傑作ドラマ『ブレイキング・バッド』のストーリー構成についてエピソードをピックアップして分析(ネタバレあり)

アメリカのテレビドラマ『ブレイキング・バッド』のストーリー構成についての分析と解説です。 完成度の高い傑作ドラマとして知られる本作において、秀逸ないくつかのエピソードがどのような物語構成であったのかを調べました。 各シーズンにつき1、2話程度の解説を追加していく予定です。 【重要!】シーズン5までのネタバレを含むのでご注意ください。 続きを読む
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狂猫病 @kyobyobyo2

しかしながらウォルターに偶然見初められることがなかったならば、ジェシーは友人のスキニーピートやバッジャーのような気楽な小悪党に過ぎなかったのではないか あるいは集会で語っていたような、小さなクリーニング店で働きながらキャリアアップの講座に通うぐらいにまで更生していた可能性もある

2020-09-15 00:04:07
狂猫病 @kyobyobyo2

こうしたことを考えれば、ジェシーの激昂は十分に理解できるものだ そしてこのジェシーの痛罵は、ウォルターの怪物じみたエゴイズムをまざまざと浮き上がらせる ジェシーの指摘通り、ウォルターが犯罪行為に手を染めた理由はまさに「自分のため」なのだ

2020-09-15 00:11:10
狂猫病 @kyobyobyo2

家族を愛していることは真実だが、家庭にとらわれたまま情けなく死んでいくことをウォルターは良しとしなかった それはまぎれもないエゴイズムであり、その噴出は多くの人間に不幸と死をもたらした 病室を去るウォルターはその事実を静かに受け容れ、ジェシーの製品の品質を素直に認める

2020-09-15 00:15:37
狂猫病 @kyobyobyo2

このウォルターの言葉により、ジェシーは自分に残された唯一のものが「クリスタル・メス製造」に関する技術であることを知る 提案を受け入れたジェシーの視線の先にあるのは「あり得るかぎりで最悪の痛み」の表情だ pic.twitter.com/Y5c6Bgc23x

2020-09-15 00:19:28
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狂猫病 @kyobyobyo2

順番が前後したが、DEAにて聴取を受ける日の朝のハンクの場面である 着慣れないスーツを着て落ち着かないハンクはマリーに告白している 「自分はもう警官としては終わった」 この言葉は単なるキャリアの終焉を意味するものではなく、一連の事件がハンクの「個人的事情」に変化したことを示している

2020-09-15 00:24:48
狂猫病 @kyobyobyo2

ここまでのハンクはかなり無茶な捜査をすることはあっても、警官としての一線は遵守してきた 前話での礼状を待つ場面がわかりやすいだろう しかしこのエピソードを契機として、ハンクはしばしば違法捜査に躊躇いなく踏み込んでいく 「ハイゼンベルグ」を捕らえることは、もはや単なる仕事ではない

2020-09-15 00:28:11
狂猫病 @kyobyobyo2

それを自覚し覚悟を決めたハンクだが、ウォルターの策によってジェシーが訴えを取り下げ、意外にも窮地を脱する そしてエピソードはクライマックス、ハンクの真の窮地である双子の襲撃へと収斂する この場面のハンクの反応はマリーによって語られていた「考える前に体が動く」というものだ

2020-09-15 00:32:04
狂猫病 @kyobyobyo2

しかしハンクが襲撃に対応できたのも、ガスの一味から警告の電話があったためだ この警告はハンクの救命を意図したものではなく、派手な銃撃戦を期待してのものだ おそらくは駐車場の出口で待ち伏せしていた双子は、動く気配のないハンクに業を煮やしてまんまと釣り出されてしまう

2020-09-15 00:37:29
狂猫病 @kyobyobyo2

エピソードの結末について深入りする必要はないだろう この『One Minute』では『ブレイキング・バッド』が一貫して描いてきた、嘘と真実、愛憎と策略というすべての要素が交錯し、爆発的なクライマックスに繋がっている ドラマ内でも特筆すべき、秀逸なエピソードとなっている

2020-09-15 00:45:26

1-1『Pilot』 シリーズ全体のミニチュア構造

狂猫病 @kyobyobyo2

『ブレイキング・バッド』シーズン1第1話『Pilot』(邦題『化学教師 ウォルター・ホワイト』)のストーリー構造には、本シリーズのテーマとキャラクターを分析するためのすべての要素がある 本シリーズの全体像を掴むための「サンプル」として、最も適したエピソードだと言える pic.twitter.com/MumLWBRYni

2020-09-27 02:05:41
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狂猫病 @kyobyobyo2

『Pilot』は本編約57分のエピソードとなっている 三幕構成で区切ると以下の通り(タイトル前のアバンは便宜上第一幕として解釈する) ①アバン 荒野のキャンピングカー ウォルターの告白(0分~) ①寝室 目覚めるウォルター(4分)~ 寝室 妻スカイラーの手による「処理」(16分)

