだろう。 と、一人の浪士が吉良の胸倉をつかんで引き寄せた。 それは、四十七市の中で一番若い例の男であった。 彼は不敵に笑った。

2020-06-16 19:49:21
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

そうか。それなら、殺さなければいいわけだな。殺すことにはもう慣れた。殺さないことくらい朝飯前だ。 周りの浪士が吉良を縛って担ぎ上げたとき、吉良はこれから自分の身に待つ運命にようやく気付いた。 慌てて吉良は妖術の解法を提案するが、もはや誰も聞く耳は持たなかった。

2020-06-16 19:49:21
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

そんなことよりも、恨みを晴らすことのほうが重要だったのだ。 それからわずか半日後。 浅野内匠頭の邸内にて、大部屋の真ん中に一つの肉塊が転がり、その周囲を男たちが取り囲む光景があった。 言うまでもなくその肉塊とは吉良であり、周りにいるのは赤穂浪士たちである。

2020-06-16 19:49:22
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

彼らは捕らえた吉良を拷問にかけていた。生爪を剥ぎ、歯を削り落とし、指を折り、その他諸々の口にするのもおぞましいような方法で、彼らは吉良に対する恨みを晴らそうとした。 要するに、吉良が死んだら時が戻るならば、吉良をどんなに痛めつけても彼が死なない限りは何も起きないのだ。

2020-06-16 19:49:22
ドアが開かない @AwacsSierraAlfa

つまり彼らは、主君の無念を果たし切ったとは言えない。なにしろ吉良は生きているからだ。 彼らはそれでも良かった。彼らが自らに受けた凄惨な仕打ち、浅野が生前に彼から受けた辱め、その報いを彼に生々しく味あわせている。仇を討つのは、その後でも遅くない。そう考える者すらいた。

2020-06-16 19:49:22