2020-09-27 02:12:15
狂猫病 @kyobyobyo2

②洗車場で倒れるウォルター(16分)~ 衣料品店でのトラブル(40分) ③最初の「調理」(40分)~ 寝室 ウォルター スカイラーを抱く(57分) ミッドポイントは26分頃からの、メス製造現場においてジェシーを目撃し、コンビを提案するまでの一連の場面となるだろう 三幕のバランスは比較的均等だ

2020-09-27 02:17:22
狂猫病 @kyobyobyo2

ドラマシリーズの第1話はその後のストーリー展開の前提となる設定を視聴者に飲み込ませるための「導入」としての役割が強く、本話も例外ではない しかし同時に予算獲得のための「パイロット版」としての要素も持ち合わせており、単体としての物語上の葛藤とオチも要求されている

2020-09-27 02:21:04
狂猫病 @kyobyobyo2

そのためか本話の第一幕は、凄まじい勢いで物語設定を画面内において展開する その手際の良さと滑らかさは、あらゆる映像作品の中でも際立ったものであり、『ブレイキング・バッド』制作陣の技術力の高さが第1話から明確に発揮されている 詳しく見ていこう

2020-09-27 02:25:11
狂猫病 @kyobyobyo2

第一幕の舞台は「自宅 - 学校(化学教室)- 洗車場 - 自宅」と移り変わっており、開幕と閉幕は両方とも自宅の寝室となっている これはもちろん円環構造を意識したもので、第一幕の中に小さな三幕構成がミニチュア的に盛り込まれていると言えるだろう 三幕構成定番の、「行って帰る」ストーリー構造だ

2020-09-27 02:30:19
狂猫病 @kyobyobyo2

第一幕において視聴者に伝えられる情報で最もわかりやすいのは、ホワイト一家の「困窮」だろう 息子は温水器の不調を訴え、妻スカイラーはそれを軽口でやり過ごす 高校で化学教師を務めつつ、ウォルターは洗車場のレジ係のアルバイトをこなしている 寝室ではスカイラーはオークションに精を出す

2020-09-27 02:37:21
狂猫病 @kyobyobyo2

この「困窮」はウォルターが麻薬ビジネスに踏み込む「表向きの理由」となるため、この第一幕においても主旋律として扱われている しかし真に重要なのは裏の旋律である、主人公ウォルターの内面に関する情報だ そしてこれこそが悪の道に踏み込む「裏の理由」となっている

2020-09-27 02:42:10
狂猫病 @kyobyobyo2

ウォルターの内面を支配しているのは「屈辱」だ 屈辱の由来は大きく分類すると ・ウォルターの知性に対する、周囲からの敬意の欠如 ・家庭内と職場における父性と男性性の欠如 となるだろうか

2020-09-27 02:53:22
狂猫病 @kyobyobyo2

ウォルターの高い知性はまず開幕直後、ノーベル賞への貢献を評価された古い賞状によってさりげなく示される この知性は高校の化学教師という職には不釣り合いなほどに高い 生徒たちは彼の授業に興味を示さず、中には露骨に馬鹿にする者までいる

2020-09-27 02:57:00
狂猫病 @kyobyobyo2

アルバイト中の洗車場ではレジ係という契約をオーナーに無視され、生徒の車のタイヤ磨きをやらされる羽目になる こうした職場での「知性軽視」は実は家庭内でも同様で、妻スカイラーは愛情をもってウォルターに接するものの、その趣味はまったく噛み合っていない

2020-09-27 03:01:36
狂猫病 @kyobyobyo2

閉幕時の会話に見られるように、火星探査に対するウォルターの知的好奇心は、スカイラーによってあっさりと部屋の壁塗り以下の価値として位置づけられてしまう そして問題は、ウォルターがこうした屈辱に不満を抱きつつ、なんとなく受け容れてしまっているその「男性性」、いわゆる雄々しさの欠如だ

2020-09-27 03:04:49
狂猫病 @kyobyobyo2

ジェンダー的には少々問題のある言い方が続くが、これはウォルターのもつ旧態的な無意識の価値観に基づいていることをご理解いただきたい ウォルターはその高い知性を周囲から評価されず、それを覆すための「オスらしい」戦いに踏み込めていない これがウォルターへ第二の屈辱をもたらしている

2020-09-27 03:10:25
狂猫病 @kyobyobyo2

職場においても家庭内においても、ウォルターは「去勢」され、「管理」されている それが最初に示されるのは、雨でもないのに早朝の室内でフットマシンによるフィットネスを行う場面であり、続く朝食のシーンでも「ベジベーコン」なるまがい物の肉を渋々と受け容れている場面だ

2020-09-27 03:15:00
狂猫病 @kyobyobyo2

二つの職場におけるウォルターに対する敬意の欠如は先に述べたが、ここで見逃してはいけないのは女性の影が常に視界の端にちらついていることだ ウォルターを教室と洗車場で見下す生徒の隣には、いかにもチアリーダータイプの美人女生徒が寄り添い、ウォルターは彼女から必死に目をそらしているようだ

2020-09-27 03:20:00
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